帝国記(63) ネッツ勇躍(中)
えへんと胸を張って、ネッツの前に立ったリヴォーテ。
「どうしてリヴォーテ達がここに?」
改めてリヴォーテに問えば、
「サリーシャ様達を帝都に送り届けてすぐに、出陣の準備をして様子を窺ってました。陛下の進軍に合わせてこちらも動き、道中で状況を聞いたらネッツ様の方に行った方が良さそうだと、こちらへ」
ナステルの王都フレデリアは、帝国領寄りにある。確かに時間的には不可能ではない。
とはいえ、これほどまでに絶妙なタイミングで参戦するのは、そう容易い話ではなかった。
ネッツの疑問を察したのだろう、ガフォルが苦笑する。
「このような状況判断は、こやつ(リヴォーテ)の得意とするところですので」
確かにドラクも以前、『リヴォーテに関しては自由に動かした方が良いかもな』と言っていた。実際今回も、帝都帰還後の行動については、ある程度の裁量を任されている。
しかしこれほどまでか。ネッツは密かに舌を捲く。まだ10代前半だというのに、ネッツとは見ているものが違う。
このままリヴォーテが成長していったら、どのような将になるのだろうか。ネッツの中にほんの僅かに、もやりとした気持ちが去来する。
自分がリヴォーテの年には何をしていただろう? 確か、ドラクとはすでに出会っていたはずだ。そしてただ徒党を組んで馬鹿をやっていただけだった。
それで良いと思っていたし、まさか、数年後に自分が一軍を率いて、戦場を駆け回る事になるとは想像さえしていなかった。
もちろん、自国の姫と互いに想い合うような事になるとも。
そうだ、オリヴィアだ。ネッツはオリヴィアのために、オリヴィアに相応しい男となるために成長しなくてはならない。一回り近く歳の離れたリヴォーテに嫉妬などしている場合ではないのだ。
「ネッツ様?」
沈黙してしまったネッツに対して、リヴォーテが小首を傾げて怪訝な顔をした。
「……ああ、いや、助かるぜ。それで、どれだけの兵を引き連れてきた?」
「1500にて。このくらいの人数が一番動きやすいのですよ」
またふふんと胸を張るリヴォーテ。そんなリヴォーテにネッツは深く頭を下げる。
突然のことに、流石のリヴォーテも「ど、どうされたのですか!?」と珍しく動揺した姿を見せた。
「リヴォーテ、お前のその才能を見込んで頼みがある」
「なんでしょう?」
「俺はここで大きな功績を上げたい。何か、良い手はないか?」
年下だからとか、そのようなことは関係ないのだ。ネッツは覚悟を決めて今、リヴォーテに頭を下げている。
リヴォーテは少しの沈黙ののち、
「なくはないですよ」
と、ニヤリと笑った。
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「敵陣の動きがおかしい?」
ナステル王都の司令部にもたらされた一報。グランディアが代表して伝令に問えば、塁壁から様子を窺っていたその兵士は、ネッツ軍の奇妙な行動を語り始める。
「はっ。一部の部隊がこちらへ攻め寄せようとして、少し後から別の一軍が押し留めているような動きを見せました。結局全部隊が元いた場所に戻りましたが……」
「出陣を逸る部隊がある。そのように判じて良いものか?」
グランディアが改めて聞くと、伝令兵は今一度頭を下げ、
「日が落ちかけておりますが、まだ視界はございます。少なくとも、塁壁上で確認した者達にはそのように見えました」
「指揮官のネッツは猪武者。或いは、自らが突出して止められた、という可能性もあるか……」
「ならば、グランディア様の見込み通りということになりますな」
会議に参加していた将の一人の言葉に、グランディアも頷く。
「……とすれば、夜襲もあり得るのでは」
別の将が、我慢のできなくなったドラク軍の暴走を予測する。
「そうなれば、敵の裏をかくことも可能であろう。先ほどから話し合っていた誘引策、うまく流用できるかもしれんな」
そうグランディアが総括し、ナステル軍はにわかに慌ただしさを増してゆくのだった。
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「ナステル軍、予想通り出てきましたね」
日が沈み、焚き火だけが頼りの薄暗がりの中、城門からこれみよがしに兵士が出てきた。
影の数は1000から2000ほどだろうか。その様子を見たネッツは、敵兵がこれほど簡単に動くものかと、リヴォーテの才に驚く。
リヴォーテの策は、『少々小芝居を打ちましょう』だった。
『現状苦しいのは、籠城しているナステル軍の方であることは明白。今頃、城内では打開策を探して必死になっていることでしょう。ならばこちらの綻びを見せてやれば、なんらかの反応を示します。それに乗ったふりをしてやれば、調子に乗って攻勢に出て来るはずです』
その言葉を信じて、軍を動かしては戻すという茶番を演じてみた結果、先ほどまで固く閉ざされていた城門が開いたのである。
「リヴォーテ、お前の予想通りだな」
「ええ。まあ」
少し歯切れが悪いのは、この策がネッツの今までの失態を元にしたものであるからだろう。
ネッツが突出して危機に瀕したことは、敵も知っているはず。なら、ネッツが噂通りに突撃するだけの向こう見ずな将と思わせれば、相手はそれに合わせた策を講じるはず。
リヴォーテの説明にはネッツも苦笑するしかなかったが、事実は事実だ。それに、自分を囮にすることで、敵が釣れるのであれば、今は体面など気にしている場合ではない。
「では、そろそろ始めましょうか」
本番はこれからだ。リヴォーテの言葉に、ネッツはグッと奥歯を噛み締めた。




