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帝国記(60) ルデクの大鷲


挿絵(By みてみん)


「エニオス軍が退却した? このタイミングで? なんでだ?」


 グリードル軍がナステルの王都を目指して進軍していることは、当然ナステル・エニオスの両軍も把握しているはず。今、このタイミングで退却する意味が分からない。


 首を傾げながらも、ドラク軍が歩みを止める事はない。たとえなんらかの罠であったとしても、一旦様子見とするような、時間的猶予がないのである。


 道中にあるナステルの砦も、相手が出てこない限りなるべく無視して突き進む。


 幸いなことに、ナステルは多くの兵を王都に結集させている。各地の砦はこちらから手を出さない限り、沈黙を保っているところが大半であった。


 とはいえ、全ての砦が指を咥えて見ているわけではない。血気盛んな一部の部隊が攻め寄せ、小さな戦闘になることも度々ある。


 現状、グリードル軍の方が圧倒的な多勢であるため、苦戦や敗北などはないが、その度に時間を取られるのが一番困る。


 かといって殲滅するとなれば、余計に時間を浪費する以上、忌々しく思いつつも適当にあしらってゆくしかない。


 つい昨日も、道中で小さな戦闘があったばかり。敵砦の兵士が総出で攻めかかってきたため、それらを撃退した後、砦を接収。そのまま砦で一夜を明かしたところだ。


 翌朝、砦の一番広い部屋で、さしてうまくもない干し肉を齧っているドラクの元へ、エンダランドがやって来る。

 

 朝飯代わりの干し肉をエンダランドにも投げてやると、それを掴んで齧りながら、「エニオス撤退の原因がわかった」という。


 すぐに主だった諸将を集め、エンダランドの集めた情報に耳を傾ける事に。


「一体何があった?」


「ルデクの大鷲が、ヨーロース回廊を越えてきた。エニオスの西端にある、クラデリオの砦を囲んでいる」


「ルデクの大鷲、ビルザドル=ゾディアックか。そりゃあ、エニオスも慌てたわけだ」


 大将軍、ビルザドル=ゾディアック。ドラクでも知るルデクの名将である。


 ルデクと度々干戈を交えている3つの国、エニオス、ズイスト、レグナからすれば、その名を聞いただけで震え上がるような存在だ。


 尤も、これら3国でビルザドル=ゾディアックが恐れられるようになったのは、自業自得な側面が強い。


 ルデクは豊富な資源と、大陸随一の港を有している。その豊かさを羨んだ3つの国は、時に足並みを揃え、時に足を引っ張り合いながらルデク領への侵食を目論んだ。


 しかしその企みは今に至るまで、小爪の先ほども上手く行ってはいない。


 その大きな理由が、ルデクと3国それぞれの立地と、ルデクの大鷲の存在である。


 平野とルデクの間には峻険な山脈が連なっている。それが両者の進行を阻む。そこに持ってきてルデクには戦上手な名将がいた。


 エニオス、ズイスト、レグナには、攻め入ってはルデクの大鷲に跳ね除けられ、すごすごと逃げ帰っていた歴史がある。


 その大鷲が山を越えて攻め入ってきた。エニオスからすればこれほどの衝撃はないだろう。


 当事者ではないドラクからすれば、当たり前のことのようにも思う。自ら喧嘩を売っておきながら、なぜ、自分たちは安全だと考えているのか、理解に苦しむ。


 そのような相手がいるにも関わらず、国内を手薄にして他国(ナステル)に援軍を出せば、柔らかい腹を晒して喰らってくださいと言っているようなもの。


「それで、ルデクは平野に雪崩れ込んできそうか?」


 ドラクが一番気になるのはそこだ。ルデクが平野の騒乱に参入するのであれば、また勢力図が一変する。より大きな混沌が生まれるかもしれない。


 だが、エンダランドは小さく首を振る。


「少なくとも、報告を聞く限りでは、ルデク軍はそこまでの数ではないようだ。エニオスに対する、脅しに近い行軍かもしれん。“調子にのるなよ”と」


「なるほど」


「そもそも、今、平野は俺たちのせいで大いに混乱している。このような状況でルデクが参入するのは、立地条件的に旨みは少ないように思う」


 エンダランドの言葉は理にかなっているように思う。


 とにかく何をするにも山脈が邪魔なのだ。飛地のような領地を確保しても、維持する苦労の方が先に立つ。よほど勝てる見込みがなければ、無理に攻め入るだけの利益が見当たらない。


 が、これはドラク達の希望的観測も多分に含まれての見通しだ。ルデクの真意は分からない。


 しかし、今、ただ一つだけはっきりしていることはある。エニオス軍は、しばらく帰っては来ない。


「とにかく、好機なのは間違いねえな」


「ああ。多少の無理を押してでも、進軍速度を早めるべきだと思う」


 エニオスのいなくなった今、ナステルに残る兵士は2万程度。前回の戦いで散々に蹴散らしたが、王都に残した守備兵を含めれば、前回と同程度の数が相手と考えて間違いない。


 そして兵の力の差は明確になっている。運命の女神が与えた絶好の機会を逃す手はない。


「よし。ここから先は砦も敵兵も全て相手にしねぇ! 追いかけてきた場合は小隊を残して対応させるぞ。ネッツ! アイン! ジベリアーノ!」


 グリードル軍が誇る将の名を呼ぶと、3名が一歩前へ出た。



「聞いた通りだ、ここからは一気にゆくぞ! 気合を入れろ!」


「「「おお!!」」」


 それぞれが急ぎ出発準備を始める中、ドラクはほんのわずかに、ルデクという国に想いを馳せ、それからすぐに出陣へと気持ちを切り替えた。




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