帝国記(6) 春嵐6
―――お前が、王になれ―――
エンダランドに言われた言葉は、ドラクにとって考えたことのないものであった。正直、ピンときていない。
「何の冗談だ?」
いくらバウンズと同じくらい王に腹を立てているとはいえ、ドラクとて馬鹿ではない。この小さな地方領主が王と戦って勝てるわけがない。あっという間にすりつぶされて終わりである。
だが、エンダランドは真面目な顔でドラクを見つめる。
「冗談でこのようなことを言うと思うか? 俺は一年間、お前を観察してきた。お前は粗暴だしガサツだし、直情的で若さを履き違えたようなやつだ」
突然の容赦ない罵倒。
「……喧嘩売ってんのか?」
「だが、人の話に耳を傾け、それを取り入れる度量がある。それに、どう言うわけか、お前には人を惹きつける何かがある。それは恐らく、お前の持つ“才”だ。まだ、悪い部分ばかりが目立つが、私はお前に、王たる才があるように思っている。そして、もし兵を起こすとなれば、中途半端はダメだ。仮に首尾よくバウンズを討っても、その先がない。ならばいっそ、国を乗っ取るような気概でなくては兵を起こす意味などないぞ」
エンダランドはどこまでも真剣だ。
「……だが、仮に俺にエンダランドのいう才があったとしてもだ、王に楯突くような力がねえ」
「いや、全くないわけではない。例えばお前の手下ども」
「100にも満たねえ上に、どいつもこいつも戦場経験のない素人だ。話にならねえ」
「ああ、今は、な。だから鍛える。並行して王を討つために準備をする」
「鍛える?」
「そうだ。ドラクよ、1年、いや、できれば2年、王に頭を下げ、バウンズに媚びへつらい、時を稼げ。お前がそれをできるのなら、俺が準備を整えてやる」
「……本気か?」
「……全ては、お前次第だ」
俺が、王に? しかしその選択は、俺が負ければ手下も全て死ぬと言うことだ。どう考えても分の悪い賭けに、こいつらを巻き込めるのか?
簡単に決断することはできない。
目を瞑り、悩むドラクの手をそっと掴む者がいた。
「サリーシャ……」
「ドラク、私はお父様を殺した王とバウンズを、絶対に許さない。バウンズのバカ息子に嫁ぐなんて、死んでも嫌。ドラクがやらないなら、私一人でも、王と刺し違えて見せる」
燃えるような瞳が、ドラクを見つめる。
―――覚悟を、決めるしかねえか―――
ドラクは、静かに腹に力を込める。
「分かった。エンダランド、やるなら徹底的にやるぞ。まずはお前だ、今日この時をもって、正式に俺の部下になれ」
覚悟を決めたドラクに対して、あれだけ不遜な態度であったエンダランドは恭しく跪く。
「御意に、以降は貴殿を主人と仰がせていただく」
「まずは手下どもを集めて、俺の意向を伝える。それから作戦会議だ。いいな!」
それは、覇王の一歩としては、小さな、とても小さなものであった。
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「デラッサの小倅が頭を下げてきただと?」
バウンズは豪奢な自室にふんぞりかえって、その報告を耳にした。
「はっ。急に王への献金もはじめ、当家にも懇意にしたいとの使者を寄越してまいりました」
「ふふふ……遅い、遅すぎる。今更慌てて、何になると言うのか」
バウンズは自分の顔が笑み歪むのを抑えられない。
「庇護者であったコードルが死に、慌てたのでしょう。ここに至るまで、部下の誰もドラクに王へすり寄るように言わなかったのは哀れですな」
側近もニヤニヤしながらバウンズへ追従した。
「あれは歳の近い碌でもない者達を集めて、お山の大将ごっこに忙しいらしいからな。年嵩のちゃんとした側近はいないようだ」
バウンズが言えば、側近はまた笑う。
「これは手厳しいですな。バウンズ様が主だった者達を引き離したのではなかったでしたか?」
そう、ドラクの領地から経験豊富な者達が流出したのは、バウンズの策によるものだ。
ある者には金を積み、ある者は脅し、次々にデラッサ領から離反させた。引き抜きはバウンズの息のかかった領主達に命じてやらせたので、誰もバウンズが糸を引いていたとは気づいていない。
息子の話を聞いた時から狙っていた土地だ。デラッサの先代が急逝したのは偶然だが、幸運であった。
「それで、どうされますか?」
側近はドラクからの使者の扱いについて、再度問うた。
「金を持ってきたのなら、貰っておけ。どの道すぐに吸収とはいかぬ。コードルを謀殺したばかりだ。ことを急いでは流石に反感を買うからな」
急がなくとも、もはや準備は整っている。
この時のバウンズには、ドラクなどという小物の存在など、視界にさえ入っていなかった。