帝国記(57) ガフォルと少年(下)
そいつは町の広場で木箱の上に乗って、何やら演説を行なっていた。
「なんだ?」
ガフォルは品物を入れた麻袋を抱えながら、足を止める。演説を行なっているのは若い男のようだ。いや、少年にさえ見える。
男の周りには何事かと人が集まっていた。その中の一人からやじらしきものが飛ぶと、言い返した演説男と口論が始まった。
声や背格好を見る限り、やはり演説男はかなり年少のようだが、舌鋒鋭くやじった人物を言葉でねじ伏せてゆく。
するとやじった男が実力行使に出たようだ、演説男に掴み掛からんとする。だがすぐに、木箱に立てかけていた棒で、演説男に撃退されてしまう。
その動きが素人のものではなかったことに、ガフォルは興味を持つ。あれは、どこかできちんと訓練を受けた兵士の類の動きだ。
そのままなんとなく眺めていると、騒ぎを聞きつけた衛兵がやってきて、騒動の中心人物であった演説男と言い合いを始める。
これを潮にして集まっていた人々は散会してゆき、最終的に木箱も取り上げられた演説男だけが、その場に取り残された。
ガフォルがそいつに近づいたのは本当に気まぐれだ。
「よお、災難だったな」
そう声をかけると、演説男はこちらに視線をよこし、すぐに口を開く。
「……見たところ新兵だな。だが、上層部には疎まれているのか? 体躯は良いのに、勿体無いな。何かしでかしたのか? いや、待て。ああ、おそらくだが、その背中に背負っている大きな剣が理由か?」
一方的に流れ出る言葉に、ガフォルは驚いた。そいつの言った通りだからだ。
「……俺のことを知っているのか?」
「いや? 知らん。誰だお前」
「俺はガフォルという、お前は?」
「リヴォーテだ。ガフォル、その口ぶりからすると、俺の見立てはそれほど間違っていないようだな」
「どうして分かったか、理由を聞かせてもらえるか?」
「何、簡単な話だ。買い物をした麻袋を抱えてうろうろしている兵士。いかにも新兵のやることだ。そして今言った通り、ガフォルの体躯なら、本来であればもっと重要拠点に配属されてもおかしくない。つまり、ランビューレとの国境線だな。だが、実際には真逆の北の砦に配属された。と言うことは、上官に目をつけられた。その理由だが、新兵が目立つ大剣を背負っていれば、あとは想像に難くないだろう」
「……驚いたな。何者だ、お前」
「まだ何者でもない。だが、俺はいずれ、グリードル帝国を支える将軍として名を馳せる予定だ」
「グリードル? ウルテアの内乱の? グリードルはもっと南だぞ? どうしてルガーなんぞにいる?」
「良い質問だ、ガフォル。俺はグリードルに士官したいのだが、陛下の目に留めていただくには土産がいる」
「土産?」
「ああ。具体的に言えば、俺は義勇軍を率いてグリードルへ向かいたい。指揮官としての実力をドラク陛下にお見せしたいのだ。だからこうして兵を募ってる」
先ほどの演説は義勇兵の勧誘であったようだ。しかし……
「今まで何人集まったんだ?」
リヴォーテの周囲にそれらしい兵士はいない。リヴォーテは面白くなさそうに鼻白んで、「まだ俺だけだ」と言う。
しかしガフォルが口を開こうとしたところで、畳み掛けるように言葉を紡いだ。
「正確に言えば、この町に来るまでに興味を持った人間は何人もいる。きっかけが掴めなかっただけだ。きっかけさえあれば、義勇軍は一気に形になる」
あくまで強気なリヴォーテであったが、現実的にはたった一人である。ガフォルとしては鼻で笑って立ち去ることもできたが、この妙な男に興味が湧いていた。
「きっかけってのはなんだ?」
ガフォルの問いに、リヴォーテは考えるように天を仰いで、
「悔しいが俺はまだ、見た目が良くない。指揮官としては頼りなく見えるのだろう。さっきのようにすぐに侮られる。実際に言葉を交わせば口で負けることはないが、それだけでは人はついてこない。俺についてゆけば、良いことがあるように思わせることができれば、つまり勝てそうな雰囲気を……」
そこまで独り言のように呟いてから、リヴォーテはガフォルを見てニヤリとする。
「そうだ、ガフォル。お前ルガーで冷飯を食っているんだろ? その背中に背負った大剣をいかんなく振り回せる舞台に興味はないか?」
「は? おいおい俺は……」
「まあ、待て待て。俺の話を聞け。いいか、まずはドラク陛下が成し遂げたことの凄さとか、人材の使い方について説明してやる。この出会いはお前の人生を変えるかもしれんぞ」
「ちょっとまて、だから俺は……」
ガフォルが止めるのも聞かずに、リヴォーテは次々に言葉を重ね始めたのである。
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「おい。着いたぞ。何をぼんやりとしているのだ?」
いつの間にか、サリーシャ様の部屋までやってきていたらしい。怪訝な顔をしたリヴォーテがこちらを見ていた。
そんな様子を見て、少しだけ笑みが溢れると、リヴォーテはいよいよ首を傾げる。
「なんでもない。気にするな」
そう言い残して、ガフォルは目の前の扉をノックするのだった。




