帝国記(54) 南部会談
「改めて、私はランビューレ宰相、スキット=デグローザと申す」
ドラクと対峙したスキットは、頭は下げずにそのように名乗りをあげる。一国の王に対する態度としては礼を失するが、スキットは涼しい顔だ。
「……ドラク=デラッサだ。お前のことはよく知っている。よくもまあ、のこのこと顔を出したものだな」
スキットが礼を払わないのであれば、こちらも相応の対応で構わない。そう判断したドラクは挑発気味にそのように返す。
無論スキットはその程度の挑発では動じもしない。
「何、一度拝見してみたかったのですよ、最近売り出し中の“皇帝”とやらを」
「ほお、で、本人を見てどうだ?」
「さて、確かに何か持っていそうな雰囲気はありますな。ま、雰囲気だけは」
「ふん。ランビューレの俊英って聞いていたが、人を見る目は二流ってことか?」
「どうでしょうな、これでも見る目はある方ですが」
「ならランビューレの人事が心配だ」
「貴殿に心配していただかなくとも結構」
のっけから殴り合いの様相を呈してきた、ドラクとスキットの会談。さすがにまずいと思ったのか、エンダランドが割って入る。
「陛下、ランビューレとは休戦中でございます。言葉をお選びくださいませ。スキット様も、思うところがあるのは承知ですが、わざわざこのようなところまで、当方に喧嘩を売りにこられたのですかな?」
エンダランドの言葉で、スキットも咳払いをして居住まいを改め、「これは失礼いたしました。少々口が過ぎました」と謝罪の言葉を口にした。
それで一旦場が落ち着きを取り戻すと、ドラクは改めてスキットに問う。
「それで、此度は何のようで来たのだ?」
「いくつか確認したいことがあり、まかりこした次第」
「確認?」
「まず端的に申し上げる。これはあくまで私個人の提案として聞いていただきたい。このままではグリードルの未来は明るくはない。ランビューレに降らぬか?」
「寝言は寝て言え。うちを舐めてかかっているなら、滅ぶのはランビューレの方だ」
「いや、現実的な話をしている。確かに貴殿らはオリヴィア姫の尽力で、一年という時を得た。しかしナステルを一年で制するのは無理だ。奇跡的にナステルを傘下に収めたとしても、西にはエニオスもある。エニオスと揉めているうちに我が国が動くぞ。そうなれば“詰み”だ」
「随分と饒舌だな。わざわざそんな話をしに来たのか?」
「まあ、それもあるが、まずはドラク=デラッサという人間をみてみたかったのが第一。国を乗っ取ったやりようはともかく、民のための政については少々感心している。ただの野心家なのか、それとも別の何かなのか、会ってみないとわからないこともある」
「……」
「尤も、さすがにこの場で降るとは思っていない。まあ、降るのであれば、この私が多少は方々へ働きかけてやってもいい。だから無駄な血を流す必要はない。それを心に留めておいてほしい。その上で、貴殿に問いたい」
「なんだ?」
「貴殿の、ドラク=デラッサの目標は何だ? グリードルという国をどのように落ち着ける? “皇帝”という呼称については調べた。古代に大陸統一を目指した王が名乗ったそうだな。まさか、そのような無謀なことを考えているわけではあるまい? グリードル帝国、皇帝ドラク=デラッサはどこへ行こうというのだ?」
スキットの視線は真剣だ。この質問こそが、スキットがわざわざやってきた理由であると確信できるほどに。
しかし、似たような質問を前にも誰かにされた気がするな。そんなに無計画に見えるんだろうか?
だが、何を目指すのかは正直ドラク自身もいまだに分かっていない。ただ、はっきりとしていることはただ一つ。
「……俺は俺の思うままに進む。庇護を求めるなら守ってやる。敵対するなら潰す。それだけだ。相手が誰かは関係ねえ。それがランビューレだろうとな」
ドラクがそのように口にした瞬間、スキットは立ち上がってドラクとの距離を詰め始めた。
その動きに反応したアインを押し留め、スキットの動きを睨む。
ドラクのすぐそばまでやってきたスキットは、
「てめえ、あんまりウチを舐めるなよ」と凄んだ。
「……随分な口の聞き方だな、お前、そっちが素か」
「まあな。お前みたいな奴にはこっちの方が話が早そうだ。もう一度言う。うちを舐めるな。新興国なんぞその気になれば簡単に潰せる。大人しく落とし所を探せ」
「ん? スキット、お前もしかして、グリードルが生き残る方法を提案してんのか?」
口調は悪いが、そうとしか聞こえない内容だ。
「別に俺はグリードルやお前らがどうなろうと知ったことじゃねえ。だが、混乱が長引けば苦労すんのは結局、庶民だ。お前みたいに考えなしに突っ走る奴が、民の暮らしを疲弊させる事を考えたことはあるのか?」
だんだんとスキットという人間が見えてきた。だが、ドラクにも当然言い分はある。
「民のため、というスキットの考えは悪かねえ。けどな、今、平野にある国々の王たちはその民から搾取してばっかりじゃねえか。ランビューレ王はそうじゃねえって、胸張って言えんのか?」
「……苦言を呈さねばならぬことがあることは承知している。しかしそれは、国を治めるのに必要な部分もある」
「スキット、そりゃあただの保身だ。結局何も変わらないからこそ、俺の元にたくさんの民が集まって来てんじゃねえか。違うか?」
「民の不満の捌け口としての、一過性のものだ。いずれ落ち着く」
「なんで落ち着かなきゃならねえんだ? どうして不満を我慢する必要がある?」
「我慢がなければ秩序も保てん」
「正論に聞こえるが、詭弁だな。何でもかんでも国のためと、都合よくひとくくりにするんじゃねえよ」
「何だと!」
ほとんど言い争いのようになりながら、議論は一刻半にも及んだ。
そして最後はスキットが諦めたように呟く。
「このままでは平行線だな。ドラク、お前の人となりはよく分かった。ここまでにしよう」
「そうか。俺もお前のことがよく分かった。この石頭め」
「ちっ。最後にもう一度だけ言っておく、降るなら早めに降れ。民のために。平野の秩序のために」
「お前のいう“秩序”ってやつ。俺が全てぶち壊すから待ってろや」
「ぬかせ」
反転し、退出しようとするスキットの背中にドラクは声をかける。
「お前の民のためって考え方は嫌いじゃねえ。もしランビューレが俺に負けたら、俺んとこに来い。その民のために辣腕を振るえ」
そのように言われたスキットは、ドラクの方に振り返ると渋い顔をする。
「負けることはないし、断る。話してみて分かった。俺はお前とは話が合わん。一言で言えば、嫌いだ」
あまりに素直すぎる言葉に、ドラクは思わず笑ってしまった。
「今後は戦場で」
「ああ、また、戦場で」
それだけ言い残して去ってゆくスキット。
こうして奇妙な会談は終わりを告げたのであった。




