帝国記(47) 撤退
「速やかに陣地を確保しろ!」
無事にワールナート家の部隊まで到着したドラク軍は、ドラクの命によって周辺の敵兵を押し返しにかかった。
とはいえここまで辿り着いた数はそこまで多くない。突然の急襲に驚いていたナステルの兵も、こちらが寡兵と見ると再び勢いを取り戻す。
「陛下! 無茶に過ぎます!!」
弓を連射しつつ、苦言を呈するルアープ。
「まあ、そう言うな! お前の弓の修練にもちょうどいいだろ!?」
「陛下が安全な場所にいれば、このような状況も理想的なのですけどね!」
「おっ、言うようになったじゃねえか!」
益体もない会話をしていると、エンダランドが弓を振り絞りながら、「ふざけている場合ではない!」と怒鳴る。
「うるせえ! 説教なら後で聞くから、とりあえずなんとかしろ!」
「なんとかしろではないわ!」
そんなやりとりを呆気に取られて見ていたワールナート家の将、ザードバルが「あ、あの……」と声をかけようとしたが、戦いの喧騒の中で言い合っている3人の耳には届かない。
そうこうしているうちに、川の方から敵兵を切り開いてこちらへやってくる部隊が見えた。
「おっ、きたきた」
ドラクとて、完全に考えなしに突撃していたわけではない。
自らの旗を大きく掲げていたのは、味方に見せつけるためだ。そうすれば誰かしらドラクの元へと駆けつけると信じて、そのようにしたのである。
そしてやってきたのは……
「ドラク様ぁ!!」
「おう! ネッツ! よく来たな!」
「俺だけじゃねえっすよ! みな一斉にこっちに向かってきています!!」
ネッツが指摘した通り、後方から続々と味方の側がこちらへ近づいてきていた。その様子を見て慌てたのはナステルの兵士たちだ。これ以上ここにいては危険とばかり、退却を始める。
少しすると、ドラクの周りに残っているのは味方ばかり。
「あまり無茶をなされるな!」
到着して早々に苦言を呈するアインに、
「そうですよ! もっと言ってやってください!」
と、主張するルアープ。ドラクはそんなルアープの頭を軽く叩くと、到着した面々を見渡した。
「なんだ、結局全員集まったのか。なら仕切り直しにちょうどいいな」
そう、ドラクが突撃するのを見た全ての部隊が、ドラクを目標にやってきていたため、結果的に全軍が川よりもはるか後方に集結することになったのである。
ドラクが呑気なことを言うと、エンダランドが盛大にため息をつきながら、しかし公衆の面前で説教をするわけにもいかないと言ったふうに首を振る。
「あの……ドラク陛下でいらっしゃるのですよね?」
そのような中で、ワールナートの将がおずおずと声をかけてくる。すっかり忘れていた。
「ああ。そうだ。貴殿はワールナート家の指揮官だな?」
「はい。ザードバル=ワールナートと申します。レガヴィス=ワールナートの次男です」
「ん? と言うことは、俺の義兄となる者か?」
「ええ。ピスカは我が妹です。この度は危険を冒してまで救援いただき感謝いたします。本来であれば、我々が陛下をお助けする立場でなければならぬものを……」
深々と頭を下げるザードバル。それに倣って、ザードバルの兵もドラクに向けて腰を折る。
「まあ、気にするな。間に合ってよかった。これから妃に迎える相手の兄を、見殺しにしたとあってはワールナート家に顔向けできん。しかし、どこから内応が露見したのだ?」
「……恥ずかしながら分かりません。しかし、当家は今の王やその取り巻きから睨まれておりましたので、或いは早い段階で疑いを向けられていたのかも知れません」
「そうか。さて、俺たちはこれより本格的に砦の攻略に望むが、貴殿らはどうする?」
「無論、麾下にてお手伝いさせていただきたく」
ザードバルが自らの胸当てを拳で叩いたところで、敵の様子を見に行っていたリヴォーテがやってきた。
「陛下、敵兵、撤退の気配を見せています。追撃の準備を」
「撤退? まだ十分な兵数があるだろ? 早過ぎねえか?」
「すでに我が軍は渡河を成功させ、また先ほどの戦いでは地力の差を見せつけました。この場でこれ以上の戦闘は不利と見てもおかしくはないかと」
リヴォーテの言葉には一理ある。それに、リヴォーテは敵兵の呼吸を読むのが上手い。ならば撤退の準備をしているのは間違いないか。だが……
「追撃はやめる。リヴォーテの読み通り、敵が撤退するなら砦の確保を優先するぞ」
「陛下? よろしいのですか、今のままであればナステルに大打撃を与えられると思いますが」
「お前の考えも間違ってないだろうが、ちょっと無理攻めだったからな。うちの怪我人も多い」
そのようにドラクが言えば、エンダランドが、「その怪我人を増やしたのは陛下ですがね」と嫌味たっぷりに口にする。とりあえずエンダランドは放置。
「ともかく、一息入れたら南へ行くぞ」
ドラクの宣言に反応したのはザードバルだ。
「それは、我らワールナート領へお越しいただけると言うことですか?」
「ザードバル殿の言うとおりだ。迷惑でなければ、ワールナートの当主、レガヴィス殿に挨拶に向かおうと思っている」
「無論歓迎いたしますが……しかし、敵を放置して、よろしいのですか?」
「ああ。“それ”も含めて、ワールナート家にゆく。ザードバル殿、手配を頼みたい」
「かしこまりました。では、私が一筆認め、先触れを出しましょう」
こうしてドラクは妃を迎えるために、ワールナート領へと向かって出立したのである。
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ドラク達がナステルに進軍している頃、オリヴィアとバッファードの姿はランビューレの王都にあった。
この地で、もう一つの戦いが始まろうとしていた。




