帝国記(43) 意趣返し
「それで、被害は?」
三宰相の居並ぶ中、宰相のひとりであるルーゴが問う。メルブは膝をつきながら、深く頭を下げて答えた。
「まず、フィクス様及び、フィクス様に従い前進したおよそ1000は、現在も消息不明。殲滅されたと思われます」
「まあ、その程度は予定通りか。問題は、もう一方だな」
“鉄仮面のルーゴ”。そんなあだ名がつくほど表情を動かさないルーゴは、1000の被害にも眉ひとつ動かさずに続きを促す。
「はっ。私が後詰として残した2500は、背後からの急襲に対応するため反転。追撃中に伏兵との交戦となりました。我々本隊がやってくると敵は早々に去ってゆきましたが、こちらは1300ほどの被害が……」
「合わせて2300。思ったよりも多いな。聞けば、指揮官クラスも数名やられたと」
「はい。敵の中に腕の良い弓使いがいたようです。我が副官もその者に……このような結果となり、申し訳ございません」
悔やむメルブに対して、キャナンドがやわらかに声をかける。
「メルブ殿、貴殿の責ではありませんぞ。指揮権のある者が暴走する中、我々の難しい任務をよく遂行された。確かに推定していたよりもいささか被害は大きいが、それでも5000以上の兵を無事に連れ帰ったこと、さすがは将軍です」
「……痛み入ります」
そんなやりとりを黙って見ていたスキット。その様子を見たルーゴが無表情のまま、
「どうした、スキット。そのように渋い顔をして。被害を気に病んでのことか?」
「いえ。今回のドラクのやりよう。小勢で敵を引きつけ、伏兵で叩くというやり方が、少々気に食わなかったまでで」
「ほお? 誘引は簡単な策ではないが、常套手段のひとつだと思うが?」
「ええ。策自体に驚きはありませんが……。私が最初にドラク達反乱軍を破った時と全く同じ手口なのです」
「……もしや、意趣返しを狙ったとでも?」
「その可能性を捨てきれないな、と」
「今回の件、ドラク本隊は同じ頃にスキットと対峙していたのだったな。つまり、ドラクは同じ勝ち方をしてみせて、自分以外にも優秀な人材が揃っていると言いたいわけか」
「はい。我らと対陣していたのがドラク本隊であることは間違いありません。その上で最初にやられたことを仕返ししてきたとなれば、不本意ですが今回は敵のほうが一枚上手と認めざるを得ません」
「しかしスキット、被害の規模や、こちらが向こうの策に乗ってやったという側面を勘案しておらん。偶々向こうの奇策が当たっただけ。少々ドラクを買い被りすぎではないか?」
「そうかもしれませんが、どうあれ今回は完敗と言って良いでしょう。少し反乱軍を、いえ、グリードル帝国を侮りすぎていたのかもしれません」
「そうか。反乱軍と最も戦ってきたスキットがそのようにいうなら、そうなのだろう。一度、計画を練り直す必要があるな」
ルーゴが納得すると、その隣でキャナンドも頷く。そして人の良さそうな、それでいて心を許してはならないような笑顔を見せながら、
「ま、戦とは戦場でやるだけではありませんからな」
と、のんびりとした口調で言い放つのであった。
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その日、グリードルの帝都では、ささやかな祝杯が掲げられていた。
「おう、やるじゃねえかお前ら!」
ドラクに褒められているのは、ガフォルとリヴォーテだ。海岸線の奇襲に自ら志願した2人は、見事にやり仰せてみせたのである。
「恐れ入ります」
若さに似合わずどっしりとした礼を返すガフォル。
「まだまだ私の実力はこの程度ではありません」
そのように言いながらも、ドラクに褒められて嬉しいのか、顔を紅潮させているリヴォーテ。
実際、話を聞く限り2人の用兵は見事だった。
少数での誘引は引き際が難しい。一歩間違えればあっという間に全滅である。まして今回は、自領内ではなくランビューレの領内に回り込んでの戦い。難度の高い任務だったのは間違いない。
伏兵役を担ったジベリアーノの報告によれば、『リヴォーテの引き際の判断が見事』であったという。
敵との距離を測り、時として行軍速度を落としつつ、絶妙な距離感を保ったと。
元ウルテア親衛隊の一部隊を率いていたジベリアーノの言葉だ。贔屓なく賞賛に値する動きであったのだろう。
もしかするとリヴォーテは、遊軍で使ったら良い働きをするかもしれない。ドラクはそのように考え、リヴォーテの適性を見るためにも、今後の使い方に想いをはせる。
そんなドラクに、
「ぼうっとしている暇はないぞ」
と、うるさいことを言うのはエンダランドだ。
「やかましい。分かってる」
この勝利はグリードルにとっては大きい。もしランビューレが再び動いても、対応できる準備は整った。この隙を逃さずに南へ兵を向ける。
「お前ら! 待たせたな! そろそろ南の獲物を喰らいに行くぞ!!」
ドラクが力強く宣言すると、その場にいた将達は一際大きな歓声を上げるのであった。




