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帝国記(40) 呼び出し


 ランビューレの三宰相の1人、キャナンド。そのキャナンドに呼び出されたスキットは、指定された執務室へと向かっていた。


 世間的には同じ宰相であり、同等と見なされてはいるが、スキットはまだ30歳を少し過ぎたばかり。倍近いほど年が離れ、なおかつ長く政務の中心にいるキャナンドとは、明確な格の差がある。


「失礼します」


 声をかけて部屋に入れば、部屋にはキャナンド以外にもう1人。その人物を見た瞬間、スキットの頭を嫌な予感がよぎった。


 そんなスキットの気持ちを知ってか知らずか、キャナンドは人の良さそうな顔で座るように促す。


「スキット殿、忙しい中呼び立てて申し訳ない」


 キャナンドは人格者であり、多くの貴族の支持を受けている。若年のスキットに対しても丁寧で、尊敬に値する人物ではある。同時に、些か方方に良い顔をし過ぎるのが難点だ。


「いえ。お待たせして申し訳ございません。それにフィクス様もご無沙汰しております。式には列席できず、申し訳ございませぬ。改めて、ご成婚おめでとうございます」


「ああ。貴殿が忙しいのは重々承知している、気にしなくて良い」


 鷹揚に答えたフィクス=クリアード。名門クリアード家の当主にて、つい最近妻を娶った。その妻とは、元ウルテア王国の妃、ライリーン。


 ライリーン陣営とフィクスの縁談をお膳立てしたのは、他ならぬスキット達三宰相だ。スキットはライリーン陣営への接触を。キャナンドはライリーンの相手探しを担った。


 そのフィクスがなぜ、王都まで出張ってきているのか。


 会談は緩やかに、世間話から始まる。


「夕食には少々早いが、せっかくだ」


 というキャナンドの言葉で一席が設けられ、ワインを傾けながら時が過ぎてゆく。


「ところで、スキット殿に折り入って頼みがあるのだが」


 そのように切り出したのは、フィクスがすでに4杯目のワインを飲み干した頃。


「さて、頼みとはなんでしょうか」


「時にスキット殿、ウルテアの奪還は順調と聞いておるが、事実かな」


 ランビューレでは大半の者が、グリードル帝国を旧王国の名で呼ぶ。ドラクの国を認めないというだけなら良いが、必要以上に軽んじようとする風潮には、スキットは少なからず不安を覚えていた。


「そうですね……今のところ、計画通りかと」


「反乱軍はどのくらい弱っていると見ている?」


「ドラク達は版図を急拡大させました。その分弱るのも早いでしょうが、とはいえ、まだ2〜3年はじっくりと力を削って行くのがよろしいかと」


 このままであれば、スキットの見立て通りなら3年どころか2年も持たないのではないかと考えてはいるが、話の核心が見えぬ今、それを説明するつもりはない。


「3年! それほどか?」


「我が国の損害を最小にして、ウルテアを吸収するにはそのくらいは必要かと」


 スキットの言葉を受けたフィクスは、殊更大袈裟な身振りで肩を上げる。


「そうか。いや、スキット殿の才を疑うことは全くない。その前提で話を聞いていただきたいのだが、失礼ながら、少々慎重に過ぎるのではないか?」


「さて、私はそうは思いません」


「いやいや、少し言い方を変えよう。スキット殿が思うよりもずっと、ドラクが困窮しているとすればどうか?」


 妙なことを言い出したな、スキットはそのように思いながらも言葉を選ぶ。


「仮に困窮しているのであれば、私の見立てよりもあやつらの滅亡は早いかもしれませんね」


 そのように返すと、フィクスは我が意を得たりと手を叩く。


「そうであろう!」


 それから口に手を当てたフィクスは、重大事とばかり声を落とす。


「……スキット殿を信じて明かす。実はな、我が妻の元へ、元ウルテアの貴族連中より悲鳴のような助けが届いておる」


「悲鳴のような、ですか」


 随分と大袈裟な表現だ。


「うむ。どうもドラクはやはり、(まつりごと)を知らぬ間抜けであったようだ。王都にあった金も考えなしに使い、もはや国庫は空のようである。ゆえに、密かに貴族達の財産を没収しようと画策しておるのだ」


「……それは事実ですか?」


「無論。何せ妻の元には10通以上の嘆願が届いておる。『ドラクの専横は目にあまる。早く反乱軍の悪夢から解放してほしい。ウルテア王家の帰還を心待ちにしている』とな」


「その手紙は最近届いたと?」


「ああ」


 スキットは心の中で顔を顰めた。それは随分と都合の良い話だ。


「そのような話が出ていれば、フィクス様の奥方がウルテア北部に居座っている時に届いても、おかしくないように思いますが、今まではどうだったのですか?」


「もちろん私も馬鹿ではない。届いた手紙は吟味した。多くは旧バウンズ領の貴族やウルテア南部の貴族達だ。つまり、ドラクに降って日の浅いもの達から不満が噴出しておるのだ」


「……確かに、そのようにも考えられますが……」


 しかし、やはり釈然としない話だ。スキットは密かに、情報を精査する必要があると感じる。だが、フィクスは畳み掛けるように続けた。


「頼みというのは他でもない。知っての通り、我が妻はウルテアの王妃、我が義息は新生ウルテアの王となるべき存在である。勝ち筋の見えた今、ウルテアの民のためにも、新王の父たるこの私が先頭に立ち、ウルテア健在を広く知らしめたいと思う」


 やはり、スキットの嫌な予感は当たったようだ。


 フィクスは一度言葉を溜め、改めてスキットを見据えると、


「ウルテア奪還の指揮権を私に預けていただきたい」


 と言い放つのだった。




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