帝国記(39) 大物
一度に2人の婚儀を持ち込まれるとは思っていなかったドラクが唖然とする中、オリヴィアは続ける。
「尤も、一方は内々に約束を取り付けるだけぞ。今はまだ簡単に動けぬ場所におるのでな」
ドラクはため息をつきながら、頭を乱暴に掻いた。隣を見れば、先ほど覚悟を決めたはずのサリーシャも目を丸くして固まっている。
「はぁ……まあ、とにかく話を聞く。続けろ」
「うむ。まずは1人目め。直近で妃に迎える方じゃ、打診がきておるのは、ナステルのワールナート家」
「……おい、オリヴィア、ワールナート家だと? 事実か?」
「このような場で冗談を言うわけがなかろう。元々私の母の遠縁が、ワールナートの縁者である。故に頻繁に連絡は取っておった」
「……そりゃあたしかに、大物だ」
ナステルのワールナート家といえば、ナステル五大貴族の一角だ。その中でも1、2を争う名家中の名家。
ナステル南部に広大な領地を有し、ナステル王家との血の交わりも深い。王家に何かあれば、養子を送り出せるほどの立場にある。
「俄には信じられねえな。ナステル王に近しい貴族がなぜ、俺につく?」
「その王の権力争い、よ。ナステルの王家についてどこまで知っておるのか?」
「……正直詳しくは知らん」
「良い。ナステルの現王、レザドル=ナステリアは“ムーランド派の王”そのように説明すれば分かるか?」
なるほど、読めてきた。ムーランド家はワールナート家と五大貴族の第一席を争う大貴族。ならば、王を決める争いで、ワールナート家はムーランド家との政争に敗れたということか。
ドラクが察したのを、その表情で確認したオリヴィア。
「今までは王座争いが終われば、禍根は全て水に流し、また次の王を決める時までは協力し合う。それが五大貴族の暗黙の決まりであった」
「それが履行されなかったのか?」
「そうじゃ。ムーランド家はこの機会にレザドル王の後ろ盾として、その力を確固たるものとしようとした。すなわち、ワールナート家の弱体化を図った」
「……」
貴族間の争いで、相手を弱体化させる方法など、碌なものでは無い。血生臭く、粘ついて不快な話ばかりだ。サリーシャの父とて、その“家の弱体化”に巻き込まれて死んだのだから。
「我々がナステルを切り取ったのは、まさにワールナート家が苦境に立たされている最中であった。ワールナート家は、このままムーランドに好き勝手されるくらいならばと、今回の婚儀を決断したのじゃ」
オリヴィアが言い終わったところで、ここまで黙っていたエンダランドが初めて口を開く。
「ワールナート家がグリードルに降れば、その影響は計り知れん。ナステルは一気に弱体化する」
「ああ。そのくらいは俺でも分かる。…………サリーシャが構わねえなら、話を進める」
ドラクが一度サリーシャを見れば、サリーシャは力強く頷いた。それを確認したオリヴィアが話を締める。
「では、この話は先方とまとめよう」
「あ、ちょっと待て」
「なんじゃ?」
「ワールナート家が俺に降る条件は? 領地安堵か?」
「いや、もちろんそれが理想であろう。が、ワールナートの当主は、婚儀がなるのであれば領地が減っても、転領となってもかまわないと言うておる」
「……随分と妥協してくれるもんだな?」
「妥協? 何を抜かしておるか、馬鹿者め。ワールナートの当主は強かぞ。お主の領土が拡大すれば、身内たるワールナートの権威や領地など放っておいても増える。ここで所領に拘泥するよりも、お主に貸しを作っておいた方が何倍も良い」
「……でけえ借りだな」
「だが、我らにとって、先払いで得られる利としてはこれ以上ない」
「ああ。むこうの考えもきちんと覚えておく」
「うむ。今後貴族連中を取り込むにも、借りは忘れんほうが良い」
「で、もう1人の妃ってのは?」
「エニオスの貴族ぞ。ただ、こちらは少なくともナステルをある程度喰らってからでないと向こうも動けぬ。お主らを信用していないわけではないが、状況が変わる可能性もある。今の時点では名は伏せさせてもらう」
「そうか。その辺はオリヴィアに任せる。が、ナステルに攻め込むにしたって、簡単な話じゃねえぞ。まずはスキットの野郎をなんとかしねえと、南に大軍を出すわけにはいかねえ」
「そちらにも策がある。そのためにエンダランドに助力を仰いだのじゃ」
「何?」
「ここからはエンダランドに説明してもらおう。我は喋り疲れた」
こうしてオリヴィアに代わってエンダランドが話し始めた内容は、貴族を利用し、貴族を転がす、実に貴族らしい作戦だったのである。




