帝国記(37) 新たな戦力
リヴォーテとガフォルを受け入れてすぐ、2人も同席させての軍議を開いた。
議題は先の敗北の状況把握。
「私の実力不足だったとしか言いようがないが……」
エンダランドは苦々しい顔で、戦いの詳細を語り始める。
戦闘開始からしばらくは、両者互角の戦いを繰り広げていたらしい。グリードルの兵もそれなりに経験を積みつつある。戦況を見て、ランビューレ軍が相手であっても、我々は互角に以上に戦えると自信を深めたそうだ。
しかしそれはランビューレの指揮官の罠であったのだ。ランビューレ軍は、さも苦戦しているように徐々に後退。やおら敗走を始める。
その様を見て、エンダランドは適当なところまで追い立ててから帰還しようと決め、追撃を開始した。
ドラクから見ても、エンダランドの判断がそこまで間違っているとは思えない。潰走した敵を追い立てるのは当たり前のことだ。少しでも損害を増やして、相手の戦力を削いでおきたい。
しかし、追撃戦を初めてすぐに、森の中に潜んでいた伏兵が襲い掛かり、エンダランド達の部隊は分断されてしまう。
「まさか、総兵の半数を伏兵に使ってくるとは思わなかった」
エンダランドの言葉のように、ランビューレ軍は当初戦っていた兵数と同等の数の伏兵を用意しており、先頭を駆けていたネッツの部隊が孤立してしまう。
なんとか救出をと、敵陣を突破しようと試みるが、その壁は厚い。これ以上の犠牲を払えば、王都の守備すら危うくなる。そう判断せざるを得なかったエンダランドは、撤退を判断。今度はこちらが追い立てられる側に変わる。
アインが殿を引き受け、本隊はどうにか領内まで戻ることはできた。だが反転攻勢までとはいかず、そのままゆるゆると兵を退かざるを得なかった。
「すまん。どうあれ私は、ネッツを見捨てる選択をした」
「いや、その場で全滅したら、今俺がこうして玉座に座れていたかもわからねえ。お前の選択は間違ってねえよ。それで、孤立したネッツをお前達が助けてくれたってわけか」
ドラクに話題を振られたリヴォーテは、
「はい。戦闘が始まっていると聞き、我らがその場へ向かうと、ネッツ様達が敵陣を北へ、すなわちランビューレ側へと突破して追い立てられている最中でした。そこで、我らはランビューレ軍を側面から襲撃し、ネッツ様と共に、戦場を大きく迂回して離脱してきました。敵は我々が現れたことで、救援が来たと判断し、無理に追っては来ませんでした」
と快活に説明。
「なるほどな、状況は分かった。それにしても、エンダランドがそんな簡単に罠に嵌められるってのは、相手の指揮官は余程の相手ってことか?」
エンダランドは指揮も決して下手ではない。警戒心も強い。簡単に騙される男ではないにも関わらず、ここまで翻弄されるとは。
エンダランドは苦々しい顔のまま、
「あの旗印はスキット=デグローザの物に違いない。各地を回っていた時に見たことがある」
「スキット=デグローザか。若き宰相とかいうやつだろ」
スキットの名前はドラクでも知っている。
「ああ。大きな後ろ盾もなく、齢28の若さで宰相の一人に抜擢された男だ。今回戦って分かった。あれはただ者ではない」
「厄介だな……そういえばリヴォーテ、それにガフォルの年は幾つだ?」
ドラクの問いに少しだけ言い淀んだリヴォーテ、そんなリヴォーテを見て少し笑いながら答えたのはガフォルの方だ。
「私は18。そしてこのリヴォーテは9歳です」
「は? 9歳!?」
確かに子供っぽい見た目であったものの、義勇兵を率いて参戦するほどだ。幼く見えるだけでそれなりの歳と見ていたが、流石にドラクも驚いた。
驚くドラクに対して、口を尖らせて抗議するリヴォーテ。
「陛下、先日私は10歳になりましたので!」
「大して変わらんだろうが……よくまあ、兵がお前についてきたな。ガフォルが説得でもしたのか?」
「いえ、説得されたのはむしろ私の方で。リヴォーテは元はレグナ王国で見習い兵をしていたらしいのですが、見習いでありながら、上官に度々苦言を繰り返し、追い出されたのだそうです」
ガフォルの説明にリヴォーテが再び抗議。
「追い出されたのではない! 私が自ら見限ったのだ!」
そんなリヴォーテの言葉に、ガフォルは再び笑う。
「……だそうで、ともかく、こやつはその後、各所で義勇兵を募り、耳を貸すものを説得して回ったと。確かに若年ながら、弁は立つし頭の回転も早い。かくいう私もその言葉に騙された口でしてな。こやつ、何かあるような雰囲気だけは一人前なのです」
「ほお。ガキのくせにやるじゃねえか。しかしお前ら、ネッツを救出できたってことは、ランビューレの領内を進んできたんだろ? 引き連れていた義勇兵は300もいたのにどうやったんだ?」
むやみに目立つ謎の集団。簡単に見逃されるはずがない。ドラクの問いに胸を張るのはリヴォーテだ。
「それは簡単な話です。メルドー家の旗を偽造しました」
「メルドーって、まさか、ウルテアの元妃の実家の?」
「はい。ウルテアの元妃、ライリーンがランビューレに降ったのは聞き及んでおりましたので。メルドー家の旗印であれば少数の兵がおかしな場所を走っていても、あまり見咎められないかと考えました。降って間もないことや、その経緯を考えれば問い詰めづらいだろうと」
しれっと言うリヴォーテ。ドラクは思わず吹き出してしまう。
「あのライリーンの実家を擬してきたのかよ! それは面白え! ガフォル、お前の言う通りこいつは大したもんだ!」
ドラクに褒められてキラキラした視線を向けるリヴォーテと、そんな様子を見て苦笑するガフォル。
状況は予断を許さないが、ドラクの陣営にまた新しい戦力が加わったのであった。




