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帝国記(33) 卑怯者


 ワックマンが全軍を率いて街を出立し、その姿が完全に見えなくなったのを確認すると、バウンズはやおら立ち上がる。


「さて、ズドタル。そろそろ準備せよ」


「はい。しかし父上。亡命とは、どちらへ? ナステルにですか?」


 ズドタルには何も伝えてはいなかった。ゆえにこそ、つい先ほどまでナステルの援軍が来ると信じてワックマンと言い争っていたのである。


「お前は知らなくて良い。すでに準備は済ませている。行くぞ」


「父上?」


 バウンズはそれ以上語らずに部屋を出て、ズドタルは慌ててついて来る。


 大きな館の裏には、目立たぬように3台の馬車が準備されていた。


「ズドタルよ、お前はそちらの馬車へ乗れ」


 バウンズが命じた馬車からは、バウンズの妻をはじめとした親族が顔を覗かせており、それを見たズドタルは素直に馬車へと乗り込んでゆく。


 ズドタルの背中を確認してから、バウンズは別の馬車へ。バウンズの乗る馬車だけは2頭立て。そして載せるものはバウンズだけ。


 残った馬車には、バウンズが溜め込んだ、多くの財宝が詰め込まれている。


 万が一、ワックマンが早々に破れ、ドラク達が追いかけてきても、まずは宝を積んだ馬車が追いつかれる。次は乗っている人数の多い馬車が。


 すなわちこの配置は、最低限自分だけは生き残るための下準備である。


「出せ」


 バウンズの一言で、馬車はゆっくりと動き出す。


 通りを進む間、街ゆく市民は誰も馬車に視線を向けようとはしない。


 一見して高価な馬車の行手を遮れば、どのような罰が待っているかわからない。関わらぬことが最善であることを、市民の誰もが知っている。


 こうして馬車は誰にも咎められることなく、ドラク達がやってくる方向とは真逆の門から街を出た。


 だが、順調だったのはそこまで。


 バウンズが目を閉じ、背もたれに身を委ねていると、前方から馬のいななきが聞こえ、馬車が停車した。


 不快そうに立ち上がったバウンズ。前方の小窓から御者に状況を伝えるように言わんとしたが、確認するまでもなかった。10名ほどの兵士たちが馬車を囲んでいるのだ。


「親衛隊の者どもか?」


 バウンズが訝しげにしている間に、ズドタル達の乗る馬車から、全員が引き摺り出される。


 無理やり馬車から連れ出された息子の様子を見て、バウンズはようやく、ワックマンがバウンズ達を監視していたのだと思い至った。


「やれやれ、多少は考える頭があったということか……」


 無論バウンズとて、そのような状況を想定していなかったわけではない。当然言い訳も考えてある。


「このような場所で、無駄に時間をかけているわけにはいかぬのだがな……」


 眉を寄せながら、説明のために馬車を降りようとしたところで、眼前に信じられぬ光景が広がった。


 引き摺り下ろされたズドタルが、相手に何か怒鳴り散らすと、兵達は躊躇することなくズドタルを槍で突き刺したのである。


 それも一度ではない。明確な殺意を持った穂先がなん度もズドタルを貫いてゆく。力無く崩れるズドタル。家族から悲鳴が上がるも、兵士たちは悲鳴をあげた者から無慈悲にも刺し殺してゆく。


 その様子を見たバウンズは固まる。バウンズはようやく、ワックマンがこちらを全く信用していなかったことに気づいたのだ。なればバウンズが考えるべきはただ一つ。自分が生き残るための方法だ。


 馬車から降ろされた者達が全て、息絶えるのを確認した兵士は、ゆっくりとバウンズの乗る馬車へと近づいてくる。


 バウンズはいっとき悩み、それからゆっくりと元いた座席に戻ると、ゆっくりと目を閉じた。


 少しして、馬車の扉が開く音がし、人が入ってくる。


「バウンズ様」


 兵に声をかけられてようやく、バウンズは目を開け、不快そうに兵士たちを見渡す。


「なんの騒ぎか?」


 バウンズが重々しく問うと、兵士の1人が一歩前に歩み出て、淡々と答え始める。


「何、大したことではございません。ウルテア存続の瀬戸際に一丸となって戦わねばならぬ中で、ちょっとした不心得者がおりましたので、成敗いたしました」


「…………」


 空々しい事を口にした兵士をバウンズが睨んでも、睨まれた方は表情を変えることもない。どころか、慇懃に頭を下げながら続ける。


「さて、では館に戻り、ワックマン様の戦勝報告を待ちましょう」


 そのように言いながらバウンズを見下ろす兵士からは、バウンズの言葉に耳を傾ける意思は、一切見えなかった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ワックマンの率いる部隊は、草原でドラクの軍と睨み合っている。


 兵数を考えればより優位な場所に布陣したかったが、ギリギリまでバウンズが出陣を渋ったことで後手を踏んだ形となる。


「……何人残った?」


 ワックマンが聞いたのは、バウンズから預けられた私兵のことだ。親衛隊の行軍についてこれずに、徐々に後方へと下がっていた。


「……」


 問われた兵は黙して首を振る。


「やはり逃げたか」


 予想通り、私兵はほとんど残っていない。


「どのみち練度の低い私兵など、戦力には数えてはおらぬ」


 ワックマンはドラクの旗を睨み、馬上で自らの剣を抜く。


「突撃せよ! 狙いはドラクの首のみぞ!!!!」


 ワックマンの怒号によって、兵は一気に突撃を始めるのであった。




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