帝国記(3) 春嵐3
ドラクはエンダランドを改めて観察する。
年は少なくとも自分より10以上は上に見える。道端に座り込んで妙なことを口走ると聞いていたので、てっきり食いつめ者の類かと思ったが、身なりはかなり良い。
それにこの雰囲気。
「……お前、貴族か商人だろ?」
ドラクに問われたエンダランドは片眉をあげて「なぜそう思う?」と逆に聞いてくる。
「着ているものからすりゃあ、それなりの金を持っている。この国で金を持つのは、貴族か賄賂の上手い商人か、一握りの軍部だけだ。お前は軍人じゃねえ。その服装、軍人はしねぇ。地味に見せちゃいるが、貴族か商人が好む装飾をちょろちょろ身につけているからな」
「ほお、観察眼は悪くない。お前が指摘した通りだ。では、貴族と商人、どちらだと思う?」
エンダランドは遊んでいるかのように、質問を重ねる。
―――性格の悪そうなやつだ―――
こいつがわざわざそんなふうに聞いてくるということは、単純に二択というわけではない様な気がする。
なら、
「金で貴族格を買った商人」
「惜しいな。正しくはその商人の道楽息子だ」
歳の頃からすれば既に独り立ちしていてもおかしくないが、自らを道楽息子と言い放ち、平然としているエンダランド。
ドラクは思わず苦笑しながら、「お前、性格悪いって言われんだろ?」と問う。
「それは正解だな」
その返答で、ドラクはエンダランドを妙に気に入ってしまう。
「おい、エンダランド。お前、酒は?」
「人生だ」
この返答を聞いた瞬間、ドラクはなんとかして、この偉そうな男を配下にしたいと決めたのであった。
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場所を変え、行きつけの酒場に昼間から陣取ると、ドラクはエンダランドの言葉に耳を傾けた。
エンダランドの実家はナクネ王国の商家であるという。ナクネはここから西にある国だ。
ナクネの先にはもう山しかない。その山を越えた先はルデク王国。ドラクにとってナクネはまだかろうじて隣国という認識に入れることもできるが、ルデクとなればもはや、海を渡った国に等しい異国である。
「ナクネにいりゃあ、貴族として安穏と暮らせんだろ?」
ドラクがあえてその様に聞くと、エンダランドは鼻をフンと鳴らし、
「あの国は駄目だ。いや、この辺りの国は軒並み駄目だがな」と言い放った。
なかなか辛辣だが、かといってドラクは否定を躊躇った。実際問題、ドラクのいるウルテアもあまり良いとは言えない。圧政を敷き、不満は燻り続けている。
言葉を探すドラクの前で、エンダランドは滔々と話す。
「私の知る限り、この大陸においてここまで平野が広がっている場所は他にない。これがどういうことを意味するかわかるか? 大陸で最も恵まれた領土ということだ。にも関わらずこの辺りの国の者どもは、それに胡座をかいているだけだ。放っておいても安定した恵みをもたらすこの大地で、ただ搾り取ることしか考えていない。正しく政に向き合う為政者は皆無。どいつもこいつも、興味は金と権力だ」
「俺みたいに、それなりに民に視線を向ける奴はいるだろう?」
「わずかに、いる。いや、いた。私が見てきた国々は、そういった奴らを排除するのに必死だったな。皆、自らが手にした既得権益を守るのに必死なのだ」
「だが、国とはそういうものだろう?」
ドラクのこの言葉に、エンダランドは心底馬鹿にしたような顔をする。
「そのような考え自体が間違っている。この辺りの国々はどこも似た様なやりようでうまく行っているから、それに気づくことはないがな。北のツァナデフォルや、西のルデクを見てみろ。王も、各地の領主も、もっと必死だ」
「ルデクはともかく、ツァナデフォルにも行ったことがあるのか?」
「ある。さらに西にある他の国々のことも知っている」
「西? ゴルベルやシューレットもか?」
「ああ」
「そんなところまで行ったのか?」
「いや、行ってないが?」
さも当然といったふうに答えるエンダランド。
「じゃあ、なんで他の国のことを知っている?」
そこでエンダランドは自分の耳を指し示す。
「私は、耳が良いのだよ」と。
どういうことかと聞けば、文字通りの意味で、エンダランドは複数の言葉を同時に聞き分けるという。
試しに配下に一斉に喋らせたが、エンダランドはその全てを正確に言い当てた。エンダランドはこの特技を使って、酒場などで情報を収集するのだという。
「それなら、ルデクや国やツァナデフォルで仕官すればいいんじゃねえか?」
ドラクの単純な疑問に、エンダランドは首を振った。
「私は、地理的条件からこの辺りが一番発展する可能性を秘めていると考えている、すなわち、私が思う存分に才を発揮できる場所である、と。……そう、思ったのだが、仕える相手もおらんのでは、お前の言う通り他国へ流れた方が良いのかもしれんな」
エンダランドはため息を吐いた。それはあまりにも切実で、本当にここまで良縁が得られなかったことが感じられた。
「俺の配下になればいいじゃねえか?」
ドラクの言葉もまた、鼻であしらわれる。
「確かにドラク=デラッサの話は最近よく聞く。良くも悪くもだ。だから見にきた。だが、こんな小さな地方の一領主で、徒党を組んでお山の大将気分では、な」
「まあ、そう言うな。そもそもお前は俺と会ったばかりだろう? もう少し時間をかけて確認しねえか?」
「というと?」
「そうだな、せめて3ヶ月、その間は俺がお前の面倒を見てやる。給金も払う。だから、俺という人間をきちんと精査しろ」
そんなふうにいったドラクに、エンダランドは初めて不思議そうな顔を見せた。
「お前は、これほど失礼なことを言っても、怒らないのか?」
「まあ、正論ではあるからな」
エンダランドの言っていることは事実だ。それに目くじらを立てる必要などない。
「……分かった。しばらくこの地に滞在しよう」
このやり取りによって、エンダランドはドラクの領地に、しばし滞在することとなった。