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帝国記(27) ウルテア動乱12


 旧ウルテア親衛隊の一隊を率いるジベリアーノは、戦況を見つめながら少々感心していた。


「思ったよりも敵兵の練度が高い。そうは思わんか、トレノ」


 腹心のトレノに話を振れば、


「左様ですね。左右に実力のある兵を固めているとはいえ、よくやっています」


 ジベリアーノたちは左翼を任されている。敵の右翼と激突中だが状況は一進一退。


 尤も、互角となっている原因は、こちらの士気も影響している側面も否めない。


 ジベリアーノと部隊達は、今の親衛隊のあり方に疑問を持っている。同時にバウンズのことも快く思っておらず、それよりはドラクの方がましとさえ考えている。


 そんなシベリアーノ隊であるので、無意味に被害を増やすような戦い方はしていない。そしてそれは、右翼側も似たような状況であると思われた。


 何せ、右翼を任されたのは、旧王族に合流を訴えている者達だ。


 親衛隊を率いるワックマンは、手強いとみた左右の敵部隊に対して、バウンズと距離を置く者たちを配置した。


 見せしめの意図があるのは間違いないが、少々露骨にすぎる。ここからでははっきりとした戦況は見えないが、これでは右翼の部隊とて士気が高いとは思えない。


 ただ、それを差し引いても敵は良くやっていると思う。義勇軍が中心というから、正直もっと脆いと思っていた。


 おそらくではあるが、義勇軍は中央の本隊にまとめ、左右は少なくとも素人ではない者達を集めたのだろう。連携一つ取っても割としっかりとしている。


 これは打ち破るには少し面倒かもしれない。ジベリアーノは薄々そのように感じ始めていた。


 この戦い、中央を攻める者たちが、ドラク本隊を打ち破れば我らの勝ちだ。だが、肝心の中央も中々前に進めずにいる。


 士気云々もあるが。敵はここまで出張ってきておきながら、守備に徹している。元よりここで決着をつけるつもりは無いようだ。


 兵数は相手の方が上で、尚且つ守備に徹するとなれば、いくら個の力で優っていても、そう簡単に撃破はできない。


 これは全部隊を一度退かせて、仕切り直し、搦手を使った方が良さそうだ。


 ジベリアーノが大将なら、間違いなくそうする局面である。なんだかんだ言っても、戦略の引き出しの多さはこちらの方が圧倒的だろう。


 向こうが攻めてくる気がないのなら、ドラク軍をこの場所に縫い付けて翻弄することもできるかもしれない。


 だが、ワックマンからは撤退の指示は発せられぬままだ。


 雑魚相手に仕切り直す事を良しとしていないのか。いや、ワックマンは親衛隊を任されるほどの将だ、流石にそこまで愚かではあるまい。


 では何か事情があるのか。考えられるのはまさしく、この上がらぬ士気か。


 中央を任された主攻にあたる兵士たちは「ウルテア滅亡」という宣言に対して、少なからず動揺していた。


 今はその感情を怒りに変えて、ドラク軍に攻め込んでいるが、一度引くことで勢いが減ずる危険性を恐れているのかもしれない。


 負けることは絶対に許されない。だが、引き分けというのも、先々を考えると芳しくない。


 仮に決着つかず睨み合いとなれば、王族合流派はここぞとばかり“北”への撤退を求めるかもしれない。ゆえに、退くに退けない。


 北に退く、か。ジベリアーノは北の空を見る。薄暗い雲が広がっていた。


 親衛隊本来のあり様を考えれば、北部撤退、王族との合流が一番正しいようにも思う。だが、あの王族、特に王妃ライリーンはあまり好ましい人物ではない。


 そういえば、オリヴィア姫はどうなったのか? 王都陥落の混乱で殺されてしまったのであろうか。


 デドゥ王にただ一人諫言できた娘。実娘とはいえ、大したものだと感心したが。


「ジベリアーノ様、少し下がりますか?」


 トレノの言葉で意識が引き戻される。見れば、敵の右翼が徐々に押し出しつつあった。本人達も気づいていないが、善戦していることで無意識に前がかりになってしまっているのだろう。


 本来であれば指揮官が引き締めて、所定の持ち場に戻すはずだが、率いている人物はそこまで統制できていないのか。ならば、徐々に退いて右翼を孤立させることは可能だ。


 片翼が孤立すれば、守りに綻びが出てくる。戦況はこちらの優位に動き始める。


「よし、徐々にあやつらを引きつけろ」


「はっ」


 ジベリアーノのこの行動は、戦術的には間違っていない。しかし、そうは思わぬものが戦場にいたのである。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 後方で戦況を見極めていたワックマンは激昂する。


「右翼のクライ達は何をしているのだ!」


 ワックマンの眼下では信じられぬ光景が広がっていた。左翼ジベリアーノが部隊を下げ始めると、それに連動するように右翼を任されていたクライも徐々に下がり始めたのだ。


 ジベリアーノの方の動きは理解できる。敵の右翼が前掛りになってきた。ジベリアーノはそれを見抜いて、敵の陣形を崩そうとしているのだろう。実際に、ジベリアーノの方の持ち場は敵の陣容が崩れつつあった。


 しかし、クライの方はそういう状況ではない。クライが相対しているのは旗印からして槍のアインの部隊だ。統制もしっかりとれており、クライが引いたところで追い立てるようなことはしない。


 それどころか、自部隊への攻勢がゆるんだと見るや、横からこちらの主攻に攻めいる動きを見せていた。予期せぬ横からの攻撃に、中央の部隊に小さな混乱が起こっている。


 にも関わらず、クライは再度攻め込むでもなく動きを止めている。


「すぐに再度攻め込むように命令しろ!」


 ワックマンの怒声で伝令が慌てて走り出そうとする中で、さらに信じられないことが起こった。


 クライが率いている部隊が、あろうことかそのまま戦場から離脱を始めたのである。


「あやつは何をしているのだ!?」


 ワックマンは理解できなかったが、見せしめの布陣がここにきて大きく影響したのである。


 被害の大きな場所に配されたのはクライ達も分かっていた。そんな中、状況は分からないがジベリアーノの部隊の旗が退くのが見えた。


 無論、普段であれば自分の持ち場を堅守しつつ、冷静に状況を見極めるところである。


 だが、もとより燻っていた不満と、今回の扱いで疑心暗鬼に陥っていたクライ達は、自分たちは使い潰されるのではないかという思いに至ったのである。


 そもそもクライ達からすれば、バウンズが前線に出ていないのも気に食わなかった。バウンズは主人と仰ぐべき人物にあらず。戦場でそのように断じた彼らは、北の領地に向けて移動を開始したのだ。



 激昂するワックマンの怒声も虚しく、戦いの趨勢は、はっきりとグリードルに傾きつつあった。



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このそれぞれの部隊の思惑をからめてこの戦場を演出した作者様に乾杯!
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