帝国記(26) ウルテア動乱11
ドラク軍改め、グリードルの軍勢とバウンズの手勢が対峙したのはアノラと呼ばれる場所のこと。
なだらかな窪地を挟んで睨み合う両軍。
グリードル軍は総勢12000。現状自由に動かせる限界に近い兵数を率いてきた。対するは旧ウルテアの親衛隊8000。
その中にバウンズの旗印は見当たらない。
「もしかして、元親衛隊だけか?」
ドラクが目を凝らして旗を探すも、やはりバウンズの手勢らしき姿は無かった。
隣で同じ方向を見ていたエンダランドが、冷静に返事をする。
「あり得る話だな。親衛隊だけで十分と考えたか、或いは自分は安全な場所に居座っているのか。別働隊という見方もできるが、バウンズの性格からして、自らをその役割にするとは考えにくい。やはり、ここに来ていないのだろう。ま、我々のやることは変わらない。わかっているな、ドラク」
「分かっている。何度も言うな」
「今まで何度言っても、結局突撃していったから繰り返している」
「へいへい。流石にこの状況で突撃はしねえよ」
この戦い。ドラクたちの目的はバウンズ軍の撃破ではない。極力被害を少なく、バウンズ軍を追い返すことが狙いである。
今ここで総力戦となり被害甚大となれば、後が厳しい。ある程度の領地が確保できた今、正直今は、内部を安定させるための時間が欲しい。
そのためこの戦いでは守りに徹し、例え旧親衛隊であってもそう簡単に打ち破れないと言うことを印象付け、のちの牽制に繋げたいという思惑があった。
ゆえに今回は奇を衒った策は取らない。正面きっての戦いを繰り広げて、親衛隊相手でも互角に戦えると言うことを見せつけなくてはならないのだ。
布陣としては、左翼にアイン、右翼にネッツを配置した。現状最も練度の高い2部隊を左右に置き、相手が中央に集中するようなら横っ腹を突く。
向こうが左右にもしっかり対応してくるなら、それはそれで問題ない。ドラク本隊への攻勢が減る分だけ助かる。
そのような作戦にあっては、いかにドラクといえども前線に躍り出るような真似は今回はしない。
「しかし、バウンズの兵力がわからないのは嫌なものだな」
バウンズの元には、親衛隊以外にも少なくとも私兵が2000ほどはいるはず。これはバウンズ傘下の貴族の兵士も含んだ数だ。さらに時間が経っている分だけ、兵士も増えていると思われる。
今回の対峙でどの位の兵力が確保できているのか確認したかったのだが、出てこないのでは仕方がない。
「そうだな。あの男のことだ。5000ほどは隠し持っていてもおかしくはない」
エンダランドの言葉に、ドラクも頷く。
親衛隊と合わせて13000か。厄介だな。何せバウンズの方の大半が生粋の兵士。ドラク達も数々の戦いを経験して大分強くなってきていると思うが、それでもまだ差があると感じている。
「だが、ドラク。もしも今回全軍で来られていたら、守るだけでも厳しいかもしれん。そう考えればバウンズがいないと言うのはよかったかもしれんぞ」
「それもそうだな。だがバウンズ達が別働隊として、背後から攻めてくるなんてこと、本当にねえよな?」
「警戒するに越したことはないが、バウンズの性格からすれば、やはり、考えにくい。それに加えて親衛隊もこちらを下に見ているのだろう。実力差からすれば当然だが、向こうのほうが寡兵にも関わらず正面からぶつかろうとしているのがその証左。この状況下でわざわざ奇襲を選択するかといえば……」
「まあ、そうだな」
「一応フォルクに一軍を任せて周辺の警戒にあたらせよう。フォルクなら柔軟に対応できるはずだ」
「おう」
フォルクに指示を出した頃、前方がさわがしくなってくる。
「動くぞ」
ドラクの眼前で、俄かに親衛隊が前進を始めたのだ。
「流石は親衛隊だな。こちらの強みを押さえに来たか」
親衛隊はアイン、ネッツの両翼への手当を厚くしてきた。見たところ、両翼に2000ずつ向かわせ、本隊には3000ほどが向かってきているのが分かった。
「おい、ルアープ」
ドラクは隣で立ち尽くしていたルアープに声をかける。
「はい」
「人を殺したことはあるか?」
「実は、まだ……」
「なら、今日10人屠れ。俺に近づいてきた兵士を決して撃ち漏らすな、できるか?」
「は、はい!」
緊張の面持ちながら、目の奥に火が灯ったのを確認すると、馬上からルアープの頭を軽く叩く。
さて、アインが見込んだガキ。その腕、どんなもんか。
目の前に敵が迫ってくるのを感じながら、ドラクはなんだか楽しい気持ちになってくるのだった。
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ドラクとエンダランドは、少し、思い違いをしている。
デドゥ王を討ち果たして以来、ドラクの兵は増え続けている。しかしこれは一般的にいえば異常なことなのだ。兵士はそう簡単に1000も2000も増えはしない。
だが、兵を起こした経験などない2人は、自分たちの知る基準で兵の増え方を想定していた。
実際のところ、バウンズの私兵で増強できたのは700に満たない人数であるから、保持する兵と足しても2700。バウンズがこの場に出てこなかったのは、単に兵数に不安があったためである。
とはいえ2700の兵があれば、本隊としては機能する。だが、バウンズはそれを選択しなかった。慎重といえば聞こえは良いが、我が身の可愛いバウンズは親衛隊に任せることを選んだのだ。
この選択がどのような結末を迎えるのかは、バウンズも、そしてドラクも、まだ知るよしもない。




