帝国記(24) ウルテア動乱9
「うむ。グリードルか。まあ悪くなかろう。では、次だ」
ドラクが国名を宣言し、それで終わりかと思えば、オリヴィアはさらに続ける。
「まだ何かあんのか?」
「まあ、これはおまけみたいなものだが、グリードルは“王国”で良いのか?」
「どういう意味だ?」
「ふむ。ドラク軍はナステルに攻め込んだ。これはすなわち、周辺国から大いなる反感を買ったと考えて良い。ここまでは良いな」
それはそうだろうな。ただでさえウチは反乱軍だ。その上、周辺国への配慮なく突然他国へ攻め込んだ。信用など皆無に等しいだろう。
尤も、ドラク達からすればいずれも仕方のないことだった。反乱が成功してからしばらくは、周辺国に気を配るほどの余裕も、人材もいなかった。
気がつけば外交は手遅れ。旧王族やバウンズがドラクを悪様に触れて周り、各国との協力関係を築きつつあったのだ。
もともとオリヴィア含めて数名しか外交のつてがないドラクには、付け入る隙などほとんどなくなっていたのである。
そしてナステルへの侵攻。こちらの一方的な都合ではあるものの、ナステルの領地を切り取らなければ、ドラク達は徐々に追い込まれる恐れがあった。
ナステルを切り取ったことで、ようやく国力が上がり、国を名乗れる程度の勢力を確保できたのだ。
と、ドラクが説明したところで、他国からすれば「だからどうした」だろう。
「そこでドラク、お主に問う。お主はどこまで行くつもりだ? バウンズと旧王派を滅ぼし、ウルテアを統一すれば満足か?」
「無論、バウンズ達は必ず叩く。だが、ナステルに攻め込んだ以上、それで終わるとは思えねえな」
「しかし、そうなれば周辺国を巻き込んだ大騒乱になるが、その覚悟はあるかの?」
「それは今更だろう? 止めるならナステル侵攻前だ。分かっていてわざわざ聞くな」
「まあそう言うな、状況を確認しただけぞ。では再度問う、お前はどこを落とし所とする? ドラクよ」
落とし所…か。どこまで行けば良いのか。それはまだドラク自身にもわかっていない。だが一つだけはっきりしていることはある。
「正直、落とし所がどこかはわからん。だが、このグリードルが他国に舐められないような場所までは、戦い抜く。他国が攻めてくれば相手になってやる。ラドム平野の6国全てが敵対するなら仕方ねえ。全部叩き潰す! そのあとは知らん! 俺の心のままに駆けるのみだ!」
「そうか。まあ、お主ならそう言うと思っておった。ならばやはり、王国では不足だな」
「さっきも言っていたが、王国が不足というのは?」
「今でこそ北の大陸でそれを名乗る者はおらぬが、かつて、この北の大陸を統一せしめんとした王が名乗った名称がある」
「大陸の……統一?」
「そうじゃ。その者は自らを“皇帝”と称し、自らの国を“帝国”とした」
「皇帝と、帝国……」
「どこまでも突っ走ろうとするお主には、王よりも皇帝の方が似合っている気がするが、どうじゃ?」
「急にそんなこと言われてもな……」
大陸統一とか、突然話がデカすぎる。
だが、ドラクが迷う中で、思いの外周囲の人間は好反応を示す。
「グリードル帝国、皇帝ドラクか……悪くない。俺が仕えるのだからその位は名乗ってもらわねばな」などとエンダランド。
「皇帝! かっけえっす!」とネッツ。
フォルクは言葉にはしないが、期待を込めた目でドラクを見つめている。
他の面々も似たり寄ったり。これは、オリヴィアに嵌められたな……。こいつ始めからそのつもりで話を振りやがった。
オリヴィア当人はニヤニヤしながらこちらを見ている。この状況下で、断れるのか、と。
「ちっ! まあ皇帝でも帝国でもなんでもいい。どうせ、俺たちのやることは変わらねえ! 好きにしろ!」
「よし、では、グリードル帝国初代皇帝、ドラク=デラッサとして建国を宣言すると良い。それを持ってバウンズを叩けばよかろう」
「……オリヴィア、お前……」
「なんだ?」
「意外と良いやつだな」
「なっ! 馬鹿者! くだらぬことを言っている暇があったら、宣言の準備を進めんか!」
虚を突かれて動揺するオリヴィアを見て、ドラクは少しだけ仕返しした気分になったのであった。
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新たな国の樹立の宣言は出陣式と同時に行われた。正式な儀式は諸々落ち着いてからだ。まずは、バウンズの元にいる親衛隊を動揺させることができれば良し。
宣言を終え、いざ出立というタイミングで、アインがドラクの元へやってくる
槍の名手であり、ドラク軍では数少ない親衛隊と正面きって戦える戦力である。そのためアインには、今回の先陣を任じてあった。
そのアインが出立直前になり、ドラクのところまでわざわざ来たとなれば、身構えざるを得ない。
「なんだ? 何があった?」
「はっ。実は、傭兵が従軍したいと」
「傭兵? 珍しいな」
北の大陸で傭兵はあまり多くない。どの国も正規兵を抱えており、需要がないためだ。普段の傭兵の主な食い扶持は旅人の護衛くらいなもの。
「何人だ?」
わざわざアインが伝えにきたということは、この混乱に金の匂いを嗅ぎつけて、傭兵集団でもやってきたか?
「ひとりです」
「ひとり? なら付いてくるでも好きにさせとけ」
「それが、少し面白き相手にて。私の見立てでは、あれはこの先が楽しみな人物かと」
「アインにそう言わせるやつか。……興味がある。連れてこい」
「はっ」
少ししてアインが連れてきたのは、フォルクほどの若年ながら、なるほど確かに只者ではない雰囲気を醸し出している。
「お前か。戦いに参加したいってのは」
「修行中なのです、命のやり取りある場所に身を置きたい」
「ほお、名前は」
「ルアープ」
今はまだ無名の、のちの弓の達人は、こうしてドラクと出会ったのである。




