帝国記(22) ウルテア動乱7
ウルテアの南に位置する国、ナステル。
その王都フレデリアでは、この国の王であるレザドムが声を荒らげていた。
「ルドマンドは何処だ!?」
側近が顔色をなくして宰相ルドマンドを探して右往左往する中、四半刻ほどで当人がやってくる。
「申し訳ございません。遅れました」
「このような時に何処へ行っておった!」
「無論、情報を収集しておりました」
ルドマンドは眉根を寄せながら答える。
「今更情報収集だと? 遅すぎるわ! どうなっておるのだ! これは!?」
レザドム王が怒りを露わにしているのも無理はない。唐突に始まった『ドラク軍のナステル侵攻』。自軍は満足な対応も取れぬままに、すでに自領の東部で好き放題されている状況だ。
「……現在、フィツジュレの港など、東部の主要な町はドラクの手に……」
「そんなことが聞きたいわけではないわ! なぜ、ドラクが攻めてきているのかと聞いておる! 『親衛隊を抱えたバウンズが勝つのは必定。仮に負けても所詮ウルテアの内乱。我が国は傷まない』と言ったのはどこのどいつだ!」
「……しかしまさか、ウルテア国内を放置して、我が国に攻め込むとは……」
そう、予測できなかったのはルドマンドだけではない。ルドマンドに怒りをぶつけているレザドムもまた、想定の範囲外の出来事であった。
ウルテアで内乱が起き、国内は3つの勢力に割れた。反乱を成功させたドラク=デラッサは勢いがあるが、兵は義勇兵が多く、人材も不足している。
所詮元は田舎の一領主。早晩、前王の治世に向いていた不満は、ドラクの稚拙な統治に向かうだろうと見られた。
また、王家の生き残り、王妃ライリーンの派閥も問題だらけだ。王宮を支配していた人材の多くを確保しているが、いかんせん兵がない。加えて民からの人気もない。
ライリーンからはナステルに対して、『王都奪還の後には十分な礼を弾む』と、援助の依頼があったが、どうにも頼りない。
残るバウンズは実績もあり、とにかく親衛隊を丸抱えできたのは大きい。戦力的には間違いなくここが一番だ。故にこそ、レザドムもルドマンドの言葉を容れ、バウンズへの助力を決めたのだ。
「肝心のバウンズはどうなっておる!?」
「今のところ、情報が入っておりません。あまりに早いドラクの侵攻。我が方は後手後手に……」
「馬鹿者! それをどうにかするのがお前の役割であろう!」
ドラク軍の侵攻はまさしく、電光石火であった。
侵攻理由はドラクに対する敵対行為。
先だってナステルはバウンズに対し、友好の意を表明した。すなわちバウンズと敵対関係にある我らに、宣戦布告をしたのも同然。先に敵意を向けてきたのはナステルだ。というものだ。
強引かつ暴論極まりないが、バウンズ支援を宣言したのは事実。ドラクは布告と同時にナステルへ攻め込むと、驚異的な速度で東部の所領を喰らっているのである。
「とにかく、あやつらを早急に止めよ!」
「はっ。すぐに総力をドラクへ向けて……」
「いや、待て」
不意に嫌な予感がよぎり、レザドムはルドマンドを止める。
デドゥ王の最期が頭をよぎったのだ。これほどまでに派手に動いているのは、何か企みがあるのではないか、と。
例えば“奇襲”。すなわち、こちらが総力を東に向けたところで、この王都フレデリアを狙うということは考えられないか?
「……東部の奪還は、バウンズが動いてからにする。それまではこれ以上攻め込まれぬようにすることに注力せよ」
「は? しかし……」
「バウンズが動けばこちらに構っている暇はなかろう! そのほうが奪還時の被害も少なくて済む! それよりも、バウンズにすぐに兵を起こすように尻を蹴り上げてこい!」
「は、かしこまりました!」
レザドム王の判断はあながち間違ってはいない。実は、王都撹乱の計画はあった。ドラク達はウルテアでの成功を以て、フレデリアでも似たようなことができないかと画策していたのだ。
だがその規模も計画も小さなもので、効果があるかは些か疑問の残る、おまけのような一手であった。
そして結果的にこの判断は、ドラク軍の戦力拡大の手助けをする事となる。
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ナステル侵攻の前に時は遡る。
オリヴィアより、自分たちを取り巻く状況の厳しさを思い知らされ、閉塞感に包まれていたドラク達。
完全に手詰まりに見えた中で、ネッツが思わぬことを言い出した。
「俺、学がねえからよく分かんねえけど、こう言うのはダメっすか?」
「なんだ? 言ってみろ」
ドラクに促されて、ネッツは続ける。
「や、北も西も攻めらんねえなら、南を攻めればいいんじゃないっすか?」
「南? 南はナステルだぞ? ウルテアじゃねえ」
「はあ、でも、オリヴィアの話じゃあ、ナステルはバウンズの味方なんっすよね。なら、俺たちの敵ってことじゃねえっすか? じゃあ、俺たちが攻めたって文句を言われる筋合いはねえでしょ。別に、ウルテアの中だけでやり合わなきゃいけねえ理由もねえし」
ネッツにそのように指摘され、その場の全員が息を呑む。
ドラクも含めて、これはウルテア国内の問題だと無意識に考えていた。こちらから他国に攻め込むという発想自体がなかったのだ。
だが、
「……ありか?」
ドラクが全員を見渡し、代表してエンダランドが頷く。
「敵を増やすという点では問題ばかりだ。しかし……現状打破の一点のみで言えば、なしではない」
「そうか。そうだよな。ネッツの言う通りだ。俺たちに敵対するなら、叩き潰す。そうか、国なんて関係ねえよ。国の形を決めるのは、俺たちだ。そうだろう!」
この時ネッツの放った一言は、ドラクの視界を大きく広ける大きなきっかけとなった。
こうした背景を持って、ドラグ軍はナステルへの侵攻を開始したのである。




