帝国記(20) ウルテア動乱5
「これで南部の制圧は時間の問題だろう。俺は西へ行ってくる」
アインと共にナクラの砦が降伏したのを確認すると、エンダランドはそのように言った。
西、すなわちバウンズ領の諜報に向かったのである。
ウルテア南部がドラクの物になれば、次はいよいよバウンズとの戦いが視野に入る。ウルテアで最も精強な、元王の親衛隊を抱える相手だ。今は軍の掌握に時間をかけているようだが、のんびりとしていては後手を踏む可能性は十分にあった。
「任せた。エンダランド。なるべく早くこの辺を平らげて、王都へ戻る」
「ああ。だが、あまり調子に乗って無茶をするなよ」
「誰に向かって言っている」
「つい先ほど、嬉々として敵将と一騎打ちに躍り出た大将に向かって、だ」
そのように言われれば、ドラクにはぐうの音もでない。
「では、後日、王都でな」
そう言い残したエンダランドを見送ってから、ドラクは改めて気合を入れ直す。エンダランドに言われなくとも、油断はしない。
「アイン! ネッツ!」
「はっ」
「へいっ」
「お前らを先陣とする。分かっていると思うが、民に手を出すな。降伏する奴もだ。一気に平らげるぞ!!」
それからおよそ一月半をかけて、ウルテア南部は完全にドラクの支配地域となったのである。
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南部制圧のため王都を出立してから4ヶ月と少し。王都に帰還したドラクを、サリーシャとバッファード、そしてオリヴィアが出迎える。
「おかえり、ドラク。怪我はない?」
サリーシャの言葉に腕を捲って見せる。
「見ての通りだ。留守の間、問題はなかったか?」
「王都には大きな問題はないわ。でも……」
サリーシャがオリヴィアの方を見て、視線を受けたオリヴィアが口を開いた。
「外が大分騒がしくなっておるわ。すぐにでも話を聞くか?」
「そうしたいところだが、なあサリーシャ、エンダランドからは何か連絡があったか?」
「ええ、一昨日、手紙が来たわ。あと7日ほどで帰ると」
「ってことは、5日後には戻ってくるな。よし。エンダランドの集めた情報もまとめて相談する。それでいいか?」
ドラクの決断に反論はない。そうしてドラクは、エンダランドが戻るまで束の間の休息を得ることになった。
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「どうも、バウンズのところが妙なことになっているぞ」
エンダランドの第一声。
部屋にはドラクとエンダランド、サリーシャ、バッファード、オリヴィアに加えて、フォルクとネッツがいた。
慎重派のフォルクと、楽天的なネッツはこういった話し合いには良い対比となる。エンダランドの言葉を受けて、フォルクは少し眉を顰め、ネッツは楽しそうな表情を見せたのは面白い。
「そんで、妙なことってなんだ?」
ドラクの問いにエンダランドが続ける。
「一言で言えば、内部分裂が起こりつつある」
「内部分裂だと?」
「ああ。元王の親衛隊の意見が割れている。一部の兵がなぜ、旧王派に合流しないのかと不満を訴えている」
「なるほど」
バウンズは王ではない。親衛隊の本質を考えればそのような意見が出てくるのは当然と言える。ドラクが納得していると、オリヴィアが口を挟む。
「どうも、旧王派は何度かバウンズに合流を命じたが、バウンズが無視したようだ」
「まあ、今更バウンズが旧王派に頭を下げるわけがねえか」
エンダランドも然りと言って話を続ける。
「尤も、旧王派への合流を提言しているのはそれほど多くない。だが、正論であるが故に、バウンズも手を焼いている。それにもう一つ……」
「まだあるのか?」
「これも一部の兵士だが、どうも俺たちの方へ靡いている奴らがいる」
「なんだと?」
「親衛隊とて、デドゥの悪政を快く思っていたわけではない。なにせ、王の愚行を最も近くで見てきたのだ。忠義を捧げるべきはウルテアであり、デドゥ王ではないという意見が出ている」
「親衛隊にもまともなのがいるってわけか」
「だが少数だ。はっきり言って、多くの親衛隊からすればお前は意地でも首を取りたい相手であることは変わりない。自分たちの前で何もできずに王を討たれたのだ。悪政云々はともかく、親衛隊の誇りはお前のせいで地に落ちたからな」
「そりゃあ、ただの因縁じゃねえか」
「そうだな。だが、そう思わん奴も多い。特に親衛隊を率いるワックマンは、「必ずドラクをこの手で討つ」と鼻息が荒い」
「めんどくせえな」
「まあともかく、親衛隊は今一枚岩ではない。付け入る隙があるというのは俺たちにとっては朗報だろう」
「まあな。俺たちの軍も大分整ってきた。向こうが落ち着かぬうちに攻めちまうか?」
そんなドラクの言葉に冷や水をかけたのはオリヴィア。
「敵は親衛隊だけではないわ、馬鹿者。親衛隊だけに拘泥しては痛い目を見るぞ」
そのように言ったオリヴィアは、現在ドラクの置かれている状況を、淡々と説明し始めた。




