帝国記(2) 春嵐2
ドラクがサリーシャと歩き出すと、すぐに20名ほどの若者が駆け寄って来た。いずれも風体はあまり良くない。
「姉御、ドラク様を引き摺り下ろしたんですか!?」
一番先頭で駆け寄ってきた男が、サリーシャへ声をかける。
「ネッツ、姉御はやめろって言っているでしょ!」
「へへ……ついつい。すみません」
笑顔のまま謝罪するその様は、大型犬が叱られながら主人に尻尾を振っているようにも見えた。そんなネッツの胸を軽く叩いたサリーシャ。「ドラクが例の変人と会うわ。準備は?」と問う。
ネッツが「もちろん万端ですぜ!」と向こうの木を指差すと、そこには一頭の馬が繋がれていた。
ドラクは後頭部を乱暴に掻きながらそちらへ向かい、馬へサリーシャを乗せると、続いて自分も軽やかに跨る。すぐにネッツが結えていた紐を解き、馬を自由にさせる。
そうして取り巻きたちに視線を向け、「よし、じゃあ行くか! 遅れるなよ!」と言い残して出発。ドラク以外は徒歩だ。ドラクの乗る馬の尻を追いかけて一斉に走り出す。
彼らはドラクの私兵達。私兵といえば聞こえはいいが、腕っぷしの良い若いのが、ドラクを慕って自然と集まってきただけである。
ドラクがどこかに出かける時は、このドラクの私兵がついて回るので、周囲に良い印象を与えるとは言い難い。
しかしながら、ドラクは若いが領主としては割合ちゃんとしている。無理に住民から搾取する様な真似もしない。
手下たちも領民に危害を加えるようなことはなかったため、なんとなく容認されているのが現状だ。
ドラク一行は田舎道を進む。問題の男は道の途中に一本だけあるクラザの木に、より掛かるように座っていた。
胡座をかきぼんやりと天を仰いでいる男を、3名の兵士が遠巻きに囲んでいる。ドラク達が騒がしくやってきても、こちらを一顧だにしない。
「おう、ご苦労。こいつが例のやつだな」
兵士に労いの言葉をかけると、兵士は一礼して後ろへ下がった。
騎乗したまま男の前へ進み、その顔をドラクが覗き込んでも、相手は視線を空に向けたまま。
馬鹿にしているのか? ドラクと視線を合わせようとしない男に僅かな苛立ちを覚え、腰にあった剣を抜き、眼前へと突きつけてから、重々しく問う。
「何を見ている」
「……見てわからんか? 天だ」
相手は剣を突きつけられても全く動じることがない。なるほど、胆力はそれなりにあるようだ。
「何をしている?」
「仕えるべき主人を探しているところだ」
二度目の問に、ようやく答えが返ってきた。しかしなおも、視線は空を仰いだままだ。
「お前の仕官先は雲の上にでもあるのか? なら、今すぐ天に送ってやろうか?」
ドラクは俄かに剣を動かす。すると相手は、がっかりしたとばかりに大げさに息を吐いた。
「……そうだな、私は、仕えるべき主を求め、長い時をかけて、このあたりの7つの国を全て巡り歩いた。いずれの王も、領主も、私が仕える価値はなかった。ここには変わった若い領主がいると耳にして、やってきたのだが……」
「その変わった若い領主が、俺だ」
その様にドラクが言っても、男は未だ視線を寄越そうともしない。それどころか、空を仰いだまま、また大きくため息を吐く。
まるで期待外れと言わんばかりの態度に、流石にドラクも腹が立ち、剣を持つ手に力を込める。
「斬られないとでも思ってんのか?」
最後通牒のつもりで吐き捨てた言葉。だか、男は鼻で笑う。
「お前はこの程度の問答で私を斬ろうというのか? ならば、お前の器が知れるな」
そのように言われると、言葉に詰まった。このまま斬ったら自分の器が小さいと認めるような気がする。
しかしドラクに無礼な態度を示した男に取り巻きが黙っていない。思い思いに罵声を浴びせながら、にわかに男に詰め寄り始めた。
「ドラク様、もういいでしょう! こんなやつ斬り捨ててしまいましょうや!」
ネッツをはじめ、数人は既に剣を抜いていた。だが、周りが怒りをあらわにしたことで、ドラクはむしろ少し冷静になる。
ネッツ達を手で制すると、自身の剣も、一度鞘に納める。そうして改めて、男に問うた。
「おい、お前は主人を探すなどと偉そうなことを言っているが、お前にそれほどの価値はあるのか?」
「ある」
「お前に何ができる?」
「俺は、天を掴みたいのだ」
頓狂な言葉に、その場にいた全員が一瞬固まる。およそ常人とは思えぬ一言に、先ほどまで罵声を浴びせていた手下たちが今度はゲラゲラと笑い始める。
しかしドラクは笑わない。ドラクもまた、満たされずに日々、天を仰いでいたのだから。
「天を掴む」
その言葉は、ドラクの心の穴を僅かに満たしたような気がしたのだ。
ドラクは馬を降り、片膝をつくと、男と顔の高さを合わせる。
「詳しく聞かせろ」
ここでようやく男はドラクを真正面から見据えた。そうして何か言おうと口を開こうとするも、ドラクが止める。
「いや、待て。まずは名乗ろう。俺はドラク=デラッサ、お前は、誰だ?」
エンダランド=オーザ
男はそう、名乗った。