聖女じゃないのに正常じゃない日常5-聖女じゃない私と魔法の書庫の秘密
私はレイラ。
聖女じゃないけど、なんか最近「聖女扱い」されることが増えている。
魔法が少しだけ使えるだけの田舎の平民なのに、なんでだろうね?
「レイラ、領主様がお前を探してるぞ!」
畑で仕事をしていると、村の青年ボーナムが慌ただしく走り寄ってきた。また何か厄介ごとだろうと内心ため息をつきつつ、私は道具を片付けて領主館へ向かった。
「また何か困ったことですか?」私が尋ねると、領主様は申し訳なさそうに手を擦り合わせた。
「レイラ、悪いな。また頼みがある。北の丘に古い書庫があるのだが、最近その周辺で奇妙な現象が起きている」
「書庫……ですか?」
「魔法使いが残したと言われる書庫だ。昔は立ち入り禁止だったが、最近になって扉が勝手に開いたという報告があってな。その場に近づいた者は謎の声を聞いたそうだ」
「それで私にどうしろと?」
「聖女なら、この謎を解けるかもしれないと思ってな」
「だから私は聖女じゃないんです!」
とはいえ、村の安全がかかっている以上、断るわけにもいかない。私は再び「聖女」役を引き受けることになった。
書庫は村の北にある丘の上にあり、領主館から徒歩で1時間ほどだった。森を抜けて丘にたどり着くと、そこには苔むした石造りの建物が見えた。古びた扉が大きく開いており、黒い穴のように中が口を開けている。
「これが魔法使いの書庫……?」
建物に近づくと、ひんやりとした空気が頬を撫でた。扉のそばには何かの刻印が刻まれている。手を触れると、刻印が淡く光り、不思議な声が耳元に響いた。
「入れ……ただし、試練を受ける覚悟があるならば……」
「試練? 何それ……」
私が戸惑っていると、扉の中から風が吹き出し、私の身体を引き込んだ。抵抗する間もなく、私は書庫の中へと放り込まれた。
書庫の中は外観からは想像もつかないほど広大だった。本棚が幾重にも並び、天井はどこまでも高く続いているように見える。
「どこまで続いてるの、これ……」
棚には古びた本がずらりと並び、その一冊一冊が微かに輝いている。歩いていると、突然足元が光り、床に浮かび上がった魔法陣が私を囲んだ。
「ここに来た者よ、試練を受けよ」
「だから、試練って何!?」
床から光が吹き出し、本棚から一冊の本が宙に浮かんで目の前に現れた。本は勝手に開き、中の文字が動き出すように見えた。
「第一の試練。真実を見極めよ」
すると、目の前に二つの扉が現れた。一方は金色に輝き、もう一方はぼろぼろでくすんでいる。
「選べ、進むべき道を」
私はじっと二つの扉を見比べた。見た目からすれば、金色の扉のほうが正解に思える。けれど、この書庫全体が試練だというのなら、見た目に惑わされてはいけない気がした。
「真実を見極めよ、か……」
私は慎重にぼろぼろの扉を選び、中に入った。扉の向こうは暗く、何も見えない。けれど、少し進むと視界が開け、光が差し込んできた。その先には再び書棚が広がっている。
「よかった……正解だったみたい」
振り返ると、金色の扉は消えていた。私はほっと息をつきながら次の部屋へと足を踏み入れた。
次の部屋には、大きな石の台座が置かれていた。その上には一冊の本が開かれており、何かが記されている。
「第二の試練。知恵を示せ」
台座の前に立つと、本の文字が動き出し、三つの質問が浮かび上がった。それは魔法に関する難解な質問だった。
「第一問。水が枯れる時、最初に消えるものは何か?」
「ええと……蒸気?」私は答えを口にした。本は何も言わない。
「第二問。炎が燃え尽きた後に残るものは何か?」
「灰……かな?」
再び本は動かない。
「第三問。魔法を動かす力の源は何か?」
「……意志?」
この答えに対し、本はパタンと閉じ、石の台座ごと沈んでいった。その代わりに、次の道が現れた。
最奥の部屋にたどり着くと、そこには一冊の本が浮かび、強い光を放っていた。
「最終の試練。この書を手に取る覚悟を示せ」
私はおそるおそる手を伸ばし、本を掴んだ。その瞬間、強烈な光が部屋全体を包み込んだ。
「何これ……眩しい!」
光が収まると、本は静かに閉じ、中から一片の紙が舞い落ちた。そこには、かつてこの書庫を作り上げた魔法使いの言葉が記されていた。
「この書庫は知識を求める者のためにある。だが、知識は力であり、力は責任を伴う。この書を持つ者は、知識を守り、正しく使うことを誓え」
私はその言葉をじっと見つめ、胸の奥に何か温かいものを感じた。
試練を終えると、私はふと書庫の外に立っていた。建物は静かに扉を閉じ、再び沈黙を取り戻していた。
「なんだったんだろう、あれ……」
村に戻ると、領主様が待ち構えていた。
「無事だったか? 何が分かった?」
「中にはたくさんの本があって……知識が眠っているみたいです。でも、簡単に触れられるものじゃない」
私は試練の内容を話し、書庫に手を出さないように注意するよう伝えた。
「なるほど、さすが聖女様だな!」
「だから違います!」
村人たちは私をまた聖女扱いしたが、私はそっと自分の胸に秘めた「知識を守る責任」を感じていた。
黒い書庫は再び静けさを取り戻し、村には平穏が戻った。私は日常に戻りつつ、ふと胸の奥に眠る知識の欠片を思い出す。
「力は責任を伴う、か……次に何が待っているのかな」
私は次の出来事に備えるように、また魔法の練習を始めるのだった。