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S君のライバル

 彫刻家志望のS君は、夢追いと実益とを兼ねた理想的なアルバイトに就いている。彼の職場は手作り石鹸屋さん。それで美大の友人達は彼のことをソープ君と呼んでいた。

アルバイトながら、彼には、「これはS君にしか出来ない仕事だ」と社長さんも太鼓判を押してくれる、特別な仕事が任されていた。

それは、特注の巨大な美青年像を巨大な石鹸から掘り出す任務である。荒削りな人体模型のような、なんとなくここから男子の体になっていくのかな、と言うところまでなら、石鹸屋の他の社員達にも彫れるのだが、彼らには彼らでまた受け持ちの自分達の仕事もあり、後は美大在学中彫刻家志望の適任者が受け持つのである。

発注元がどこなのか、興味はあるがまだ誰もS君に教えてくれない。それにしても給料は悪くないし、自分の夢実現への練習にもなるしで、やめられない。

この仕事は就職先が決まった美大の先輩が譲ってくれた仕事だった。先輩もまたその先輩から引き継いだらしい。代々、優秀な彫刻家志望の美大学生に受け継がれている適材適所なアルバイトのようだ。

 S君は給料を貰いながら、これまで数々の美青年像の秀作を練習させて貰った。座った姿勢の青年像、直立姿勢、敵に立ち向かう姿、剣を振る戦いの雄姿、勝利のポーズに、馬に跨がり手を振る凱旋の英姿。時には、注文はされてないが突き返されたこともこれまでにない、美女像も彫り、石鹸の美青年像にストーリー性と更なるポージングのバリエーションを加えた。

美女石鹸像の向かいに片膝立ちで手に花を持たせ、求愛のポーズ。去って行く美女石鹸像を追いかけようとする仕草。ダメモトでへらへらナンパしてる姿に、愛し合う二人が真面目に語り合う様子。これはどこまで大丈夫だろうかとヒヤヒヤしながらもギリギリを攻めたところまで彫り上げた、渾身の、シーツで半分隠されたベッドシーンに、戦場へ赴く前夜に胸に泣き崩れられたのを抱き締める感涙の超大作。

どれも、発注元から「下手だ」と突き返されたことはなく、配達係に聞くと評判は上々らしい。

石鹸像のポージングやついでの相方像はともかく、とにかく注文の石鹸青年が美貌に彫ってあれば良いみたいだった。

これは更にS君の都合に叶う。色々と練習させて貰って苦情も全く無く、しかも給料が払って貰えるのだから。このアルバイトを始めるまでの爪に火を点した苦学の日々にはもう戻れない。ウハウハだ。

石鹸青年が一体彫り上げられ磨き上げられ完成すると、梱包されるまでに、S君は自分の携帯電話のカメラで写真を撮り、一つ一つ、自作を記録に残していたが、自分がメキメキ腕を上げていることが自分でもよくよく分かった。これまでは彫る対象の材料費を稼ぐためマクドやら吉牛やらでアルバイトしていたが、その時間だって全部、作業時間に充てられるのだ。

しかも、石鹸青年は常に注文待ち状態だった。つまり、S君は彫像の仕事待ちの間に他の製造工程に回される事もなく、彫っても彫っても、まだまだいくらでも彫って良いのである。

一体誰がこんな石鹸でできた等身大の青年を毎日毎日欲しがるのか?

きっと宮殿並みの浴室を備える邸宅の有閑夫人か、倉庫を持つ並の石鹸コレクターか、暇に余して日がな一日体を洗ってばかり居る誰かだ。何かそんなよく分からないが金を持て余した変な人が注文してくるのだろう。金持ちの趣味には理解が及ばない。

そんなことはしかし、どうでも良かった。自分は誰から見てもどこから見ても恵まれている、この幸せな状況を喜ばなければ、とS君は分かってはいた。

しかし分かってはいるのだが、どうしてもこの欠点の一つもないように見えるアルバイトにも、気にかかる点が一つだけあった。それは、

「小さくなりすぎるとアレなんで、くっつけて再利用してください」とメモを添え、返却されてくる石鹸のその形。それが、驚くほどに丹念な、何とも愛らしい赤ん坊の形をしている石鹸彫刻なのである。腕にスッポリと抱き心地の良い、今にもあくびしそうな生き生きとした・・・思わず知らずニコニコ顔が綻び、良い匂いのするその柔らかそうな頬に頬擦りしたくなるような・・・


 S君にはこれが悔しく、またわけの分からない話だった。金持ちで暇でこんなに彫刻の腕前が有るんだったら自分で四角い巨大石鹸を発注し自分で青年像から削り出せば良いものを!注文元に天才彫り師が居るんじゃないか!これは僕に対する挑発なのか?一体どう言うつもりなのだろう?とにかく、奴が誰だかは知らないが、彫り師としてプロの道を目指しやっていくなら、こいつこそ俺の永遠のライバルだ!!

深まる謎を抱えたまま、修行熱心でライバルにも打ち勝ちたい彼は、今日も学校終わりにアルバイト先の石鹸工房へ真っ直ぐに自転車を漕ぐ。


 一方、その頃、同じ街のとある施設内に完備された女性専用巨大浴場では、今日も女子従業員達が新しく届いた石鹸青年の梱包が解かれるのを楽しみに、濡れた全裸を惜しげもなく黄昏の光に晒し、荷解きを見に湯船やシャワーから出て芝生の水風呂の泉のほとりへと集まって来ていた。

「わぁあああ♡」

「かっこいいぃぃ♡」

段ボールとプチプチの丁寧な梱包から慎重に取り出された石鹸青年は、今回は昼寝でもしている一場面なのか、眩しい光に片手をひさしにしてのんびりと横たわる寝姿だった。

「これはどこに置いたら良いですか?」

いつも石鹸の彫像を運び込む搬入係のアルバイト青年が、俯いたりチラッと上目に目を上げて盗み見たりを忙しなく繰り返しながら、そこら中にいる裸婦達の誰にともなく問いかけた。

「う~ん・・・」7,8人ほど集まってきていた裸婦達は一斉にキョロキョロ、湯気で端から端まで見通せない広い浴場を見回した。

「あの林檎の木陰なんてどう?」

「お昼寝にちょうど良さそう」

「ピッタリ」

「あそこは私の特等席なのに・・・」

「良いじゃない、添い寝してあげれば」

「順番!添い寝はジャンケンで順番決めだよ!」

かくしてS君制作の今回の“まどろむ石鹸青年”像は林檎の木の下に配置されることとなった。


 この贅沢な女性専用浴場を有する広大な施設は、巷で有名な風俗ビルだった。建築の景観が荘厳美麗なお城の形をしているため、“お城”とか“城”と呼ばれている。ここで働く女性従業員は誰でも無料で浴場を利用することが出来る。

(彼女たちも当然承知のことだが、逆に、“覗き見料”としてお客が湯水の如くお金を支払ってくれているからこんなに贅沢な設備が24時間いつでも無料で利用できるのである。)

さて、彼女たちは今宵も仕事で汚れた身を清めるため、あるいはまた、これからのお仕事に備えるために、シャワーで汗を流し、ムスクの香りのシャンプーで髪を洗う。

一人の先輩泡姫が後輩嬢の手を優しく引っ張ってきて、本日届いたばかりの石鹸美男子に歩み寄る。この石鹸像君をお客に見立て、新人後輩へ、お客への洗体を手ほどきしてあげようというのだ。この大浴場では日常茶飯に見られる光景である。

「こうやってね、まずお湯をかけてあげて・・・手とか足の指先の方からね・・・あ、まず湯加減を聞いてからね。」

「はい」

「それで、こんな風に洗ってあげるんだよ、丁寧、優しく、大胆に・・・ほら、こうして自分の体も最大限に使って・・・」

先輩泡姫は自分の肩にも湯をかけ、液体ソープの容器を胸の高さまで持ち上げると、トロリと豊満な乳房の間にワンプッシュ垂らし、綺麗なネイルを塗った長い爪の両手で液体石鹸を自分の上半身に塗り広げた。もうワンプッシュで、下半身、脚の間にも・・・そして、プルンと魅惑的なお尻を震わせ、片脚を上げて、水が流れるように滑らかな身のこなしで、石鹸で出来た美青年の体の上に滑り乗った。濡れた柔肌を押し付け、滑りすぎないよう芝生に爪先を食い込ませた片足を軸にして、調整を利かせゆっくりゆっくり揺れながら、腕の内側、腿の内側、左右の胸の内側の谷間、自分の体の前側全部を使って包み込むように相手の体を撫でさする。

「どう?やってみて。見てるよりやった方が体で覚えるから」

「・・・こうかな、先輩・・・合ってます?」

「うん、まぁまぁかな。初々しくて良いんじゃない・・・気を付けてね、降りるときも・・・」

先輩泡姫は後輩嬢の手を引いて歩み去る。何やら、悩み事を聞いてやりながら・・・

「・・・先輩、まだ私、服を脱ぐのが恥ずかしいんです・・・」

「そう言われてもね・・・慣れよ・・・慣れるしかないんじゃ無い・・・?」

「最初のうちだけ、慣れるまで、服を着たままで洗体しても良いですか・・・?」

「・・・なるほど、それも一興かもね。ある意味テクニックじゃない?・・・ちょっと、今度あたしがそれ使わせて貰っちゃうわ・・・」

そんな話をし合いクスクス笑い合いながら、姉妹のように仲良しな二人は、手に手を取り合ったまま、湯煙の向こうへ・・・


 すると順番が空いたのを見てまた次の仲良し三人組の女の子達が美青年石鹸に歩み寄ってきた。

「・・・ちょっと、やめてよぅ、あんた、胸筋ばっかりそんなに擦ったら彼、筋肉のバランスがおかしくなっちゃうじゃ無い・・・今がちょうど最高に良いコンディションなのに・・・この人・・・」

「出た、筋肉愛好家」

「なによぅ、あたしは胸板が厚すぎる人は苦手なの。もうちょっとひ弱な方が可愛くってあたしが守ってあげたくなっちゃうの!」

「抱かれたとき跳ね返されないしね」

「やめてやめて!せめて左右対称にしてあげて!」

「じゃ、左胸はあんたが擦って減らしてあげなよ」

「あたしにそんな・・・!筋肉を減らすなんて、酷な事させないでッ!!」

「あーあ、面倒臭い女・・・これだからマッチョにばっかモテるんだわ・・・」

「石鹸は使うためにあるからさ・・・」

・・・


 そんなこんなで、筋骨隆々、高身長美貌の石鹸青年は女の子達に使ってもらい、熱い湯に溶け、だんだん刻々とその姿を変えていくのだが、その過程においても、ドロドロのお化けみたいな姿をこの絢爛豪華な浴場で晒すわけにはいかない。(何と言っても覗き見料としてお金だって取っているのだし。)だから、従業員の女の子達はみんな上手に石鹸の形を手や体全体を使って整えながら使う。

初めは逞しい大人の青年の姿態で届いた石鹸君は、使用に伴い時を遡り、ヒョロヒョロの美少年に、やがてもっとちっちゃい可愛らしい幼児に、そして最終的には天使のような赤ちゃんへと体が小さくなっていく。

石鹸青年に愛情を抱く、"お城”で働く従業員達はたいがい皆、腕に抱ける生まれたての赤ちゃんソープにまで石鹸を整えながら慈しみながら使う天性の器用さを持っている。ナデナデの力加減は母性由来の女性特有な才能なのかも知れない。相手は石鹸で出来ているので、削ったり彫ったりして制作しているのではないのだ。生み出そうという気さえ元々はなかったのかも知れないが、それでも、優しく丁寧に形を整えながら扱ううち、自然に生まれ出した形が赤ちゃんだったのだ。

S君がライバルの正体を知ったらさぞや意外な顔をする事だろう。(搬入係のアルバイト君は自分の方が大当たりの配属で彫刻係になど絶対交代したくはないから、きっと死んでも秘密は漏らさないだろう)

 ふっくらとしたホッペの食べちゃいたいくらい可愛らしい赤ちゃんの形に整えられた石鹸の塊は、こうして生み出され、S君の元へ戻って来る。

きっとここまで愛情を込めて使ったことが分かって貰えるはずと思って、洒落っ気も込め、女子従業員達はこれ以上小さくなりすぎて排水溝を詰まらせないうちにソープベイビーを業者に預け、送り返していたのだ。





おしまい!

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