彼女が家に遊びに来た!♡♡ からの~~・・・??
「あ、ここに座ってて。きみが来てくれるって言うんでこの椅子買ったんだ。可愛いでしょ?好きだよね?ピンク色」
「うん」
「今、飲み物取ってくるね」
「ありがとう」
安藤君はソワソワ、廊下にあるキッチンへ。彼女に見えない冷蔵庫の陰で、気を緩めるとすぐに鼻の下がダラーンと伸び、ニヤケ顔が顔中を埋め尽くす。無理もない。今日こそは安藤君念願のお家デートの日なのである。何かと多忙な女子大生ハナちゃんと付き合いだしてかれこれ一か月。記念日のケーキも用意してある。もちろん、忘れてはならない避妊具も。それはどの部屋でどんなシチュエーションでおっ始まっても慌てないように、寝室・冷蔵庫の中・浴室・玄関・ベランダと、ワンDKの狭い間取りにも関わらずどこからでもサッと取り出せるよう、どこにいても手が届くように、各所に一箱ずつ準備されている。バッチリ用意周到!
「カルピスで良いかな?オレンジジュース?」二つともコップに注ぎいそいそと彼女の隣へ・・・
「私はどっちでも…」
その時、玄関のチャイムがピンポンピンポンと無遠慮に鳴る。
「誰だろう…?」今まで誰もこの部屋を訪ねて来た事などないのに…
唇の前に人差し指を一本立てて、『居留守しよう』と彼女に合図。頷き、応じる彼女。しかし・・・
ピンポン・ピンポン。それだけではない。ドンッとドアを蹴ったか殴ったかのような音。
「おおい!!居るのは分かってるんだぞ!!出て来い!!」興奮した男の怒鳴り声。
酔ってるんだろうか、きっと部屋を間違えているに違いない。
「ちょっと、待っててね・・・」
竦んで怖がる彼女を椅子に座り直させ、安藤君は一人で玄関に向かう。
「おおい!!ドアを開けろ!!」ドンッ!!
「ちょっと、部屋を間違えてるんじゃないですか?!」鍵を開けずに呼びかける安藤君。覗き穴から見てみると、相手も自分と同じ背恰好の若い男だ。
「ミナミ!!居るんだろ!!おい!!」ドンッ!!「ここに入って行くのを俺はちゃんとこの目で見たぞ!!」
ミナミちゃんを振り返る安藤君。「誰?知ってる人?」
ミナミちゃんはみるみる涙目になっていく。「多分、元彼の別所君…」小さな弱弱しい声。「もう別れたって言ってるのに、なかなか信じて貰えないの・・・」
「よし分かった。そんな事なら僕が言ってあげるよ。今はキミが僕と付き合ってるって事」
「あ、だめ、ドアを開けちゃあ…」
しかし時すでに遅し。安藤君はドアを開け、元彼の別所君を中に招じ入れてしまった。
「お前!!」玄関に入って来るなり、安藤君の胸ぐらを掴み別所君が唾を飛ばして叫ぶ。「人の彼女に何してる?!」
「今は僕の彼女だ!そうだよね、ミナミちゃん?」
ところがミナミちゃんは俯くばかり。
「ミナミ!!どういう事だよ?!こいつは誰だ?!」と別所君。
「僕達は一か月前から付き合ってるんです」と安藤君。
「おい!!お前!!二股掛けてるのか?!」
どうやらそのようである。ミナミちゃんは俯いている。
「よし」冷静を保とうとする安藤君。「話し合って決めよう」
「何を!?」怒鳴りはしても言葉の中身は冷静な別所君。「ミナミ!!選べ!!これは話し合って決める問題じゃない!!」
ゆらゆら、ゆらゆら、華奢な肩を震わせ、ミナミちゃんは俯き続け。
「おら、行こう。一緒に…」ドアの外へ顎をしゃくり、片手を差し出す別所君。(もう片方の手は安藤君のシャツの胸ぐらをグシャッと握りしめたまま)
「ミナミちゃん、こっちへおいで。」負けじと片手を差し出す安藤君。(もう片手で別所君の手首を握り締め)
「選べ!!」
「選んで…ミナミちゃん…」
「どっちかだ!!」
「今、決めて…」
と、ミナミちゃん、突然走り出す!!別所君の胸に飛び込むかと思いきや、彼の横をすり抜け、ドアの外へ!!
「ミナミッ・・・!!」「ミナミちゃんッ・・・!!」
「二人とも好きッッ!!決められないッッ!!」
闇の中に悲鳴のような叫びを残し、パタパタと駆けて行く足音。
縺れ合い、躓き、突き飛ばし合ってから、共にやっと手を離し急ぎ後を追う安藤君と別所君。しかし廊下の先のエレベーターに辿り着くと、ちょうどドアが閉まったところだ。
ジリジリしながら、一機しかないエレベーターの箱が一階まで降り切り、また上がってくるのを言葉も交わさず待つ二人。
彼らがエントランスを飛び出した頃には、もうミナミちゃんの姿は道の左右どこにも見当たらない。
「僕は右を」と安藤君。
「じゃ俺は左を捜す」咄嗟に手を組み手分けしてミナミちゃんを捜す安藤君に別所君。
安藤君が駆けて行った先である右の道の道端に、千葉君はいた。
彼は街で、半年前から付き合ってるミナミちゃんが別の男(安藤君)と手を繋いで仲良さそうに歩いているのを目撃し、さらにその後を追って歩くもう一人の男(別所君)を見て、何事かと思い秘かに三人の後を尾けて来たのだ。安藤君とミナミちゃんがアパートへと入って行き、その後を別所君が追いかけて行ったので、(自分はどうしよう、ここで成り行きを見守っていようかな)と、ブラブラ道端で煙草をふかしていた。
しばらくするとミナミちゃんがアパートから飛び出して来た。パタパタ走ってあっという間にこちらへ向かって来たので、心の準備が間に合わず、咄嗟に自販機の陰に隠れた千葉君。彼女は自分に気付かずに目の前を駆け抜けて行った。さてそろそろタバコの火を揉み消して彼女の後でも追いかけてみようかと、自販機と自販機の間から出てきたところへ、安藤君がこっちへ走り寄って来た。
「黄色いワンピースを着た女の子を見ませんでしたか!?」
「あっちへ行きました」
「ありがとう!」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・なんでついてくるんです?!」走って息を切らせながら、千葉君に問う安藤君。
「あれは僕の彼女だから・・・」
「は・・・?」・・・もうしばらく走ってから、やがて速度を落とし、立ち止まる安藤君。「・・・え?・・・じゃあ、人違い・・・?黄色いワンピースの別人・・・?」
「靴を履いてない子」
「・・・そう。名前は・・・」
「ミナミ・・・」
「・・・」人違いではないと分かり、ではこちらに向いて走っていてやはり間違いはなかったのかと、とりあえず混乱しながらもまた走り出す安藤君。一緒に走り出す千葉君。
「・・・でも・・・」
「・・・僕も同じ気持ちです・・・」と走りながら千葉君。「とにかくあの子を見付けましょう・・・話はそれから・・・」
その頃・・・
左の道を走る別所君。人影を見付け、駆け寄って呼び止める。
「ちょっとすみません!」
「はぁ、何でしょう・・・?」振り返った若い男は、こちらを見て息をのむ。相手の挙動不審に構わず問いかける別所君。
「あの、こっちに黄色いワンピースの子が走って来ませんでしたか?」
「来てません」
「そうですか!ありがとう!じゃ、あっちだ・・・!」
素早く踵を返して来た道を駆け戻る別所君。それに続く土井君。
「な・・・何ですか…?ついて来ないで下さい・・・!」後ろを振り返り気持ち悪がる別所君。
「いや、僕も黄色いワンピースの子やあなた方を捜していて・・・」
「・・・は?・・・」
「それが・・・」実は土井君、一年近く前から付き合ってる彼女を街で見かけ、声をかけようとしたのだったが、まるで待ち合わせに現れたような雰囲気で登場した男(安藤君)と自分の彼女が仲良さそうに手を繋いで歩き出すのを目撃し、声をかけずに後を追いかけ始めたのだ。そうしたら、自分の他にも二人を追いかけてガンを飛ばしながら歩いてる男(別所君)がいるのに気付き、車間距離ならぬ追尾距離を少し広げた。すると、なんと、どうもさらにもう一人、自分と同じように三人の後を首を捻りながら追いかけている男(千葉君)が居ることに気付いた。ゾロゾロと、何とも奇妙な行列である…
そこで更にもっと追尾距離を開け、もう他に居ないだろうな、と自分の後ろを振り返り振り返り、周りをキョロキョロ見回しながら、前を行く四人にも気付かれないように…と、追跡を続けていた土井君。そうこうしてる間に、人混みや曲がり角やら信号やらで先を行く集団から間を開けられ離れすぎて、先頭集団を見失ってしまっていたのだ。仕方がないから、尾行行列からはぐれてしまったあたりで立ち止まり、野良猫と戯れてなんとなくその場にまだ留まっていたのである。
「・・・まぁ、話せば長くなる…彼女を見付けてからにしましょう・・・正直、こっちだって説明が聞きたい側の立場なんだ…」走りながら別所君に答える土井君。
一方…
その頃、安藤君・千葉君チームは交差点の前で立ち往生していた。
「さて・・・」
「どっちへ行ったんだろ・・・」
「僕は右、きみは左を・・・」
「いや、待って。ばらける必要はない。彼女、確かこのあたりに住んでいた・・・迎えに来てと言われてどうもいつかこのあたりに来たことがあった・・・」
千葉君が記憶を頼りに道を進む。「この赤い屋根の犬小屋には見覚えがある・・・多分こっちだったと思う…」
本当かよ、と複雑な心境で、それでも千葉君について行く安藤君。
「あっ、ここだ・・・!あった・・・この家・・・!!」表札は江口。
「ミナミちゃんの苗字じゃないけど・・・」
「うん、でも間違いない。彼女、この部屋から出て来た。僕とのデートの朝に。先月の事だ・・・」
「どうする?インターホン鳴らしてみる?」
「うん」千葉君がインターホンのボタンを押す。ピンポン・ピンポン♪
「・・・はーい?」男の声。続いて若い男が玄関を開け顔を出す。安藤君、千葉君と年も背格好も同じくらいの男。この家に住んでいると言う事は表札通りなら彼の名前は江口君。「どちら様?」
「ミナミちゃんの彼氏です」ハモってしまう安藤君に千葉君。
眉を顰め、スッと二人を見る目が細く険しくなる江口君。
「あなたは?ミナミちゃんの・・・お兄さん?」と千葉君。
「ご両親が離婚されて苗字が違うとか・・・?」どうにか清楚なミナミちゃんのイメージを保つ言い訳を捻りだす安藤君。
「ミナミとは僕、付き合ってますが・・・?」不信感露わな江口君。
「ええぇぇぇー・・・」
「何です?あなた達、こんな夜も遅くに…」
「もう自己紹介は後回しだッ!!」発狂したように雄叫びを上げる安藤君。「ミナミちゃんが行方不明なんです!!」
「え・・・?本当に…?」江口君、不審そうながらも靴に足を入れ玄関から出て来る。
「一緒に探してください!彼女、靴も履かずに飛び出して行ったまま・・・」
「・・・一体どういうわけで・・・」
「わけも何もかも、後で良いッッ!!」とりあえず闇雲に走り出す三人。
一方…
左から右に駆け戻って来て走り続ける別所君・土井君チーム。
「こっちにミナミちゃんの家がある!きっと泣きながら走って家に帰ったんだ!!」土井君が先導し、赤い屋根の犬小屋のある家の前、江口君宅前も駆け抜け、「・・・ここだ!!・・・このあたり・・・」
「この家がミナミちゃんの…?表札の苗字が違うぞ・・・?」
「多分、ここだったような・・・昼に見るのと様子が違って・・・でも多分…・・・違うかなぁ…」
表札を福池と掲げた一軒。人感センサーの明かりが、二人の見ている目の前でフッ…と消えた。まるで、ついさっきまでそこに人が居て、今は家の中へ入って行った事を示すように・・・
「ミナミちゃんだ・・・」
思わず考える前に体が動き、呼び鈴を鳴らす土井君。ピンポン・ピンポン♪
ガチャ。
無言で出てきた福池君。まだこちらが何も言わないうちから、怒りに顔が歪み眉間に青筋が立っている。「お前らか…」
「?」「?」顔を見合わせる別所君に土井君。
二人を睨みつけ、福池君が唸る。
「たった今、可憐な女性がストーカーに追われてると言って涙を浮かべ震えながら飛び込んできた!!卑劣なストーカーどもめ!!お前らの事だな!!あんな小柄な女の子相手に、男ども二人がかりで・・・!!俺が相手になってやる!!さぁかかって来い!!ほらどうした?!男を相手には戦えないってか?!」
「ちょっと、ちょっと待ってください…!!」頭がこんがらがって来た別所君。
「あなたはいつからミナミちゃんの彼氏なんです?!」
「たった今さっきだ!!匿ってくれたら彼女になるとあの子が約束してくれた!!」
「いやいや、えっとね、違うんです…本当の事情はこうなんです…」その頃…
江口君:「ミナミの家は近所のはず・・・」
安藤君、千葉君、二人同時に「本当にぃぃ…?」
江口君。「本当!!あの子、僕には確かにそう言った…!!」
安藤君、小さな声で呟く。「…もう彼女の事が信じられなくなってきたよぅ…」
千葉君が安藤君を励ます「駄目だ、今ここで諦めたら…!!」
安藤君。「そうかな・・・」
千葉君。「そうだよ、もう、こうなったら腹を括って、彼女の真の居所を突き止めよう…!!これは一体どういうことなのか、説明してもらわないと気が済まない・・・!!」
もうそろそろヘトヘトの二人に比べてまだ走り出したばかりの活きが良い江口君。その後を追い安藤君、千葉君、二人揃って再び駆け出す。
江口君:「確かこのあたりだったと…」
千葉君:「ん?・・・あれを見ろ!あの家の玄関先に人だかりが・・・ちょっと彼女を見かけてないか行って聞いてみよう…!!」
安藤君「・・・あっ!!別所君だ!!」
安藤・千葉・江口チーム、ここで別所・土井チームに合流。
別所君「あっ!!安藤君!!」何故かすっかり互いに相手の顔を見てホッと親近感が込み上げ抱きつかんばかり、肩を叩き合う最初の二人。
江口君「彼女は?見つかったんですか?!」
土井君「この人の家の中に…」福池君を指さす。
福池君「なんだなんだ…お前ら…まだ増えるのか…!?」
「彼女を捕まえよう!とにかく今ここに居るんですよね?!」別所君を先頭に福池君の家の中へどやどや飛び込んでいく安藤・千葉・土井・江口・そして福池君!!!!
「ミナミちゃん・・・!!」
部屋には誰も居ない…
「窓が…」と福池君。窓は開け放たれ、部屋の中を、自由を求め激しく羽ばたく翼のようにバタバタと力強くはためく白いカーテン。風が急に出てきた。ザッと一雨来そうだ。
ガックリ落とした肩を寄せ合い、窓の外を覗き込む頭文字A・B・C・D・E・F君達。
「捜しに行かないんですか・・・?!」まだこれから走れるF君がみんなを振り返り、ジリジリ催促するも…
「行っておいで…」「僕ら散々走り回ってもう疲れた。ここで休憩させてもらっとくよ…」元彼先輩・安藤君がヘタリと床に座り込み、別所君が勝手に冷蔵庫を開け缶ビールを出してくる。「ちぇ、一本しかないのか…」もはや仲間意識の結束に結ばれた安藤君の隣へ座り込み、分け合ってビールを飲み始める。
「行かなくていいんですか?!」と福池君。「僕たちの…あんなに可憐な女の子が今、夜道を一人…」
「止めないよ。」「そう思うなら行っておいで」A君B君。
「うん・・・」と先の二人に賛同し座り込み後方支援側に回るC君。
「僕も一緒に行く」「俺もまだ走れる」「捜そう」ザッと振り出した雨を突いて、傘も差さずに窓から出て行くD・E・F君。
A・B・C君達から成る元彼同好会は頼もしい後輩達の背中を見送り、「果たしてあの子がいまだこんな雨の中、外をうろついてるだろうか…」「きっと今頃はぬくぬくと新たな男の部屋で…」と酒の肴に結果予想。
こうして夜を徹した彼女捜しの元彼リレーは続いて行くのであった!
おしまい!