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佐藤美久の場合の苦悩

 28歳IT技術者・佐藤美久は企業の知識継承ツールを開発していた。

戦争体験者の高齢化、かたりべ等もこのまま手をこまねいていては日本に居なくなってしまう・・・

会社では語部の録音テープを残すだけでなく、記憶や付随する感情等当時のリアルを出来る限りそのまま保存する作業が進められていた。

 美久が三歳の時までは元気に存命だった祖父も、戦時中まだ小学生で出兵などはしていなかったが青空に白い線を引いて飛ぶB29を当たり前に見て暮らし、まわりの大人達の状況、食糧事情の苦しみなどは直接肌に触れ、戦時をくぐり抜けてきた一人だった。

・・・もっとも、電子アルバムには一緒に遊んで貰っている自分と祖父の姿が残されてはいるものの(将棋を指す祖父の膝に乗り自分はポチャポチャした手を駒に伸ばしている)実際その記憶は、美久自身にはかなり薄い。

 祖母も最近では痴呆が始まってしまっている。美久と話している最中にさえも、こちらが誰だかあやふやになってきて美久の母サエコの名で呼んできたり、サエコさえまだ生んでいない設定の女学生だった頃に戻ったようなつもりになって、当時のお友達だったらしいハッちゃんとか、従姉妹のキヨちゃんとか佐竹さんとか、美久の母でさえよく知らない人の名で呼んでくる。

今では介護老人施設に入居しているお祖母ちゃん。美久は母と兄と当番を決め、週に2、3日は面会に行くことにしている。

「お祖母ちゃん、私だよ・・・!お祖母ちゃんの孫の美久だよ、私・・・!思い出して?」

するとお祖母ちゃんは混乱してしまい首を捻ったり変な顔をしてブツブツ独り言を言う。お祖母ちゃんが困っている顔を見ていると美久は胸の中がジトーッと冷たくなり悲しくなって来てしまうので、この頃では、そういったとき、お祖母ちゃんが自分を誰かと間違えて機嫌良くお喋りしているときは、自分もその人になりきったつもりになって話し相手をするのである。

祖母「もうそろそろ今年もハッちゃんのとこのブルーベリー摘みやる季節じゃない?」

ハッちゃんとやらになりきった孫娘美久「そうだっけ?」

「毎年楽しみにしてるからね、今年も誘ってね?味見で食べちゃったベリーの分は、うちのお茄子と交換ね」

「お祖母ちゃんお茄子苦手だもんね」

「ニキビが出来ちゃうから」

「そんなの迷信だよぉ」

「鼻の頭にニキビができたら、また佐竹さんに会えなくなっちゃうもん」

「誰~??佐竹さんって」お爺ちゃんの旧姓だろうか?おっとぉ?!面白そうな血統継承恋愛ヒストリーが聞けるかもだぞ!!これは!!

(お祖母ちゃんの生家ではお祖母ちゃんが唯一の一人娘だったので兄弟が大勢居た家の末っ子だったお爺ちゃんの方が婿に来たそうだ、と言う話はいつか聞いたことがあった。気がする)

祖母「なんでよぉ、佐竹さんよ!うちらの音楽の先生じゃない!」

(おっとぉ!!そうだったそうだった、お爺ちゃんとはまだお見合いする以前の時代背景設定なんだった、忘れちゃいけないところだった・・・)

「そうだね、そうだね、授業の日はサヤちゃん(祖母の愛称)一番良い服着てくるもんね?髪型も凝ってるし」

「あら。分かる?」

「今度編み込み教えてね」

「今やってあげる。意外と簡単よ。手鏡と櫛と髪留め持っておいで」

「・・・」

「・・・」

「ほら出来た。はい、行っておいで!」

「え、どこに・・・?」

「学校よ!遅刻しないように!鞄は持った?」

「・・・えっと・・・」

「部活の鞄!弓道の」

「ああぁ!!」ママが学生時代、弓道部員だったらしい。

祖母に後ろを向いて頭を差し出し髪を編んで貰っている間に、次第に祖母の頭の中ではタイムスリップが起こっていたらしく、いつも登校前に娘に髪を編んでやっていた主婦時代にワープしていたのだ。

「あのね、今日は部活休みなの」今度は母サエコになりきって話を合わせる美久。

「そう?学校は?」

「学校も休み。今日は面会時間ずーっと一緒に居られるよ!」

「ふうん?珍しいこと!部活がない日には原田君とデートでしょ?」

(ナニぃ?!原田君とは誰ぞや?!)今度はママの初恋話が聞き出せるかも知れないぞ!!これは面白くなってきた!!しかし・・・

「ふぅ・・・ちょっと横になっても良い?お母さん眠たくなってきちゃった・・・ちょっとだけ・・・」

「あっ、良いよ良いよ、寝て寝て。無理しないで・・・」

美久はお祖母ちゃんのリクライニングベッドのリモコンを"仰臥位”にポチと設定してあげ、頭の後ろにふんわり枕を挟んであげる。

「ありがとう。ちょっとだけ、・・・お休みぃ・・・」

お祖母ちゃんはニコニコして目を閉じるまで優しい眼差しでジイーッと孫娘美久を見詰めていた。

(あ、きっと今は私のことが誰だかちゃんと分かってるな・・・)と美久にはその眼差しで感じ取れた。お祖母ちゃんが孫娘に注ぐ視線は他の人と喋ってるつもりの時と慈愛深さが違うのだ。

 すや、・・・と寝息を立て始めたお祖母ちゃんを見ていて、美久はまたヒンヤリと寂しみが胸に満ちてくるのを感じた。こうしてお祖母ちゃんと話せるのは後どれくらいなんだろう・・・


 翌日、美久の会社に有名祈祷師が派遣されてきた。対応は美久の担当である。

「予約の降霊術は第三会議室で12時からの予定ですが・・・」

「では早く着きすぎてしまったということですね・・・」両手首に何重にも重ね付けした数珠をジャラジャラ鳴らし、祈祷師が襞の沢山ある衣装のどこかからスマホを取り出し画面を見た。「一時間も・・・」もったりとした嗄れ声。

「今、会議室にクーラーを入れます。冷たいお飲み物も用意しますのでお待ちください」

美久はこの胡散臭いいかにも降霊術士らしい降霊術士が会社の最寄りのカフェかどこかで大袈裟な数珠をジャラジャラいわせながらお茶をして一時間待つ胡散臭さを考えると、自分が一時間相手をした方が社のためにも良かろうと、早めに会議室に霊媒師を招き入れた。

冷たい麦茶を出し、世間話でもと自分も向かいの席に座ったものの、相手の黒花嫁のような顔の前の覆いのせいで霊媒師の性別も年齢もよく分からない。会社の一体誰がこの人を雇ったのだろう?

既に死んでしまっている語部の魂をこの人に降臨して貰って最新AIに乗り移らせ、うちの社の者がそれを焼き増しして定着させるという新たなる試み。一体誰が提案し誰が採用した案なんだか。美久は微塵も霊とか霊媒とか信じていないが、会社の偉いさんが真面目に信じてるらしいものは黙って信じたようなフリをして神妙に何はともあれやってみるしかないではないか。

「外はまだ雨降ってませんでしたか?天気予報では曇り後雨と言ってましたが」とりあえず無難な天気の話題を振ってみる。霊媒師は窓から晴れた空を見た。

「まだ降ってないようですよ」

「あ、・・・確かに・・・そのようですね・・・」苦笑い。

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「あなたは霊媒師を信じていませんね」

「えっ・・・いえ、そんなことは・・・」

「しかし、あなたのお祖父様がさっきからあなたにどうしても伝えたいことが有るそうなのです。一生懸命私に通訳を頼んでおいでなのですが、一応だけでも、聞いてみる気は?」

「はぁ、・・・聞いてみたいですね・・・」ここでも話を合わせる美久。

「では。お祖父様はね、お祖母様にお化粧ポーチを返してあげて欲しいそうです。それは屋根裏の本棚の裏板の底に隠してあります。それは20年前の事、ちょうどお祖母様がお祖父様の大切にしていらした椿の盆栽を邪魔だというのでちょっとどかしたとき、落として枝を折ってしまわれたのですが、それに拗ねてお祖父様がお祖母様のお化粧ポーチを隠し、そしてその日にお祖父様は・・・」

「・・・脳梗塞でした・・・」

「のようですね。とっても、とっても後悔している、とのことです。まさか二十年も隠したまんまにしておくつもりではなかったのです。一晩、ちょっと隠して困らせようという位の魂胆だったそうです。それが、まさかご自身が亡くなるだなどとは思わなかったので・・・」

「・・・そら、そうでしょうね・・・」半信半疑の美久。

「お祖父様はお祖母様のお化粧ポーチの中に自分がプレゼントした結婚指輪が入ってることを知っていたので、成仏しようにも成仏出来ず・・・一旦はもう良いか、と諦めて成仏しかかったものの、いやいやダメダメやっぱり、とまた戻って来たり。三途の川の渡し守とも仲が良くなり、今や顔パス。冥界と現世を行ったり来たり、ウロウロウロウロされて現在に至るようです」

「・・・なるほど・・・」確かに、祖父は祖母にメチャ惚れで心配性で優柔不断な人だったと聞く。

「愛する伴侶が亡くなった悲しみで結婚指輪の紛失にしばらく気付く暇さえなかったお祖母様も、大切にしていた指輪まで無くしたことに気付いてからはそらぁもう、よりもっと嘆き悲しみあっちこっち捜し回られていたそうですよ。その結婚指輪が見付かれば美久さんのお祖母様の痴呆の度合いも少しは改善されるのではないか、と、お祖父様は仰っておられます。」

「・・・分かりました・・・」美久は用心深く頷く。「屋根裏の本棚の裏板の底、ですね?今夜はちょうど実家に帰ることになってるから、お祖母ちゃんのお化粧ポーチ探してみます」

「良かった、とお祖父様が仰ってます。」

「了解です。ありがとうございます」

「いえいえ・・・お祖父様からは、以上です。・・・ふぅぅうううう・・・」

霊媒師は大きく胸を膨らませて一つ深呼吸し、それからべシャアアアアッと机に突っ伏した。まるで高所から叩き付けられたスライムのように。

「だ大丈夫ですか!?ちょっと・・・!」慌てて立ち上がる美久。

「大丈夫大丈夫。」突っ伏したままで霊媒師が頷く。「いつものことです。降霊には体力が奪われる。次の仕事までにちょっとだけ休憩が必要です。ちょうど良く時間が潰れる。このまま居眠りしますので誰か来たら起こしてください」

そう言うやいなやグーグー大鼾を掻いて霊媒師は寝始めた。

美久は頭の中をモヤモヤさせたまま、(お祖母ちゃんの痴呆、うちの実家の屋根裏に古い本棚があること、お爺ちゃんが二十年前に亡くなったこと、趣味が盆栽だったこと・・・辻褄は全部合ってるなぁ・・・でも、まぐれ当たりって事だって有り得るよなぁ・・・とにかく帰ったら即行でポーチを探す!)

等と考えていた。


 その夜、実家に帰ると、美久は晩ご飯の支度も手伝わずなんなら「ただいまー」と挨拶すら省いて、屋根裏にまっしぐら。本棚の裏板の底から上品な若草色のレース飾りのポーチを見付け出した。いかにも祖母が好きそうなポーチだ。もしかしたらお手製かも知れない。

人の私物のポーチを開けるのが躊躇われたので、中に指輪が入ってるかどうかは明日病院に持って行ってお祖母ちゃん本人の手で開けてもらい確かめるしかない。

一人暮らしのアパートに帰ってからも、その夜は美久は目が冴えてしまって、なかなか寝付けなかった。


 翌朝。お祖母ちゃんの手によって20年ぶりにチャックを開かれたポーチの中から、永年輝き続ける愛の証ダイヤモンドの結婚指輪が燦めきを放ちながら出て来た。指輪は感動に震える美久の見ている前で更なる感動にブルブル震えるお祖母ちゃんの左手の薬指にピタリ、と収まった。

「はわわ、ありがたや、美久ちゃん、お爺ちゃま、こんな綺麗な・・・愛・・・」

お祖母ちゃんは感動のあまり心臓発作を起こし、なんと息を引き取ってしまったのである!!


(あいつのせいだ!)美久は泣いて泣いて、その後は腹が立ち始めた。

(お葬式が終わったら、あの霊媒師め、ひっ捕まえて懲らしめてやる!!)美久の記憶が正しければ、お祖母ちゃんの痴呆がきっと良くなると言ったのは奴だった。(嘘つきめ!死んじゃったじゃないの!お祖母ちゃん!痴呆が治らなくったって生きてる方が良かったのに!!)それとも、指輪をはめればお祖母ちゃんの痴呆がきっと治ると言ったのは祖父だったか?

(ええい!にしても霊媒師を通してお爺ちゃんに一言文句言ってやる!!やい、お祖母ちゃん死んじゃったじゃないの!!お爺ちゃんのせいだからね!!一言くらい言ってやらなきゃ気が収まらないわ!!)

 会社で方々聞いて回り、あの霊媒師の名刺を持ってる社員を見付け、番号を突き止め、電話をかける。

「是非お会いしてお話がしたいんですけれども。先日、頼んでもないのに勝手に占って貰った○○社の社員の者です」

「美久さん!!こちらもお伺いしようと思ってたとこだったんですよ!」

「それはそれは。謝りにですか?」と美久。

「とんでもない。苦情を言いにです」

「は?・・・とりあえず会って話しましょう!!」

美久と霊媒師は会社の近くの喫茶店で落ち合った。

「私に苦情って何ですか?まずそっちから聞いてみます」

「夜な夜なお宅のお爺さんお婆さんが私の耳元で訴えるのです、孫娘の美久さんにトラウマを与えてしまったこと、一言謝りたいって」

「へ・・・」

「私だってまさかお祖母様がお亡くなりになられるだなんてそんな予測は付きませんよ。嬉しすぎて発作で心肺停止だなんて・・・。・・・でも、ごめんなさい。私があの時余計な霊媒をしなければ・・・

・・・それにしたって、見てくださいよ、この隈・・・」

「あー、確かに・・・ちょっと可哀想・・・」霊媒師は黒花嫁ベールを横へたぐって、美久よりも深く黒々とした隈が出来た落ちくぼんだ目を見せた。

「全然眠らせてくれないんですよ!お宅のお爺さんお婆さん!目の前で祖母の臨終を目撃させてしまった美久さんのトラウマを取り除かなければ私を呪い殺すおつもりだ・・・」

「まさか!生前は虫も殺せない優しい爺婆でしたよ!」

「可愛いお孫さんの前ではそうでしょうけど。私は赤の他人ですから。どうか一言言ってやってください。『この霊媒師をもう許してやって』って。ここに来ておられますから」

霊媒師は自分の肩の両側の上の空間を左右の手で示した。

「お爺ちゃん、お祖母ちゃん、この人を許してやって!」

「・・・なるほど、・・・ふむ、ふむ・・・なるほど、・・・聞いてみましょうか・・・」

霊媒師は何やら美久の祖父母と話し合ってる様子。

「美久さん、お二人は前々から心配だったそうです。最近一人暮らしを始められたとのことですが」

「そうですけど」

「大丈夫か、と聞いておられます」

「大丈夫だよ」

「本当に?」

「うん、心配いらないよ」

「よし、じゃあ成仏するが良いかね?」

「うん、良いよ。」

「では、以上、終了となります」

美久は見えない祖父母が召されたであろう天の方角、喫茶店の天井を見上げ、ニッコリ手を振った。

「ふううぅぅぅぅ・・・」霊媒師は今度もベトォォォォッッッとテーブルに突っ伏した。

「大丈夫ですか?」

「さすがに疲れました。取り憑かれるのはしんどいです。」

「うちの者がどうも迷惑をお掛けしまして・・・すみません・・・」

あんなにもカンカンに頭に来ていた美久の怒りは祖父母の霊に慰められ霊媒師の疲れようを見せられてスッカリ鎮火し、かわりに目の前の今にも死にそうな相手を可哀想に思う気持ちに変わった。

「いえ、もとはと言えば私が余計なお節介を焼いたせいかも・・・ちょっと寝ます・・・一瞬だけ・・・」

美久はヘトヘトでペッシャンコの霊媒師が目を覚ますまで労いの気持ちも込めて、喫茶店でチビチビコーヒーを飲みながら待ってあげた。


 実はその日は美久の手掛けるプロジェクトの納期前日だった。初めて自分に任された大仕事。明日の朝一番に上司から最終ゴーサインのハンコを貰うには、何としても今夜中に草稿を仕上げねばならない。最悪、明日の朝7時までには。

一瞬だけ寝ると言った霊媒師がようやく目を覚ましたのは退社時間間際の午後六時だった。

「はぁ。寝ちゃった・・・」

「あ、起きましたか。」

「おおぅ、ビックリした。まだ待ってくれてたんですね?僕が起きるのを?」

「まぁ。でももう行きます。では」

「はぁ、さようなら」

「さようなら。お元気で」

(普段はやらないようにしてたけど、今日だけはもう仕事を家に持ち帰って宿題にしよう。本当は企業秘密持ち出し禁止だけど、バレないバレない・・・ニャン子に餌もやらないとだし・・・)

喫茶店を出た美久は急いで会社に戻り、偉人達や語部達の思考をデジタル化する試作プログラムをUSBにコピーして自宅に持ち帰った。


「ニャーオー!(やっと帰って来たか!飼い主!)」

「おーよしよし、可愛いねー!ニャン、良い子にしてた?」

「ニャーオー!(餌は?腹減ってんど!)」

「遊んで欲しいの?そんなに寂しかった?ホレ、猫じゃらし!」

「ニャーオ!ニャー!(しゃあねぇ、ちょっと相手したるか)」

「ホレホレ!ホラホラ!」

「ニャアア!アアアン!(もうこのぐらいでええやろ!はよ!餌くれんかい!)」

「あれもう飽きちゃった?ご飯?んー??ご飯でちゅかー?」

「ニャアア!(そや!最初から言うとるやろ!)」

「そうでちゅか、分かりまちたよーだ。ご飯ご飯。ご飯でちゅね~?」

「ニャ!(おうよ!)」

お祖母ちゃんが亡くなってから寂しくて、最近拾ってきた子猫。もしかしたらお祖母ちゃんの生まれ変わりかも知れないし、近くに親猫も見当たらず車道に出たら轢かれそうな危ない場所を彷徨いていた・・・

 ニャン子に餌をやってから、美久は自宅のパソコンにUSBを差し無意識に繰り返し髪を掻き上げながら作業を開始。時計の針は凄い勢いで回り始める。猫が纏わり付き、個個に癖のある偉人故人の頭脳を扱う繊細な作業は遅々として進まない。

「ニャアアアオ!」ふいに猫が一声強く鳴いた。何か訴えるように。

いつもなら食後は構って貰えるのに今夜は遊んでくれないことに業を煮やしたのかな、と美久は思った。

「なぁに?ちょっと今夜だけはごめん。難しい作業してるから・・・」

「シャアアアア!(ちゃうて!)シャアアアア!(おい、あれ見て!あれあれ!!)」

「しーっ!ここ猫飼っちゃダメなマンションだから。お願い。静かに!」

美久はパソコンの画面から目を離さず、子猫を見もせず口だけで叱った。

「シャアアアア!(やかましわ!アレよ!あれあれ!!こっち見ぃて!!)シャアアアアアア!!(天井のとこ!!ホラ!!アレ!!おい!!おいって!!)」

「キャアアア!!ちょっと!!ニャン子ちゃん!!」

美久はキーボードの上から子猫を抱き上げ、床にそろりと戻した。

「もぉお~!!」

画面は一時真っ暗になってしまっていたが、いくつかテキトーなキーを押せば見たところ復元できそうだった。

「ニャンちゃん!もぉっ!ビックリさせないでよぅ!」

美久が睨むと、子猫は背中の毛を逆立て、ピョンと跳ねてベッドの下へ逃げ込んだ。

「はぁあ!もぉお!ビックリしたぁああ!」

改めて、さっきまで進めていた箇所から作業を再開・・・しようとした、その時。


セットしてない炊飯器がピピーッと炊飯完了時の音を響かせた。充電中の携帯からも、聞いたことが無い音楽が一小節流れ、テレビが一瞬だけ付いて、消えた。部屋の照明もパチパチと瞬き。冷蔵庫が、電子レンジが、掃除機が、さらにはこの季節コンセントを差してない加湿器、ヒーターまでも、家中の家電全部が、誰も触ってないのに一瞬電源オン状態になり、それからすぐさままたオフに戻ったみたいだった。まるで眠りから覚めた人がすぐにサッと寝たフリを開始したかのように。

(怖・・・)美久は家中をジロジロと見回した。

「・・・にゃあん・・・?」ベッドの下から出て来ない猫の異変に今更ながら気付く。

「・・・もぉお・・・!!何よ!!もぉっ!!」

不安を怒りに変換し、八つ当たりのようにパソコンに向き直る。

(自分の部屋でビビってたって仕事は進まない!!私がやらなきゃ誰がやる!!くっそぉぉおおおお!!あたしはバリバリのキャリアウーマンになる女!!ぬおぉぉぉおおおおおお!!)

一心不乱に作業に打ち込もうとする。しかし、しばらく進めるうち・・・

(う・・・え・・・何これ、何これ・・・)

「え、ちょっと・・・え・・・待って・・・」美久は両手をキーボードから引っ込め、椅子ごと後ろへ仰け反った。

自分が進めていくより先にどれをどうすればより効率が良いのかをまるで先導するように押すべきキーが先に押され、合わせるべきカ所にカーソルが先に合っていく。

(怖・・・気持ち悪すぎ・・・何?この部屋そういう物件だったの・・・?)

首を竦め、もう一度部屋中を隅々までジロジロと見渡す・・・

(ぅぅぅぅうううう・・・くっそぉぉぉおおお・・・!!もう引っ越すお金なんて無いぞ!!あの不動産屋め!!それに、お前もだ、幽霊めッッ!!出るなら内見の時に出て来やがれ!!そしたら背筋のブルッとくる部屋に入居したりしなかったんだ!!出てくるのが遅い!!)

「・・・くそっ!・・・誰だッ!!」椅子から立ち上がり、肩を怒らせ、美久は虚勢を張って急に大声を発した。

「お前はもう死んでいるッ!!出て行けッ!!ここの家賃払ってるのはわしだッ!!」

「ニャアアオ!!(そうだそうだ!!)」猫もベッドの下から加勢する。

「何の恨みがあってか知らんが、祟るなら他所へ行って祟れッ!!別の人を!!」

「ニャアアアン!!(おうよ!ご主人の言うとおり!)」

「生きてる人間が一番偉いんだッ!!3秒以内にどっか行って頂戴!!イチ!!二の!!三!!!!」

パンパン!パン!!部屋中隅々まで聞こえるよう手まで打ち鳴らし、自己流即興除霊。なんとなくこれで済んだことにしようとする。全て無かったことになぁれ!

しかし・・・テレビは一瞬砂嵐を流し、炊飯器はまたもピピーッ。全家電がまるで怒ったように電源オン。そしてオフ。照明もチカチカ。部屋が真っ暗になるのは何も見えなくてさすがに耐えられない・・・!怖い!!

「うわぁぁぁぁ!ごめんなさぁぁぁぁい!!怖いよぉぉぉぉぉ!!お祖母ちゃぁぁん!!助けて!!!!」

きっと、ついこの間死んだばかりのお祖母ちゃんなら自分の味方になってくれるはずと、お祖母ちゃん子の美久は泣き声を上げた。すると・・・

「美久や。美久!お祖母ちゃんだよ!」炊飯器から声が!!

「ごめん美久ちゃん。怖がらせるつもりは無かったんやが・・・」パソコンからお爺ちゃんの声!!

「わし等も、出て行こう、と頑張ってみたんやが・・・」

「何これ?!夢?!」両手で頭を抱え炊飯器、パソコンを順々に振り向く美久。

「夢やったら良かったんやけど・・・」と砂嵐のTV。

「なんかちょっと成仏する前にいっぺんだけ見に来てしもたんよ・・・美久ちゃんがどんな一人暮らししよるかいな思て・・・」お祖父ちゃんの声だ・・・

「そしたらなんか、電化製品に閉じ込められて抜け出せんようなってしもた・・・みたい・・・」

「ンニャア!(んな阿呆な!)」

「お前のせいだ猫!」猫の存在を思い出しすかさず美久が叫ぶ。「ニャン子め、さっきパソコンの上に乗っかったでしょ!コッソリ孫の様子を見に来てたお祖父ちゃんお祖母ちゃんの魂をあの時、家電に転送しちゃったんだ!!そうに決まってる!!うああ!!はぁああああああああああ!!!!・・・」

3秒、左手を腰に当て右手で両目を覆い、そして再び目を開いた美久は早くも頭を切り替えていた。

「だったら手伝ってよ!お祖父ちゃんお祖母ちゃん!無駄に居るより力になって!明日までにこの宿題終わらせなきゃなの!前途洋々の可愛い孫のキャリアがまず明日のこれにかかってるんだから!」パソコンをビッと指差す。

「え・・・何すれば良いんかいの?」とお祖母ちゃん。(生前も手先の器用なお祖母ちゃんに美久は毎年の夏休みの工作の宿題を手伝って貰っていた。お祖母ちゃんの手作り作品が学校で何度も賞を取ったことがある。)

「お祖母ちゃんは、明日私が会社で食べるおにぎり作って!その時間無さそうだから。今夜は」

「はい」

「お祖父ちゃんはもう分かってるよね?さっきみたいに作業手伝って!」

「はい」

「ニャアア・・・(あのぅ・・・あっしは・・・?)」

「大丈夫だよ、ニャン!あんたは癒やし。生きてるだけで私の味方だよ」

「ニャアアアアアアン!(ついていきますどこまでも!ご主人!あんたに拾われあっしは幸せもんです!)」

 このようにして夜は更け、一人なら難航して徹夜になっていたかも知れない作業は祖父母の助力を得て深夜一時過ぎには終わった。

「お休み。お祖父ちゃん。電気消して」

「はいはい」

「お祖母ちゃん、明日は6時に起こしてね」

「はぁい」

まるでSiri。アレクサ扱い。でも、祖父母もそれで満足げ。


 翌日は祖父母に手助けして貰え睡眠もとれた成果があって、美久に任されたプロジェクトは大きな輝かしい第一歩を踏み出すことに決まった。

 こうして家電に住み着く祖父母と美久の共同生活は幕を開けたのである。

猫も飼い主が働きに出て独りぼっちだった昼間、この物言う家電達に相手してもらえ、最初はオッカナビックリドッキリしていたもののすぐに慣れ、頭を擦り付けて歩いて甘えてゴロゴロ喉を鳴らし愛着を示すようになった。


 美久が仕事に出掛けて居ないある日のお昼。

炊飯器祖母「美久ちゃんは今頃ちゃんとおにぎり食べれてるかの?」

冷蔵庫祖父「今日のは梅おかかと海苔の佃煮やったでな」

TV祖父「湿度も気温も下がって来てまぁ腐ってはおらんやろばってん・・・帰りは雨みたいやな・・・」

炊飯器祖母「大丈夫かなぁ・・・傘持って行きよったっけ・・・?」

蛍光灯祖父「おいTV爺!なんや今頃気付いたんか?ポンコツ!朝、美久ちゃんが出て行く前に教えてやらんか!今頃言うたって遅いやろが!」

「あああ?何をぉ?この蛍光灯爺!引っ込んどけ!まだ昼間じゃ!お前の出番じゃねぇわい!」

「まぁまぁ爺さん達・・・」

「お前もお前や!婆さん!こんだけ爺がおってどれがお前の爺や!選べ!!」

「選べと言われても・・・もとは一人のお爺さんやんか・・・」

(どうやら、大和撫子、昭和生まれのお婆さんは夫の影を踏まぬよう常に一歩後ろに下がっていたため、前に立っていたお爺さんの魂が真っ先に散り散りに炊飯器以外の部屋中の家電に転送され、お婆さんは分散されずに炊飯器一つにスッと収まったようである。)

祖父家電達「今は違うぞ!」「そや!」「一人に決めんか!」「俺やろ!」「いいや俺に決まっとる!!」「俺が一番男前じゃ!」「引っ込め季節外れ!」「そっちこそコンセント抜かれろ!」「電気代食い虫!」「やかましわ!大事なとこで充電切れめ!」「黙れ黙れ夜中にガタガタとやかましい洗濯機!」「お前こそいい加減買い換えられろ!途中で止まる食洗機!」「ンニャアアア・・・(うるせぇえええ・・・)」

「シーッ!」と、インターホン。「静かに!大家が聞き耳立てに来たぞ!みんな黙れ!」

ここからはヒソヒソ声。

「ほんに婆さんも婆さんじゃ。八方美人め。」「美久が帰って来たら美久に聞こう」「そや、誰が一番必要な家電か」「婆さんに似合いの家電か」「ニャアア!(わしの飯の後でやってくれな)」「はぁあ、美久も困りますよ。お爺さん達。自分同士なんだから仲良くして貰わんと・・・」「婆さん、もとはと言えばお前がハッキリせんのがいかんのだぞ」「ハッキリも何も・・・」「美久早ぅ帰って来んかの・・・」「ちょっと待て、わしが携帯に連動してみよう・・・ふん、電源が切れとる。重要な会議中かな・・・」「やれやれ」「ああ、ほんとやれやれだわ・・・」「ニャアアン(じゃ、昼寝でもしとこか)」「そだね」「よし。みんな電源オフだ。節電節電!」「お前に言われたかねぇ」「なんだと?!この・・・」「やんのか?!ポンコツ・・・」「はいはい!もう良いから。後にして!黙って寝ましょう」・・・

・・・

 夜になり美久が帰宅すると、バッと火花を散らして祖父家電達が我先にとガヤガヤ喋り出し、すぐにブレーカーが落ちた。

「何事!?何なの、もう!」闇の中ブレーカーを手探りで上げに行く美久の足に猫が纏わり付く。

「ニャーオー!(はよ餌くれー!)」

「はぁい、ニャン子!ちょっと待ってね~」

「ニャーオー!(わし犬ちゃうぞ!"待て”はやらんて生まれたときから決めてんねん!)」

「美久ちゃん!」ドライヤーが叫ぶ。「炊飯器に一番に似合いな家電は何かの?」

「え・・・?電子レンジかなぁ?」

「ほぉら見ろ!」電子レンジもそれ以外の家電も一斉に喚き出す。「わしじゃ」「わしじゃ」「いいや意外とわしじゃ」・・・

再び落ちるブレーカー。

「うぜぇ・・・」再びブレーカーを上げに行く美久。「はい、一人ずつ順番に喋って。何なの?何が問題?」

「誰が婆さんに一番似合いの家電か?」

「しょうもな」

「ニャア(それな)」

「わし等にとっちゃあ死活問題じゃ!!」

「勝手にやってよ。あ、やっぱりやらないで。ブレーカー落ちるのもうめんどい・・・」美久はブツブツ小さい声から始まり出しまたすぐに怒鳴り合いになる祖父家電を尻目に、もはや定期的に落ちるブレーカーに右手、腰に左手を当て続けながら、チラと猫に目配せ。

「こうなったら、もうブレーカー落としといて蝋燭で生活するよ?お祖父ちゃん達!いい加減にしとかないと・・・」

「ほほぅ?」「何ぃ?」「そんなこと令和の美久ちゃんに出来るのかなぁ?」「やれるもんかどうかいっぺんやってみたらどないや!」「せや!」「現代っ子め!」「やれるもんならやってみぃ!」

「・・・はぁあ・・・」脳内勝算率暗算ですぐ(やめとこ)と答えを導き出した美久。

「コンビニ弁当だけ温めてよ。電子レンジお祖父ちゃん」

「待ちなさい!どれ、見せてごらん・・・」と炊飯器お祖母ちゃん。「あんた美久―!またこんなもんばっかり食べて!添加物だらけやないの!」

「サプリ飲むから大丈夫・・・あれ・・・?おかしいな・・・」冷蔵庫をゴソゴソ漁る美久。

「サプリはどこ行った・・・?・・・お祖父ちゃん!怪しいなぁあ!なんでシレ~ッと黙~ってるの?」

「サプリは・・・わしは好かん。あんな薬みたいなもん、まだ病気にもなってないうちから胃袋に入れるな!」

「やっぱり!隠したな!」

「お前のためじゃ!」

「もぉお!怒った!!この家じゃインスタントラーメンも食べさせて貰えないじゃん!ポットお祖父ちゃんがボイコットして!あああっ!!腹立つ!!疲れてクタクタで仕事から帰って来て明日も早いのに、手抜きご飯たまにくらい食べたいよ!」

「一週間ずっとやんか!」

「もう良い!!吉牛食べてくる!」

「ニャアア~~!(わしの飯は~~??)」

バタン。家を飛び出す美久。

「ちょっと言い過ぎたかの?」「いや、これくらい言わんと分からんやろ」「本人のためじゃ」「わし等は悪うない」「ニャー・・・(腹減ったぁ・・・)」「あの子にはこれからも健康で長生きしてもろて子孫も産んで繁栄して貰わな。大事な体じゃ」「せやな」「そうそう・・・」「わし等の頃に比べたら・・・」「ホンマや。楽になったもんじゃ」「洗濯機が洗濯してくれる。乾燥機が乾かしてくれる。ルンバが床磨いてくれる。テレビで何でも情報得られる」「そや。もうちょっとまともで体に良いもん自分で買って来たらこっちも機嫌良うにチンしてやるのに・・・せめて温野菜とか・・・」「自分ではまだまだようやらんか」「若いからまだ健康より味の濃いジャンクフード。便利で安い早い腹に溜まるもん重視じゃ」「いかんのぅ」「後悔してからじゃ遅いのに・・・」「いっちょわし等で注文しときまっか・・・」パソコン祖父が宅配無農薬野菜を勝手に検索。「お届け日指定は・・・分からん・・・まぁええか、明日で!ポチ!みんな~!これで美久の体にええ野菜が明日届くで~!」「わ~い」家電爺達に久々の一体感が生まれる。

やがてお腹も満たし腹いせにプリンやアイスをコンビニ前の路上でドカ食いしてきた美久が帰宅。一瞬、両者の間に気まずそうな、相手の出方を窺うような、間が空く。

「ニャオーーウウゥ(飼い主!わしの飯忘れてんちゃうん!?)」

「あ、ごめんねごめん、ニャン子!ごめん!今、すぐご飯あげるから・・・」

「美久ちゃん、風呂沸かしといたよ」給湯器祖父。

「あ、お祖父ちゃん・・・ありがと・・・」

とっぷりと程良い温度、バブを溶かした花畑の香りのラベンダー色の湯に浸かりながら美久はぼんやり、考える。

(お祖父ちゃんお祖母ちゃん達だって可哀想なもんだよなぁ・・・成仏前にちょっと孫の様子見に来ただけのつもりが、家電なんかに閉じ込められて天国に行けなくなっちゃってるんだもん・・・考えたら私のためを思って言ってくれてることばっかりだし、ありがたいと思わなきゃだよなぁああ・・・)

人間、腹が満ち、気持ちの良い湯加減の濁りなき一番風呂が用意されていたりして気分が上向くと自然に人当たりも良くなれるものである。

(一人暮らしが寂しくて捨て猫拾ってきちゃったあの頃と比べると、今は大家族みたいでワチャワチャやかましいけど、そこは我慢しなきゃだよなぁあ・・・私を生んでくれたママのお父さんお母さんなんだもん・・・)

 しかし、風呂場にも聞こえる声でTVお祖父ちゃんが何か叫んでいる。

「何何?今度は・・・え?・・・」

風呂から上がった美久を待っていたのは、TVお祖父ちゃんの「この番組見ときなさい」指定だった。

「美久!美久!ちょうど良かった!はよ髪拭いて!これは見ときなさい!NHK戦争ドキュメンタリースペシャル“絶望の最果てに”!もちろんちゃんと録画もしとるが今も見なさい」

「ええぇ!?録画は私、水曜日のダウンタウン予約してたよねぇ?!あれはどうしたの?まさか消したぁ?!?!」

「あんなもん教養にならん!」

「意外とドキュメントだよ!あれは!傑作なのに!!」

「目が腐る!」

「クッソ爺ィィィ・・・!!」

ハッ!!ピーンと点と点が繋がる美久。

「じゃあ、やっぱり、イッテQも 月曜から夜更かしも、お祖父ちゃんが消したんだね!!知らん知らんって、薄らとぼけやがって・・・!!」

「お前のためじゃ!!この悪趣味孫め!!」

「死に損ない爺!!家でくらい好きなもん見させろや!!」

「ちょっとちょっと・・・口が悪すぎまっせ、嫁入り前の・・・」

「うるさい!黙れ黙れクソ婆!!天国でも地獄でも、サッサと二人とも行っちゃってよ!!もうウンザリ!!!!」

「ドラ孫娘じゃ!!消灯じゃ!!強制消灯!!!!頭冷やして今夜はもう寝なさい!!敬老に向かってそんな口の利き方する奴は・・・!!」

「ふざけんなよ・・・!!」美久は真っ暗闇の中をもはや迷うことなくブレーカーまで憤然と足踏みならしてドスドス歩き、手を伸ばしてみたが、ブレーカーは落ちてない。

「ホーンテッドマンションかよ!うちは!!なんで自分ちでこんな目に遭わなきゃいけないの・・・!!」

携帯も電源が入らない。「ストライキじゃ」一言だけお祖父ちゃんの声がした。

「くっそぉおおおおおお!!こんな時だけ団結しやがって・・・!!」

仕方がないので憤然と布団に入る美久。

「・・・でも、クーラーくらいはつけてよ・・・!」

「節電じゃ」

「・・・」怒りで頭は冴え渡り、寝付けない真っ暗闇の中、息を殺して美久はこれからどうしてやろうかと策を練り始めた。

ただ家電のデータを一回初期化して消してしまえばボタン一つで簡単に事は済むのかも知れない・・・だが、その場合、祖父母の魂はどこへ行くのだろう?・・・吹き消した火のように全く消失してしまうのだろうか?・・・

煮えくり返るほど腹が立ちはせよ、そこは一応、孫である。祖父母に愛着も義理もある。消えて欲しくても、その消え方は成仏であって欲しい。輪廻というものが有るのかどうかは知らないけれども、そこから弾かれ、ただただ失われてしまうのではなく・・・

そのためには何はともあれ家電から祖父母の魂を解き放ってやる必要がある。本人達だって好きで家電に乗り移ってるわけでは無いのだ。あれは事故だったのだ・・・彼らも被害者。閉じ込められているのだから・・・

(そうだ・・・あいつが居るじゃない・・・!!)窮すれば通ず。美久は思い出した。

(明日朝イチで電話したろ!!あの霊媒師に!!)


「私は除霊師じゃないんですから、無理ですよ・・・一応見てみるには見てみますけどね、あなたには変な縁があるし・・・」

霊媒師は初めからブツクサ言いながらも付いて来てくれた。二人は美久の退社後喫茶店で待ち合わせたのである。

「ただいまぁ~!・・・お祖父ちゃんお祖母ちゃん、何黙ってるの?何か喋って!」シンと静かな家に先にパンプスを脱いで上がりながら美久が声を掛ける。「霊媒師連れて来たよ~!・・・お~い・・・!・・・あれぇ・・・これじゃまるで私が嘘吐いたみたいじゃない・・・」

「家電は喋りませんよ」霊媒師はどこかホッとした様子。早くも帰りたそう。

「ニャオー!(誰だお前)」

「あ、猫♡」

「ニャアア(よぅ。客人。チュール持ってる?)」

「可愛いな、この子名前なんて言うん?」

「ニャン子」

「野良猫呼ぶときみたいですね」

「野良猫だったから。最近まで。・・・おかしいなぁ・・・何で今日に限って喋ってくれないんだろ、お祖父ちゃんお祖母ちゃん・・・」

ポカ、と冷蔵庫を殴ってみる。「痛っ」

「あ、喋った!」猫を抱き上げながら霊媒師が冷蔵庫を見やる。

「ほらね」勝ち誇った顔の美久。「ほら、他のお祖父ちゃん達も!お祖母ちゃんも!この人にはちゃんと話通してあるから!家電に閉じ込められたお祖父ちゃんお祖母ちゃんのこと。この人なら何とかして二人を自由にしてくれるかも知れないよ・・・霊媒師さんだから。だから、黙ってないでお喋りして良いんだよ!」

「こほん。では。今晩は。申し遅れました、美久の祖父です。」

「私も美久の祖父です」「私も」「私も・・・」祖父家電達が全員自己紹介を終えると、最後に炊飯器祖母「美久の祖母です」

「以前にもお会いしてますが・・・スッカリ変わられて・・・皆さん、何でこんなことに・・・?」人の良い霊媒師。

「それは多分、私が悪いの。故人の頭脳をAIに転送する作業を仕事でやってて、納期が翌日だったんで、持ち帰ったんです。続きは家でやろうと思って。ほらあの日よ、あなたがうちの祖父母に祟られて、ずっと眠れなかったのが、私と会って・・・」

「ああ!あの後・・・」

「そうなの!お祖父ちゃんお祖母ちゃん、私のトラウマも解消したし、無事に成仏しようと思ったんだけど、」

「ほんのちょっとだけ、美久を見に来てしまったんです。ここへ」とTV祖父。

「今となっては後悔しとります・・・」

美久「誤作動起こして、お祖母ちゃんの魂を炊飯器に、お祖父ちゃんの魂をその他の家電に転送しちゃったの!」

霊媒師「んー・・・いまいちよく分からんけど分かった・・・で、それを私にどうしろと?」

「成仏させてあげて欲しいの!」

「だから無理ですって!僕には・・・」

「なんでよ!」

「どっちかって言うと僕は降霊術士だ。声を聞いたり、お招きする方が得意で、除霊には全然役に立ちません」

「そんなこと言わず、できるようになってよ!今!似たようなもんでしょ!」

「んな無茶な!」

「ニャーオー!(何でもええから餌くれー!)」

美久はぷーっと膨らんで霊媒師を睨んだ。なぁんだ!こいつも役に立たんとは!

「一体、じゃあ私達、どうすれば良いの!」

「知らんがな・・・今のままではダメなんですか?生活に干渉は多少されるかも知れないが、そこは血縁者なんだし、お互い言葉も通じ合えてる。自分達で折り合いつけてどうにかしなさいな・・・

私なんて、聞こえたり見えたりしてしまうばっかりに、通りすがりの赤の他人の霊達に開眼されてない親族恋人などへの言伝を頼み込まれたり、伝えてくれなくば呪うぞと夜な夜な取り憑かれて脅されたり、凄いんですから!

霊達の方では物凄く言いたいことがあるのかも知らん。そらそうだろうね、一言言いたいこと言うためだけに死んでも死にきれないくらいで彷徨ってるわけなんだからね。でも、聞きたくない遺族・残された恋人・生き残りの方々も多い。霊達は金を払ってくれるわけじゃないから、こちらはボランティア配達員みたいなものさ。一方的な、受取人代引きのみの。最初は十中八九、ご遺族から信じて貰えなくて、そんなの当たり前で慣れっこだが、それでもしんどいはしんどい。まったくやってられないぜ!でも、そう生まれついちゃったものは仕方ないさ。胡散臭がられながらも、やるしかない。」

「あなたも大変ね・・・」さすがに美久も霊媒師の境遇に同情した。

「きみも頑張れ!」

「でも、それとこれとは別。このままじゃお祖父ちゃんお祖母ちゃんは成仏出来ないし、私だって家で寛げない!お願いだからなんとかして!!この頃じゃ、もう頭がおかしくなりそうなんだから!!」

「ぉゃ・・・そうだったかぃ・・・」誰が呟いたのか、悲しそうなお祖父ちゃんの声。

「そら・・・悪かったのぅ・・・」寂しそうなお祖母ちゃんの声。

「爺婆にそんなに居なくなって欲しかったとは・・・」

「わし等はこんな生活も悪くないもんだなぁと思い始めとったが・・・」

「違うよぅ、・・・」美久も気まずくなってきてムニャムニャ言い訳。「お祖父ちゃんお祖母ちゃんが居てくれると寂しくなくって、家事や宿題手伝って貰えて、甘えられて心強くて助かったよ!だけどいつまでもこのままってわけにもいかないじゃない!私も自立するために一人で暮らしし始めたんだし、二人だって、成仏してそれから多分生まれ変わったりとか、輪廻転生とか、何か、するんじゃないの?とにかく、それぞれ前向きに進んでいかなきゃじゃない!お別れは寂しいけど、また生まれ変わったらどこかで出会えるかも知れないよ!」

「そうやなぁ・・・」

「でも、どうやって・・・?」

「中古家電屋に引き取ってもらえ、美久。」と冷蔵庫お祖父ちゃん。「方法がなければどうにもならん。わし等、お前の幸せを願ってるよ。例え、どこへ行っても・・・お前の姿が見えなくっても・・・」

「それだけは同感じゃ」「そうそう」「幸せに成れ、美久・・・」「元気でのぅ・・・」

「ううん、それぐらいなら今のままでいよう。私だって、そこまでして自分だけ一人になりたいわけじゃないの。そんなことしたら、新しい買い取り手のお宅でお祖父ちゃんお祖母ちゃん達が酷い扱い方されてないかなぁとか、ずっとずっと気になって心配するよ、私だって・・・」

「そうかぁ・・・」

「そうやろなぁ、優しいもん美久は・・・」

全員がはぁあああ、と深い深い溜息を吐く。美久の苦悩は幸せとも表裏一体、まだまだ続いていきそうだ。

すっかり懐いた霊媒師の膝の上で、猫が今回ばかりは一番まともなことを言う。

「ンニャアアアアア!(とにかく飯食おうぜ!その後でまた考えよう!答えがすぐ出なくったって、ナンクルナイサ~!)」





おしまい!


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