最強へ
生まれ変わった世界で、異質だった少年は目覚めた。
薄暗い洞窟の奥底で、ただ1人。
アルスが洞窟から出ると、辺りは緑が生い茂。
「美しい。」
ただその一言しか出てこない。
かつて、荒れ果てた大地だったこの場所は、自分の知らぬ間に生まれ変わっていたのだ。
この時、アルスにはまだ戦争から長い月日は流れていないだろうと思っていた。なんならまだ戦争中なのではと思っていた。
しかし、洞窟から出てからはその考えは、アルスの頭からはスッポリと抜け落ちた。
洞窟周りだけでなく、他周辺の土地も綺麗で、美しくなっているのだ。
それはもうここで戦争があったのだとは、分からない程に。
アルスはもう世界で自分しかいないのではないかという感覚に陥った。
あまりに美しい世界と、静寂に包まれるアルス。
この瞬間が、人生で1番穏やかな時間だったと後にアルスは振り返る。
しかし、その時間は長くは続かなかった。
アルスの後ろ。何かの音がした。葉が落ちるだとか、そういうのでなく。ガサガサと誰かが歩く、規則的な音だ。
アルスは構える。そして身震いをする。
怖い。誰かがいたらどうしよう。僕では絶対に誰かに勝つことなんて出来ない。
そんなアルスの目の前に現れたのは小さな子供だった。
「…子供。」
子供。しかし、槍を持ち武装している。油断は出来ない。
それに、これは実体験だが、僕は子供にすら手足も出ない程ボコボコにされた過去がある。
一度は倒せると思ったアルスだったが、苦い過去を思い出し、咄嗟にその場を立ち去ろうとする。
しかしその判断に至るには数秒遅かった。
アルスは既に複数の武装した子供に囲まれていた。
終わった。僕は死ぬんだ。
アルスは絶望した。しかし、でもどうせ死ぬならば、最後は兵士らしく戦って死のう。
アルスは震える体で立ち上がり、不恰好にも構えをとった。
そして、
「うあああああ!!!!」
自分に出来る精一杯の威嚇と、ブンブン振り回す腕で特攻。
やけくその特攻であった。
「ぎゃあああ!」
子供に手が触れた。と、思ったら子供が叫びながら遥か彼方に飛んで行った。
「へ?…え?…え?」
これには動揺を隠しきれない。
一体何が起きたのか、自分の事ながらアルスは理解出来ていなかった。
「うう、仲間のカタキ!」
槍を持ち、一斉に突撃してくる子供。
今度こそ終わったと思った。ええい!もうやけくそだ!!
「うあああい!!」
またしても叫んで腕を振り回すアレス。
手が子供に当たる。
円を描くように腕を振り回した事もあって、子供全員に当たる。
「うぎゃあ!!!」
子供は全員叫んで、彼方に飛んで行った。
アレスは子供を見る。自分の手を見る。空を見る。自分の手を見る。
そして、思った。
「僕。つよい?」
アレスはすぐに自分の頬を殴った。そんな訳ないだろうと。殴った。
だって万年最弱の自分がいきなり強くなる訳ないだろう。
しかし、アレスは抑えきれない興奮で、近くの人々の集落を探した。
すぐに、小さな村が見つかった。
そこに人間がいるのを確認すると、アレスはそこに突撃した。
「うおお!」
アレスが威嚇すると、住人もすぐに臨戦体制に入る。
住人は棒でアレスに殴りかかる。
試しにそれを避けれるか試してみると、アレスは簡単に避ける事が出来た。
「な、何!?」
住人は再度棒を振り上げ、殴り掛かるが、アルスは華麗に回避。
そこに10人程の、他の武装した人間も加わるが、アルスに攻撃を与えられた人はいなかった。
アルスはどの攻撃も、バカな顔して、マヌケな顔して、目を瞑って、鼻歌歌って避けた。
そして、チョイと住人を突くと、住人は悲鳴を上げ、突かれた箇所に穴が空き、血が吹き出して倒れた。
もうここまで言えば分かるだろう。かつての世界に合わなかった少年アレスは、生まれ変わった世界で、最強に成ったのだ。
「うおお!僕最強!」
そこからのアルスの活躍を、人生を掻い摘んで説明しよう。
アルスはそこからありとあらゆる集落を襲い、自分が最強なのだと確信した。
ある時アルスは、発達した人間の街を見つけた。そこは大きな街で、城までもあった。
王アレスとなりなかったアレスは街を襲った。
しかし、住人は殺さなかった。自分の事を、自分の最強具合を広めて欲しかった為である。
でも城に住う人々は殺した。アルスの住む城に、アルス以外の人々は不要だと考えたからだ。
それから拠点を得たアルスは絶え間なく集落を見つけては襲い、自分がいかに強いかを見せつけた。
その道中で、この世界には自分達の時代の魔法は残っていないと気付いた。
どころか、自分達の時代は今や「古代の時代」と呼ばれている事も知った。
この現代で、古代の事を知っているのは、そして古代魔法を使えるのは自分だけなのだと理解した。
そして、アルスが世界中のありとあらゆる人々を襲った頃には、世間ではアルスがこの世界の神たる力を持つ。
そういう認識が広まった。
アルスはそうして、世界最強の称号を得た。名実共にアルスは最強へと成り上がったのだ。
今や世界にアルスを知らぬ者はいないし、アルスがやれと一度命令を下せば、どんな命令だろうと皆がそれに従う。
アルスは何もかもを手に入れた。
…かの様に見えた。
アルスはここまでの物を手に入れても、物足りなさを感じていた。何かが足りない。そういう物足りなさがあった。
何が足りないのだろうかと考えた時、それは称号が足りないのだと考えた。
最強とは別の称号。
かつての弱いアルス少年が憧れた「聖なる赤の神」
そんな名前が自分にも欲しかったのである。
今自分で付けても良いけど、自分から名乗るのは恥ずかしい。
そこで、アルスは世界を巻き込んで、とある大会を開いた。
その大会とは世界最強の6人を決める為の大会。
この6人には、アルスの権限の元、一生食うに困らず、豪華な生活。それと高い権力。そして、ある1つの称号を渡すと誓って。
その称号は見た者全てが恐れ慄き、ひれ伏す様な。そして憧れの対象になるような称号。
名を「六聖王帝」
アルスは自分の圧倒的なネーミングセンスに震えた。カッコ良すぎる。
そうして、世界中で戦い、その中で6人が残った。
その6人を再び戦わせ、最初に負けた奴は称号なし。
次に負けた奴は6位、その次は5位といった風に順位を付け、1位に、アルスは自分を置いた。
こうして、初代六聖王帝は生まれた。