最弱
最初に言っておこう。これは1人の少年が。一人の弱くてちっぽけな少年が、最強へと成り上がった遠い昔の物語。
その少年の名はアルス。苗字は無い。
アルスは特にこれと言って見所も無く、特筆すべき所も無い。強いていうならばその何も無さが特徴の、辺鄙な村で、これまた平凡な両親の元から産まれた。
アルスはこの時代には珍しい男だった事もあって、両親からの期待を一心に背負ってこの世に産まれ落ちた。
世は大戦の時代。世界に住まう全ての人間が出兵する、全てを巻き込む大きな争い。
そのきっかけが何だったのかはもう誰も覚えていない。ありふれた、自分勝手が招いた争いだったのか。あるいはちっぽけな事が肥大化して起きた争いだったのか。
今となってはもう誰も覚えていない。もう誰もが争いを止める事は出来なかったのだ。もう辞めようとは今更誰も思えなかったのだ。
場面をアルスへと戻そう。アルスは先述の通り両親の期待を背負っている。その為、産まれた頃から「強さ」というのに憧れ、また自分も強くならなければと思っていた。
そうなれば、話は早い。両親はすぐに、今で言う家庭教師を呼び、アルスの指導を頼んだ。
だが、家庭教師は一目アルスを見て。でも、そんな訳ないと思い直して。一度アルスと模擬戦をしてみる。
すると、やはり案の定。アルスは弱すぎた。それはもうこの世で1番弱いと自信を持って、胸を張って、大衆に豪語できる程弱すぎたのだ。
この時アルス6歳。6歳の子供ならば、誰でも出来ることが。なんなら早い子で4歳から出来ることがアルスにはこれっぽっちも出来なかった。
いくら魔法を出そうとしても、発動の兆しすら見えやしない。これは才能が無いだとか、センスが無いだとか。そういう問題じゃなかった。
いうなれば、この世界にアルスという存在は合っていない。
この魔法と剣の世界で。アルスは魔力は極微量しかなく。剣の才能も、無く。
家庭教師は早々に根を上げて、その日のうちにアルスの前から立ち去った。
アルス10歳。辺鄙な村と言えどもそこそこの人口はいる。その中にアルスと同い年くらいの子もいる。
10歳ともなれば、あと5年で戦争に参加する歳。みなこの頃になると、より一層強さを求め、強さに貪欲になり、兵士としての自覚を芽生えさせようとする。
子供達はごっこ遊びから、本格的な訓練へと移行するのだ。
当然アルスも訓練に参加する訳だけど、結果はみなまで言わんでも良いだろう。
周りの子は、アルスの中身が本当は赤ちゃんなのでは?と疑うほど。アルスは弱かった。
話を少し寄り道させよう。
先述の通り、アルスは弱い。だからこそ誰よりも強くなりたい願いがあった。強さへのどうしようもない憧れがあった。
そんなアルスの憧れの対象は、自分も所属する国1番の強者「レッド」という人物に向けられた。
レッドはこの世界では知らぬものはいない程の強者で、全ての魔法と、極まりすぎた剣技を使う。
いうなれば、この世界の武の神といった所だろうか。
そして、そんなレッドが指揮する騎士団。その騎士団の名前は「聖なる赤の神」
現代の人々が見たら、面白おかしくて笑っちゃう様な名前だけども、当時の人々。取り分け、少年アルスにはこの名前はとてもカッコいいものだった。
さて、再び話を本筋へと戻そう。
アルス15歳。さあ、いよいよ出征の時である。
いくら弱くとも、戦争へは行かなくてはいけないのだ。
この頃になると、両親はアルスへの風当たりが強く、アルスはむしろ戦争へ早く行きたかった。
しかし、すぐにアルスは家に帰りたくなった。
いざ、戦争に参加してみると分かる。荒れた地上に、もう敵なのか味方なのかも見分けが付かなくなるほどに原型を失った、かつて人間だった物が辺りに転がる戦場。
そんな激戦区では、アルスは虫の様に、這い、逃げ回るしか無かった。
だが、虫は弱く、人間に見つかれば殺されてしまうものだ。それを目障りに思う人間ならば尚の事。
アルスは致命傷を受けた。当然、その傷を治せる程アルスの魔法練度は高く無く。それを治せる仲間の元に行く力も、アルスには残っていなかった。
しかし不幸中の幸い。敵はアルスを仕留めたと勘違いをした。
アルスはもうここしかないと。這って、這いずり回って。歯を食いしばって。戦地から逃げた。
意識が朦朧とする中。もう手足の感覚も無く、頭が真っ白でアルスは山の洞窟奥深くへと、入った。
そして、アルスの意識はそこで、終わった。
後の現代で、「古代大戦争」と呼ばれる大戦は、本作の主人公の預かり知らぬ所で、呆気なく、壮大な終わりを迎えたという。
その戦争から生き残った1人は後の世に大戦についてこう残した。
「まさに、あの戦争は天が地に。地が天に。全てがひっくり変える戦いだった。」
世界は滅び、生まれ変わった。