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固有人形

電磁嵐が発生し、想定よりも出発が数日遅れた以外、問題はなかった。


それまで特に何も起こらず、毎日ワルズのところへ行って検査をするか、黎明と一緒に戦闘訓練をするかだけの日々だった。


黎明は尖兵としての戦闘能力も高いが、支援もまた優れていた。


日々の行動からユシュエルの行動を観察し、思考を分析していたらしく、先回りし、援護する。銃も巧みに扱え、黎明が背後にいるとユシュエルは後ろを心配する必要がなく思い切り動くことができた。


それこそ、運命の言葉も伊達ではないな、とユシュエルが思ってしまったほどに。


撤退したときとは異なり、ナーズへの往路はむしろ楽だったと言ってもいい。


ユシュエルが掃討した場所に陣を張り直す先兵小隊と一緒だったおかげでもある。道中、黎明が変わらず栄養の摂取状況や修練、休息に対して細かく口をはさんでくるのには閉口したけれど。


途中、ラウルたちと出会うかもしれないと警戒もしたが、彼らもそこまで愚かではなかったようだ。


やがて隊とも別れ、かつての戦場へと進む。


推測した通り、ナーズにはやはりなにも残っていなかった。


荒涼とした大地がただ広がっている。生命は吹き飛ばされ、あるいは消滅し、一面の砂漠と化していた。


まるでテュイニ荒原が意志を持ってここまで延びてきたみたいに。


「見るべきものはないな」


調査を終えて引き上げようとしたユシュエルに、黎明がある一点を見つめ、意外なことを告げた。


「マスター、この先に共和国の人形の反応があります」


指し示す窪地に向かうと、それは確かに共和国のオートマータの姿だった。


近くには、こんな砂礫の中でどうやって集めてきたのか小石を積み上げた塚ができており、その上に、ユシュエルも持っている、兵ひとりひとりに割り振られた個人識別用番号が刻まれた認証票が置かれている。


塚にもたれかかるように上半身を預け、オートマータは座っていた。よく見れば、片方の足の大腿から先がなく、内部の軸が剥き出しになっている。


こちらの足音を聞きつけているはずなのに、近づいても反応がない。


その様子は、弱った動物が傷の回復を待つ間、じっと息をひそめてこちらをうかがっているかのようだった。


「……人形使いが死んだのか」


「――はい」


ようやく反応があった。機械特有の抑揚のない、でも鈴の音のように細く、澄んだ声だった。


たたずんでいたオートマータが物憂げにゆっくりと顔をあげる。髪の長い、大人の女性型人形。固有の、色の付いたオートマータだ。


「ここにいるのは、わたしのマスターです」


彼女はユシュエルに名前を告げる。彼女に与えられたものではなく、彼女の中に名を刻んだ者の名前を。第16人形兵連隊第3中隊、と彼女は所属も告げた。


「この名をご存じですか?」


「いや」


「そうですか。もしご存じでしたら、マスターのお話を伺いたかったのですが……」


同じ第7歩兵師団でもユシュエルは第27人形兵連隊第4小隊所属だ。


それにユシュエルは来たばかりだからそもそも知人がいない、と告げたところで彼女の慰めにはならないだろう。だからユシュエルは黙っていることにした。オートマータに慰めが必要なのかは、この際考えないことにして。


「なにがあったのか、話せるか?」


「はい」


彼女が頷いたのを確認してユシュエルは尋ね、対して彼女は淡々と応じた。


「――そこに、帝国兵の人形の剣が翻り、マスターを貫きました」


声に感傷をまじえることなく、彼女は主の最期を告げる。


つまり、この亡骸はユシュエルたちのように謎の存在によってやられたわけではないということだ。


それよりも前に、彼女の人形使いは死んだ。


「そのあと、何が起こった?」


「まず、地響きが。つぎに、悲鳴と怒号が。そして騒然とした中、爆発が起こり、わたしたちは吹き飛ばされました」


「相手を見たか?」


彼女はゆっくりを首を横に振った。


「いいえ、相手はわかりません。わたしはマスターに駆け寄りました。岩陰まで運び、戦場には背を向けていました」


返答にユシュエルは知らず知らず止めていた息をゆっくりと吐き出した。


手掛かりなし、と失望を口には出さずに。


「わたしからもあなたに質問を。よろしいですか?」


「ああ、かまわない」


「人はなぜ祈るのですか?」


「なに?」


予想していたのとはずいぶんと異なる方向性の質問だったために、聞こえていたにもかかわらずユシュエルは訊き返してしまった。


それに対して彼女は聞こえていたはずだと言葉を返すことなく、先ほどの質問を繰り返した。そして付け加えた。


「マスターはよく短い祈りを捧げていました。なぜでしょう?」


「――……心の平穏を得るため、だと思う。おれは祈ったことがないから、わからないけど」


戦争で心を病み、死の恐怖におびえた兵たちが教会に通うのをユシュエルは何度も目にしていた。皮肉なことに、その教会が敵の砲弾によって無残にも潰されたのも。


「祈ることで、なぜ平穏が得られるのですか?」


「自分を見つめ直せるから……?」


ユシュエルは思わず唇をかんだ。


疑問に疑問で返してはならない、と教範にもあったはずなのに。こういう問答は苦手なのだ。


だが、彼女は気にしていないようで、さらに質問を重ねる。


「なぜ、見つめ直すのですか?」


「悩んだり迷ったりしてるから、かな。答えがみつからなくて」


「答えが分からない……そうですね。“解なし”、その意味は理解できます」


解なしとは、情報集積部に該当の情報が見当たらない時に返ってくる定型文だ。


ユシュエルの言葉が答えになったとはとうてい思えないが、それでも彼女からの質問はやんだ。かわりに、


「あら……」


彼女は初めてユシュエルの後ろに従っている黎明に、正確には彼がどのようなオートマータかに気がついたようだ。


彼に向ける彼女の目はユシュエルに対してとは異なり、どこかほの暗かった。


「あなた、汎用なのね」


「はい。黎明と申します」


ユシュエルの人形は、深々と芝居がかった仕草で――当人はただそれが礼儀作法と組み込まれているからそうしているに過ぎないのだが――自らの名を伝える。


「固有でもないのに同期するだなんて、驚きだわ。……うらやましい」


言葉とは裏腹にその声に羨望の輝きは微塵も含まれていないとユシュエルは感じた。


むしろ、抑揚のない中に恨みや憎しみに似た苦さをユシュエルが感じ取ったのは、何事にも意味を見出そうとする、たんなる人間のさがだったのだろうか。


彼女は淡々と告げる。


「本当にうらやましい。汎用なら、マスターが亡くなってもそのまま汎用に戻ればいいだけだし、何なら新たなマスターを迎え入れられるわね」


黎明は返事をしない。何の意図も感情の飾りもない瞳で彼女を見つめている。


「わたしは調整された固有人形だから、マスター以外とはつながることができないの。だから、消えるしかない」


彼女の指が認証タグをなぞる。何度も何度も。


人形使いの存在のよすがを求めるように。


オートマータの指先は、人工皮膚がめくれあがり、ひどく傷ついていた。その細かく執拗なまでの跡は戦闘だけではないのがうかがえた。


「――ああ、でも、前のマスターが記録に残ったままってどうなのかしら」


表情はいたって変わらないまま 、彼女はふふっと儚い声をあげる。初めてこの底知れぬ悲しみの中に喜びを見出したかのように。


「残るあなたと消えるわたし、どちらがいいのかしらね」






「黎明、大丈夫か?」


「何がでしょう、マスター? わたしの駆動部分に現在問題点は見当たりません」


「いや、そういうことじゃなくて……」


ナーズでの調査は終わった。


アスタリ峡谷へと方向を転じた途中、ユシュエルは振り返って少しずつ小さくなっていく女性オートマータの姿に目をやる。


基地へ戻ることを彼女は拒否した。あのままあそこで朽ちていくことを選んだのだ。


だが、それはおそらくかなわないことをユシュエルは予感していた。彼女も分かってはいるのだろう。そう遠くない内に回収班がやってくることを。


ユシュエルが黎明に確認をしたのは、なんとなく彼女の何かが黎明に傷をつけようとしたように感じたからだ。その理由も、実際に傷がついたのかもユシュエルには分からないが。


これまでにも際立って個性的なオートマータに会ったことはあった。しかし、特有の性質と言っても彼らは固有であり、もとよりマスター用に何もかもが調整されている人形であるため、人形使いの内面や趣味嗜好といったものが情報として製作段階で反映された結果に過ぎなかった。


また、それゆえに固有人形は人形使いを慕う。


ユシュエルの脳裏に一瞬、さきほどのオートマータの姿が思い出される。その思慕は感情ではなく調整上の副次的な産物であるため、死の不安におびえた主から虐待まがいの扱いを受けつづけていたとしても、盲目的で揺らぐことはないのだろう。


もちろん汎用も含めたすべてのオートマータには、条項厳守という忠誠の規則が――それは忠義などという美しいものではなく、むしろ絶対的な服従の上に築かれた強迫観念に近い保護欲がもともと組み込まれてはいるのだが。


一方で、ワルズは言っていた。


汎用型にも個々の差異が明確に存在するのだと。同じ工程を経ても、同じ学習をさせても、オートマータだけは決して同じになり得ないのだと。


ならば、それもまた個を表すなにかではないのだろうか。


では、人形の個とは何なのだろう。


オートマータも笑うことはある。


ただし、彼らにとっては情報の集積からなる状況に合わせた自動的な反射結果であり、きわめて機械的な反応であり、場にそぐわしい作業のひとつであり、決して感情的なものではないと教わっている。そもそも人形に感情の概念を当てはめようとすること自体間違っているのだ、とも。


しかし、どうしてもリンクをして以降、黎明にわずかに機械的な反応以上のものを感じる瞬間がユシュエルにはあった。


たとえば褒めたとき、礼を言ったとき、少し嬉しそうに見えるのは気のせいなのだろうか。それもまた人間を喜ばせるための一つの組み込まれた動作に過ぎないのだろうか。


もしくは、感覚を共有することによって単に彼を身近に感じ、自分が勝手にそう思い込んでいるだけなのだろうか。


今まで人形に興味を持ち、詳しく観察したことがなかったため、ユシュエルにはどうにも判断がつかない。


「もし、彼女が気になるのなら、もういちど――」


「いいえ」


黎明はかぶりを振る。


彼は一度も振りかえらなかった。ただ前だけを見つめていた。そして、相変わらず機械的な抑揚のない声で言った。


「我々は任務の執行に注力すべきだと思います 。あれは、マスターを死なせてしまった、ただの欠陥品ですから」

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