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キュテジーヌにて_帰還

「驚きましたよ! 調整した専用のオートマータと同期しても、ここまでの数字はなかなか出ませんから!」


医務室にて、出て来た数値に医師が驚嘆の声をあげた。


担当したのは、30に手が届くかというまだ若い男性医師だった。あまり手入れされていないぼさぼさの中途半端な長さの髪を雑に結んで垂らしており、体は薄く華奢で、なで肩のために白衣の肩のラインが浮いてしまっている。学生のように頼りない雰囲気があって、いかにも人生のほとんどの時間を机に向かうことに捧げてきたという感じだ。


キュテジーヌ基地にたどり着き、上官にナーズでのあらましを報告をして、それから検査を受けてのことだった。


調整もされていない汎用に同期するなどという荒業あらわざを医者は最初こそ信じなかったが、あがって来た数字を見ては考えを変えざるを得なかったようだ。


「軍医殿、あの――」


ユシュエルの言葉を医者は画面から目を離さずに手だけをあげて、遮る。


「ワルズで結構です。もともとは医療工学の道を進んでいて、生粋の医者じゃありませんから。もちろん、医師としての基本的な教育を受け資格は持っていますが、どちらかというと技術者であり研究者であって、軍関係者でもないです。ところで、負荷訓練は未修だったとききましたが?」


「はい」


ユシュエルの返答にワルズが顔を上げ、ぱっと輝かせる。再び手元の資料とユシュエルの顔を見比べ、


「それこそ信じられないですよ! たしかに幾つかの血中数値が高くはあるけれど――うん、規制域内だ。人形使いとしては全く問題ないです。練習もなしに本番で一発合格するだなんて、ユシュエルさんはよほど適応能力が高いみたいですね。まさに人形使いになるために生まれた存在と言っても過言ではありませんよ!」


上ずった声でまくしたてる。まばたきも忘れたかのように彼の目はきらきらと情熱的に輝き、頬は興奮のあまりに上気している。はじき出された驚異的な数字は、ずいぶんとワルズのお気に召したらしい。


今さらながらおこなった負荷試験も、ユシュエルは問題なく耐えきってしまっていた。


黎明とのリンクも、もはや疼くような痛み程度でしかない。


「だったらおれは、れいめ……最新と同じ系統の汎用型ならすべてリンクできるってことですか?」


ユシュエルは同期して以降思っていた、漠然とした疑問をぶつけてみる。


医者は考え込むようにしばし間を開け、


「それは難しいんじゃないかと。オートマータは完全解析には程遠く、特に相性の問題というのは、僕たちにもはっきりと分かっていない領域なんです。調整して同期ができてもしっくりこない人もいるし、調整しているのに同期がおこなえない人もいます。また、同じ調整をしたとしても、その全てが適合できるわけじゃない。あなたの場合は、あなたたちのどちらかが――この場合まずユシュエルさんのほうだと思いますが、非常に寛容で相手を柔軟に受け入れられたのか、あるいは……」


ここで重要な秘密を打ち明けるように声を潜める。


何を言われるのか。ユシュエルはその続きを推し量りながら居ずまいを正し、耳を傾けた。


「あるいは?」


「あなたたちが天文学的な確率の奇跡の出会いを果たしたか――それこそ、運命のふたりみたいにね」


医者はどうやら、ロマン主義者のようだ。


期待していたのはそういう言葉ではなかったが、とりあえずユシュエルは自分の身体に何の問題もないことが分かって一安心した。






呼び出しを受けたのはそれからさらに数日たってのことだった。


招集がかかって向かった作戦会議室には、予想していた以上の人数がユシュエルを待ち構えていた。駐屯地の責任者である司令だけではなく、その上の、今まで顔も合わせたことがないような幹部までが揃っていたのだ。


普通じゃない。それだけは分かった。


敬礼をし、号令がかかるのを待つ。ユシュエルが「休め」の言葉の通りに顎をすこしあげて手を後ろで組んだのを確認してから、一同を見回したのち司令が切り出す。


「まず、ユシュエル隊員、ナーズからよく無事に戻ってきてくれた。大勢の同胞を失い悲しみに暮れる中での君の生還は、我々にとって非常に喜ばしい出来事であったことを伝えておきたい。また道中の帝国兵たちも掃討したと聞いている。ますますもって喜ばしいことだ」


「ありがとうございます」


司令以外は一切口を開こうとしない。黙ってじっとユシュエルを見つめている。


ユシュエルもまた、まっすぐ前を向き、ただ黙って言葉を受け取っていた。


緊張のためだろう。将官とならびを同じくしている司令官だけがこの部屋の中で唯一脂汗をかき、落ち着きがない。


一通りユシュエルの活動がほめたたえられ、それから報告書が読み上げられる。それに相違ないかの確認がなされ、「相違なし」と答えた瞬間、今までの空気が変わった。わずかに唸るような小さな声が方々ほうぼうから上がったのだ。


現時点では、彼らが報告書のどこに反応したのかユシュエルには分からなかった。


騒然とする場に司令がハンカチで顔を拭きつつ、尋ねる。


「確認のために繰り返すが――その黒い影の証言は君だけだ」


つまり、気を失う前の幻覚ではないかと問われているということだろうか。


どう答えるべきか判断に倦ねていると、


「正直に言って、君の報告は信じがたい」


先に言われてしまった。


「だが、被害が出ている以上、看過するわけにはいかない。そこでだ――」


司令は、まるで次に口にする言葉に重みをもたせるためかのように一旦そこで言葉を区切り、一拍おいた。


「君に、特別任務を授ける。我々はナーズの戦いで大勢の人形使いたちを失った。君の報告によればそれは帝国も同じだときいている。本土からこれ以上人形兵器と人形使いを送ってもらうことはすぐには難しい。つまり、当分はどちらも動きようがないということだ。それまでの間にナーズで実際に何があったのか調べを進めておきたい。これは単独任務となるが、君は自律機動人形兵器とリンクを結んでいるそうだな。しかも捗々はかばかしい数値をだしているとか。まさに適任であると全会一致した」


それを合図に司令の隣にいる人物が中央、ユシュエルの前に出る。前へ、と促された。


「またこれに伴い、簡略ではあるが今ここで君の階級を1階級進級とする。昇任、おめでとう」


辞令を受け取る。


一番下だから上がりやすいとは言え、違反なしで半年から1年はかかるものを3か月足らずでのぼってしまった。


だがこの場に満ちる空気は決してお祝いムードとは言い難い、重圧的なものだ。


「以上だ。下がりたまえ」


再度敬礼し、部屋を後にする。


「我々は君のさらなる活躍に期待している」


扉が閉まる直前、最後にひとりの将官が重々しく、そう付け加えた。


「マスター、昇任おめでとうございます。進級にともない部屋が変更となりましたので、お迎えに参りました。すでに私物はわたしが移動を完了しております」


息詰まる会議室を出たところで、黎明が待っていた。


与えられた部屋は個室で、これはかなりの特別待遇だと言ってもいい。これまでは8人の大部屋だった。ユシュエルを除くその同室の全員が亡くなってしまっていたのだけれど。


もともとユシュエルの荷物は少ない。俸給の現金、支給された着替えと洗面用具一式だけだ。貧民窟では持っていれば狙われ、奪われる。持たないことが自分の身を守るひとつの方法でもあった。


そうやって育ってきたため、あまり物に執着することはなく、大抵の物はなくても困らなかった。


運び忘れがないか確認できるよう、それらが寝具の上に丁寧に並べられている。足りないものはない。


壁際で両足をそろえ行儀よく立って次の指示を待っているオートマータを、ユシュエルは見やった。


「助かったよ、黎明。片付けておいてくれ」


「はい、マスター」


てきぱきと動く黎明をなんとなく目で追いながら、ユシュエルは寝台に腰かけ、与えられた任務について考えた。スプリングの感触も前より上等なことを感じながら。


「黒い影、か……ナーズに行って、何かつかめるといいんだが」


影の正体は何なのか。


帝国の新兵器、あるいは参画してきた第三国のものである場合も考えられる。一応、謎の未確認生物、という線もないとは言えないだろうが、それはこの際考慮に入れておかなくていいだろう。


そのこと以外にもユシュエルには気になることがたくさんあった。


たとえば、さっきの場で、島の生き残りがいたという報告にさほど軍部が驚きを見せなかったことだ。


彼らの存在を認知していたのなら、なぜ今の今までユシュエルたちに伝えられなかったのか。民間人の存在は戦争の上では重要だ。彼らを巻き込めば、国家間が定めた大陸戦争法にも引っかかる。たとえ、今やあってないようなものだとしても。


ただ島民に出会って言葉を交わしたとしか報告しなかったから、流されたのだろうか。


だがそれ以外に言うことなどないし、ろくに何かを知っているわけでもないのに余計な情報を伝えて、上層部にもラウルたちにも無駄な混乱や影響を及ぼしたくはなかった。


あの陽気な笑顔の青年がこれ以上戦争に巻き込まれるのは、どこか気の毒に思えたのだ。


望んでいなかったというだけで生み捨てられ、戦争の当事者になるしかなかったユシュエル自身のように。


あのラウルの雰囲気がそうさせたのだった。ユシュエルにそう思わせた。


だが、こうして落ち着いた状況で改めて考えてみると、島民と自称する彼らが全くの無関係であるようには到底思えなかった。


彼らの態度が軟化したのは、ナーズでの島民の行方不明に共和国が関与していなかったと分かったからではなく、ユシュエルが黒い影に関して何も知らないことが分かったからではないだろうか。


あのとき、ナーズの行方不明者と言われた時点で疑問に思うべきだったのだ。なぜ、あのようなところに兵でもない人間がいたのか、と。共和国がキュテジーヌに撤退したことも、ラウルたちは把握していた。なぜなのか。見張っていたからに他ならない。


ただひっそりと生きていくためなら、そんなところを見張る必要はないはずなのに。


島を取り戻すために結成された非正規の組織レジスタンスであった可能性に思い当たらなかったことをユシュエルは今さらながら悔やんだ。


彼らは何を知っている? 何のために動いている?


多くの疑問が渦巻いているが、何一つとしてこの部屋で考え続けていても答えの出せるものではない。


ユシュエルは頭を切り替え、あらためて与えられた任務のことに思考の舵を切る。


「……とりあえず、再度の調査だな」


そう呟いたあと、ユシュエルは小さくくしゃみをした。ここのところ受けている検査で問題はなかったから、あの会議室の空気が合わなかったのだろう。


途端に額と手首に人工皮膚の柔らかさとその奥の金属の硬さと冷たさを感じ、驚愕する。


「――体温、正常。脈拍、問題なし」


そうだった。黎明がいたのだったとユシュエルは我に返った。


先日、報告書をかき上げている最中に眠り込んでしまい、目を覚ませば掛布をかけられ寝台に寝ていた自分に驚いたばかりだったというのに、またしても黙考しているうちに黎明がいるということを忘れてしまっていた。


訓練生のときにも旧型の汎用と行動を共にすることはたびたびあったが、汎用は官給品でありあくまで貸与であって訓練が終われば返却が基本だったから、その感覚が抜けない。


戦場ならともかく、私室でもすぐそばに自分以外の誰かがいて、言動を見守っているという状況はなかなか馴染めないものだった。


特に、あまりにもひとりでいることが長すぎて、“孤独”と“快適”が同義語になっていたユシュエルにとっては。


しかし、これからは慣れなくてはならない。


うっかり変なひとりごとを呟かなければいいがと改めて思いつつ、黎明の走査が終わるのをユシュエルは待つ。


体調が悪いときこそ絶対に誰にも悟られてはならない。


気遣われることなどひとりのときにはなかったことで、何とも言えないないおかしな感覚だった。


「黎明、これからのことだが」


部屋の空気の温度に湿度や汚染度まで調べてようやく問題なしと判断し壁際に戻っていった黎明をみて、ユシュエルは声をかけた。同時に、需品科にオートマータ用の椅子を申請しておこうと頭に書き留めておく。


「準備が整い次第、おれたちはナーズにむけて出発する」


ユシュエルの言葉に、黎明は姿勢はそのままで顔だけをこちらに向けるというまさに人形らしい動きで、了解の旨を告げる。


「マスターはナーズになにか残っているとお思いですか?」


「いや、多分なにもないだろう」


あの直後なら何らかの痕跡があったかもしれないが、とっくに回収されているはずだ。今になって見つかるような何かがあるとは到底思えないものの、念には念を入れておいたほうがいい。詳細な調査と報告を求められているのだから。


その説明に「はい」と頷くと黎明は口には出さず、さらなる予定を確認するように小首をかしげ、続きを促した。


ユシュエルの脳裏に浮かんでいたのは、ナーズでの戦いの前夜の会話だった。


「そのあとは――アスタリ峡谷を調べてみようと思う。帝国兵がいたとの情報がある」

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