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目覚め

「……っく、い、いったい、何が……」


あれからどのくらい気を失っていたのだろう。


酸素を求め水面から顔を出すように、とうとつに意識が覚醒した。こめかみがどくどくと脈打ち、めまいと耳鳴りがやまない。喉がからからに乾いている。白い光が収束して、目が徐々に景色を映し出すようになっても涙があふれつづけた。いつの間に含んでしまったのか、口の中の砂利を吐き出す。呼吸を浅くし、ふらつく足に何とか力を入れて立ち上がるものの、平衡感覚が戻っていない。なんども倒れたのちに、ようやく大地を踏みしめ、2本の足をまっすぐに立たせることに成功した。


頭に手をやれば、フケのようにぽろぽろと砂が落ちてくる。


「いったい何だこれは……なにがあった……」


一面の荒れ野だった。


濃い土煙は落ち着き、木も草も敵も味方も、他の生物も、気を失う前にあったはずの景色は何ひとつ残っていない。日をまたぐほどに意識がなかったのか、半日と経っていないのかすら周囲の状況からは判断が付かなかった。ただ、耳を聾するほどの静寂だけが漂っている。


「――起床を確認」


突然、隣の似たような砂の山から声がした。


見る間に塊が崩れ、人が――否、人形が姿を現す。同じように砂礫の中に埋まっていたらしい。


「視覚の調整――問題なし。聴覚――問題なし。おはようございます。ご気分はいかがですか?」


「まだ少し頭が痛いが、大きな怪我はないようだ。オートマータ、そっちは?」


「破損診断中――27%……47%……診断完了。基幹に問題はありません。関節部にも異常の検知なし。支給服にも損傷なし」


その場で屈伸をしてみせ、それから片足ずつ地を蹴り、次に手の指を1本ずつ折り曲げてから開いて、何ら支障のないことを示す。


人間同様の滑らかな動き。動作音もない。


彼が動くたびに、ユシュエルのように砂粒が制服のあちこちから落ちている。


ユシュエルが着用している漆黒の制服とは異なり、オートマータが着ているのは濃いグレーのジャケットに半ズボンという、小型オートマータ専用の支給軍服だ。それに黒い編み上げのショートブーツ。


そもそもオートマータは人ではないため服を着せる必要はないのだが、戦場には長いひでりでよからぬことをたくらむ者もいる。ようするに、命のやり取りで精神を摩耗した者の中には、もしくは単にそういう趣味の奴らには、硬質の冷たい体の人形に欲情する者も出てくるのだ。


人工皮膚で覆われているとはいえ、そういう機能は兼ね備えていないというのに――当然、かつてその役割も持たせるべきだという意見が上がったこともあったが却下されたらしい。


ゆえに余計な摩擦をさけるために、服を着せる人形使いは多い。


自分の相棒ともいえる存在。特に人形本人が傷つくことはないと言っても、ごく個人的なことに使用され汚されては気分が悪い。


人形使いの中には、わざわざ固有の人形に特注服をあつらえる者もいると聞いていた。贅沢なものだ、と初めてそのことを聞いたときユシュエルは思った。


そんなことに使うくらいなら、自分なら、お腹いっぱい食べることに使うだろう。


それから、余ったなら絵を1枚買うだろう。


昔、暖を求めて忍び込んだ美術館。たまたま見た、そこに飾ってあった1枚の絵。無名の画家の絵だ。淡い金色とペールブルー。太陽の光と夜の空が入り混じった1枚。


なぜか心をとらえて離さなかった。


見たのは一度きりだが、未だに忘れられない。


やはり頭を強く打ったのかもしれない。どうでもいいことを思いだしてしまった。


思考を断ち切り、ユシュエルはオートマータに声をかけた。


「あの攻撃は何だったんだ? あの大きな影は?」


「解なし――不明です。わたしの情報集積部に同一および類似の敵手の情報は存在しません」


「帝国の新兵器だとしたら厄介だな」


帝国のオートマータの数が少なく見えたのはこのためだったのだろうか。陽動だったのだろうか。


だが、この状態では――おそらく攻撃が帝国の兵器のものだとしたらだが――味方ごと焼き尽くした可能性が高い。安易な乱用は避けるだろう。


が、その内にまた使われる機会が必ずやってくる。それまでに上に報告し、対抗策を練っておかなければならない。


「そういえば、どうしておれたちは見逃されたんだ? 敵の探知機には反応しなかったのか?」


「この島は上空で電磁嵐が多発するため、広範囲の探知機は打ち上げられません」


「そうだったな……」


ユシュエルは鳥の飛んでいない空を見上げる。


今は雲で見えないが、たいていは見上げれば油膜のような帯を見ることができた。大陸のものとは異なり、この島の電磁嵐は変則的で発生の予測が付かず、前触れもなしに突然起こって数時間で終わることもあれば、何日にもわたって続くこともある。


だから、この島では自走式無人機も高機能戦闘車輛も使えない。立ち往生し、敵に鹵獲されるのがオチだからだ。


当然、飛翼艇や四翼航空艇だってとばせない。上陸するのにユシュエルたちも船を使い、途中から手漕ぎボートで島に来た。


剣と銃の泥くさい戦い。


何の知識もなしに戦場を目にしていたら、時代が巻き戻ったのかと勘違いしてもおかしくはないだろう。


「くわえておそらくですが、あの何者かによる攻撃の影響もあるのでしょう。磁場が乱れています。わたしの幾つかの機能も本来の水準まで役割を果たせていません。救難位置標識も確認できません」


帝国は電磁嵐の影響を避けるために地下で発展し、この島は電磁嵐とともに暮らすために素朴な生業せいぎょうを選んだ。そして共和国は電磁嵐の影響はさほどではないかわりに、化学物質を含んだ雲につねに覆われている。大陸のどこかには掩蓋陣地のように街全体を厚くかこっている国もあるという。


電磁嵐の影響を受けずにすむのは、オートマータのような優れた古代技術だけだった。そのオートマータに影響をおよぼしているのだから、よほどのことが起こったのは確かと言えるだろう。


「ほかのみんなも埋まっている可能性は?」


「限りなく低いですが、ないとは言えません」


とはいえ、見ている限りそういった者がいるような気配はない。


戦線から遠く離れていたユシュエルですらこうなのだから、もっと距離が近かったものたちがどうなったかは言うまでもなく。手当たり次第に掘り返してみればいつか見つかるかもしれないが、砂漠の中の一粒の真珠を捜すようなものだろう。


そもそも見つけたとしても、遠く離れた基地に戻らない限り応急手当しかできない。


そして、ここにとどまっていれば、いつまたあの攻撃にさらされるか分からない。


ユシュエルは決断を下した。


「――オートマータ、おれたちは陣地まで撤退する」


「了解しました」

電磁嵐:太陽フレアによる磁気嵐ではなく、この世界独特のもの。とくに電子機器に影響を及ぼす。

人工皮膚:人間の細胞のようにある程度の自己再生能力を持つ。ただし再生機能を上回る頻度、または躯体内部におよぶほどの深度のけがをした場合、修復はおこなわれない。

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