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準備

「っく!!」


強い力で弾き飛ばされた勢いを剣を床に突き立てることで相殺し、ユシュエルは体勢を立て直す。


と同時に大きく踏み込み、斬り返される前に相手を薙ぎ払った。


剣が澄んだ音をたてて転がり、模擬戦闘用機械兵ががくりと力なく崩れる。最後の一体だった。


「――お見事です、マスター」


調整制御室から拡声器を通って練兵場に流れてくる黎明の声に、ユシュエルは剣をおさめ、片手をあげることで応えた。


巨人の保管場所が判明した日、ラウルたちは準備が整うまでしばらく待ってほしいと言い、ユシュエルは承諾した。しかし、そのあいだ何もせずただ待つつもりはなかった。彼らからホロノスの地勢を学び、そこで待ち受けるであろう危険や脅威について備えた。


今、おこなっている訓練もその一つだった。


辺りには、黎明により限界値まで能力を調整された機械兵数十体が、半壊の状態で静かに躯をさらしている。


黎明といっしょならば、英傑を相手にでもしない限りこのような対複数の戦闘であっても簡単に勝利することができるだろう。だが、人形の力だよりではいずれ行き詰まるときが来る。それは戦場での死を意味する。ああは言ったが、黎明は条項がゆえに万が一のときにはまたユシュエルの盾になろうとするはずだ。それだけは避けたかった。


ならば、とるべき道はひとつしかない。ユシュエル自身が強く、賢くなることだ。


「どう思った?」


こめかみから滴る汗を甲でぬぐい、制御室から降りてきた黎明にさっそく尋ねる。


訓練では毎回反省点と改善点を挙げて次に活かすようにしている。ユシュエル自身も戦っている最中に幾つか問題点を見つけてはいたが、終了後は黎明にもこうして意見を求めるのがつねだった。そして黎明の答えはいつも的確で、たいへん参考になるものであった。


「そうですね……」


黎明は周囲を見回すと、ユシュエルも同じく感じていた妥当な部分を指摘し、それからと付け加え、足元に穿たれた穴を指でたどる。それはさきほどユシュエルが剣を突き立て、開けたものだった。


「ホロノスは岩盤がひじょうに硬いです。マスターの先ほどの回避は成功しましたが、山中ではおそらく通じない手でしょう」


「そうだった……」


納得の指摘だ。ラウルからも、ホロノス周辺はその岩質の特性ゆえに開削の計画も早々に頓挫したと話に聞いている。


たしかにここがかの地であったならば、ジュリウスのような膂力ならともかく、とっさの回避行動によるユシュエルの力程度では刃は地にはじかれ、立て直すどころかさらなる醜態をさらしていたに違いない。


「気を付けておくことがまた増えたな」


ユシュエルはため息とともに呟いた。


「……そういえば」


ユシュエルの視線に気が付き、黎明が首をかしげる。


「いかがなさいましたか?」


「よく飛び出してこなかったな、と」


今日は一気に数を増やしたせいで手間取り、さきほどの場面以外にも訓練中、なんどかヒヤリとする機会があった。戦闘兵が緊急停止するか、黎明が割って入るかもしれないとその都度思ったが、横やりが入ることもなく訓練を終えられたことを今頃になって思いだしたのだ。


とたんに心外だとでもいうように、黎明がこぶしを握って抗議する。


「マスターが手を出さないようにと厳命されたのではないですか!!」


「それはそうだが……」


命令の遂行はマスターの保護の下位にある。ユシュエルが何といおうとも、結局のところ手を出してくるだろうと考えていたのだ。


――黎明は、条項に縛られたただの≪人形≫だから。


誹りではなく、たんなる事実であるだけなのに、なぜだかそう説明するのは憚られて、ユシュエルは言葉を濁す。


しかし理解がまったく及ばずとも、黎明が待機したのは事実であるし、当の本人が特に問題にしていないのだ。おそらく、焦っていたのは自分だけで、黎明から見たら緊急性を感じる状況ではなかったというだけのことなのだろう。そうユシュエルは自分を納得させた。


そこに、いつもの頼りない雰囲気を漂わせ、ワルズがいかにもふたりを探していたといった様子で入ってくる。


「探しましたよ。おふたりに先日の結果をお知らせしようと思いまして……」


言いながら、まったく受けた覚えのない検査の数字とグラフが浮かび上がった画面を見せる。それから、意味深に付け加えた。


「詳細もお伝えしたいので、前と同じ場所で説明をしたいのですが、今からお時間かまいませんか?」






「お~い、ユシュエル! こっちだ!」


以前ラウルと取引した場所で待っていたのは、ステーだった。


ユシュエルを認め、草をかき分け、急いでやってこようとしている。擬態だろうか。葉や枝やらが体のあちこちにつけられて、ステーの全身は緑と茶のまだらに染まっていた。


「ラウルは忙しくて、俺が代わりに来た」


小走りにユシュエルの前まで来ると立ち止まり、ステーはそう説明した。それから一枚の紙片を差し出し、


「これが、ラウルから頼まれた情報だ。悪いがこの場で見て覚えてくれ。終わったら燃やすよう言われてる」


ステーから渡された手紙をユシュエルは黎明と一緒に覗き込み、目を通す。


そこにはラウルらしい癖のない読みやすい文字で決行日時や場所、山脈への道程などが詳しく書かれていて、ユシュエルは驚きに目を見張った。


ラウルが知らせてきたホロノス攻略のルートは、予想していたよりも過酷なものだった。考えうる中で最も険しいものと言ってもいいだろう。


「兵装の見直しをしてきます」


黎明も同じ考えだったのだろう。そう言い、すぐに基地へと踵を返す。


「おう、よろしくな」


ステーは言いながら、ごく自然に黎明に手を伸ばし、人間とほぼ変わらない感触の頭を撫でた。あたかも、親の手伝いを張りきる子を労うかのごとく。


黎明は外見通りの子ども扱いをするステーを呆れた目でもってみつめたが、関係の悪化を懸念してか結局何も言わずに去っていった。


「……ステーは子どもがいるのか?」


黎明を見送ったあと、ユシュエルは思わずそう問うた。ステーの動作があまりにも手慣れていて自然だったからだ。


とたんに目の前の男は嫌な顔をする。


「俺がそんなにモテるように見えるか?」


真顔で左手を掲げ、甲を見せる。


指輪の有無を知らせたのだろう。当然ながら光るものはない。


「俺たちは島の未来のために戦ってるが、結婚しているやつや家庭を持っているやつは参加できない。ラウルが決めた。この戦いが終わるまで俺も所帯を持つつもりはない」


“つもり”もなにも、モテないのならまず相手がいないのでは。という野暮な突っ込みが口をついて出そうになったのを、ユシュエルはかろうじて抑えた。


そんなユシュエルに気が付くことなくステーはニッと笑い、


「かわりといっちゃなんだが、島の子ども全員が、守るべき俺の子どもも同然だ!」


気取ったように言ってみせる。


しばらくそのままのポーズで待ち、対して何の反応も示さないユシュエルを見やって慌てて、


「ほら、俺が言ってる意味、分かるだろ?」


と問う。


分からない、とユシュエルは言いたかった。


実際にその感覚は理解できなかった。


自分が産んだ子すら捨てる人間がいる一方で、何の血の繋がりもない子どもを自分の子同然だと言い切る人間がいるのが不思議でならなかった。


そういう気持ちはどこから来るのだろう。


もしかしてオートマータの保護欲のように、人間の本能ともいうべき生命機構の中に組み込まれているのだろうか。ユシュエルの母親はそれが機能していなくて、ユシュエルを捨てたのだろうか。となると自分もまた、壊れているのだろうか。


だから黎明に何をすればよいのかわからず、ステーの言うことも一切理解できないのだろうか。


「どうした? 子育てで悩んでるのか?」


黙ったままのユシュエルを見て、ステーは黎明が去っていったほうに目をやる。


ユシュエルが否定する前に続けて、


「なら、ラウルに訊いてみたらどうだ?」


「あいつには子どもがいるのか?」


「いや。ただ、年の離れた幼い弟や妹がいたから、子どもの扱いには長けてる。相談に乗ってくれると思うぞ」


面倒見のよさそうなラウルらしい家族構成だと、ユシュエルも思った。しかし、別に悩んでいるわけでもないし、相談して解決したいものでもない。


なんでもない、とユシュエルは首を横に振り、


「引き留めて悪かった。ラウルには了解したと伝えておいてくれ。指定の日時に合流する」


そう伝え、ユシュエルもこの場をあとにしようとした。それを今度はステーが引き留める。


「な、なあ、ユシュエル……」


さっきまでの得意げな雰囲気はなりを潜め、急に気持ち悪いほどに落ち着かずもじもじとし、少しだけ気まずそうに話しかけてきた。


「ラウルが話したんだろ? あの最初の日に俺が襲ったことも仕組まれたことだったって……」


「ああ」


「それなのに、ラウルから聞いたよ。俺たちを手伝ってくれるんだってな……」


「ああ」


まったくの善意からなる行動ではないのだが、他に言いようがなかったのでうなずいた。


ステーの様子を見るに、ラウルはユシュエルたちが反感を買って動きにくくならないよう、嘘はつかずとも全てを正直に話すことはなく協力者だと巧みに説明したのだろう。


「その……悪かった」


「なにがだ?」


「最初に会ったとき、お前にいろいろ言っただろ。だから……」


みなまで聞かずとも、ステーの言いたいことが何となくわかってユシュエルはため息をつきたくなった。


ラウルは演技だと言っていたが、あの出会った際のステーの憎しみは本物だった。たぶんラウルは、わだかまりが残らないようユシュエルとステーの両方に気を遣って、すべてが芝居だったと話したのだろう。それを伝えてもいるはずだ。


しかし、ステーの良心は偽ったままにはできずに今、蒸し返し、謝ろうとしている。


「……島で育つとみなこうなるのか?」


「どういう意味だ?」


ユシュエルの問いにステーが呆けた顔をさらし、首をかしげる。


それとも自然の中で育つとこうなるのだろうか。


ラウルといい、それぞれの立場があるのだから謝罪など不要だ。出会いの場に関して、不愉快であったことも尾を引くようなことも何ひとつない。


まぎれもない本心でもって伝えるとステーは目を潤ませ、無垢な乙女のような顔でユシュエルを見つめ、もういちど深々と頭を下げた。


「峡谷のときもそうだったけど、ありがとな。それから、その、俺が言えた義理じゃないが、ラウルを許してやってくれ。あいつは……」


そこでいったん言葉を探すように黙り込み、やがて、


「いや、なんでもない」


そう言って、口にしかけた言葉を濁す。自分が言うべきことではないのだと態度が物語っていた。


ステーの口ごもったさまに、やはりラウルにはまだ何か秘密にしているものがあるのだと、ユシュエルはあらためて思った。


ラウルが言った“見てもらいたいもの”にも関係しているのだろうか。巨人のところに行けばおのずとわかると言い、ラウルはあの場でそれ以上の説明は拒んだが。


ホロノスでどのような企みが待ち受けているのだろうか。自分はそこで何を知ることになるのだろうか。


「……いよいよだな」


ユシュエルははるか遠く山脈の方角を見やり、これから起こるであろうことについて思いを馳せた。

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