キュテジーヌにて_新たな任務
谷底で無事に隊と合流した数日後、ユシュエルたちはキュテジーヌに再び戻ってきた。
上官に報告を入れると、ほどなくしてユシュエルはふたたび作戦会議室に呼び出される。並んでいる顔ぶれは以前と同じく。しかし、前回とは異なり、今回の空気には最初から重圧感があった。
漂うものの中に、脅しのようなものが混じっているのをユシュエルは肌で感じた。
「ユシュエル隊員、調査報告ご苦労であった」
労をねぎらう言葉を発したのもまた前と同じ司令だ。
「帝国の新兵器の情報、これは我々にとっても大変重要である。君はそれを確認し、我々にもたらした。この報告書に書かれていることに相違はないかね」
相違なし、と答えると司令は仰々しくため息をつき、
「しかし、残念なことに報告にあった場所の記録装置などは全て持ち去られており、得られたものは大変少ない。我々は現在この島で判明している帝国の34の施設のうち、16か所を掌握したが、そこにはもちろん、残りの施設にも巨人は保管されていないことを把握している」
報告書が上がったばかりにしてはずいぶんと手際がいいことだ、とユシュエルは口には出さずに呟いた。
「おそらく、我々の想像が及びもつかないような場所……峡谷にあるような、施設とは一見分からないような場所に保管されているのだろう。――そこでだ、次の任務を命ずる」
はいとだけ答えて、ユシュエルは傾聴している姿勢をみせる。
「巨人のありかを探り出すのだ。あれは我が国にとってはもちろん、大陸にとっても多大なる脅威である。大陸法を無視する帝国に、これ以上自国でもない場所を蹂躙させるわけにはいかない」
「ひとつよろしいでしょうか」
「発言を許可する」
「島の住民を支援することに徹してはどうでしょうか。彼らは島を帝国から取り戻したがっている。ならば、我々が行きつく先は同じもののはずです」
「それはできない。すでに戦争は二国間の問題だけではなくなっており、彼らは我々をも敵として視野に入れている」
その言い分は一理あった。
あの出会った時の、ステーの憎々しげな声がユシュエルの記憶によみがえる。ユシュエルは行きがかり上、2度も彼らを助けた。だから、今でこそユシュエル自身は彼らにある程度は認められているが、それが共和国全体への敵意や悪感情へも大きく影響をおよぼしたとは言い難い。
そもそもこの案が受け入れられるとは端からユシュエルも思ってはいなかったが。
「だが、彼らはこの島を知り尽くしている。おそらく、我々よりも帝国の施設についても詳しいだろう。ユシュエル隊員、君は彼らに協力したことにより我々ほど警戒されてはいないようだ。それを利用し、奴らに近づけ。信用させろ。情報を引き出すのだ」
簡単に言ってくれる、とユシュエルはつきそうになったため息を何とか堪えた。
ユシュエルは戦うのはともかく、諜報員には自分は全く向いていないことが分かっていた。
他人がそばにいることはユシュエルの過去では要警戒を意味していた。生きるうえで学んだことのひとつだ。
つねに距離をとること。人から、ものごとから。そうすることで厄介ごとに巻き込まれずにすみ、今まで生きてこられた。
そうやって人とかかわってこなかったために、心の機微や駆け引きといったにおいを感じ取るのがとことん苦手なのだ。自分のことですらわからないのに、他人の心をどうやって読めというのか。
当意即妙な対応や手練手管に長けている人物に割り振るべきで、少なくとも自分は全く当てはまらない。
だが、今この場でそれを訴えたところで聞き入れてもらえる可能性はゼロだ。
命令の重要性を説くように司令以外からもつぎつぎに重々しい声が響く。
「巨人を手に入れろ。我々は戦争を終わらせなければならない」
「君の手で戦争を終わらせるのだ」
「祖国のために」
ユシュエルの背後で扉が閉まる。
帝国に憎しみがあるわけでも、特に愛国心にあふれているわけでもないユシュエルにとって、国のためになど何の意味もなかった。家族も親しい知り合いもいない。情も思い入れもない。学のない浮浪児であっても食いっぱぐれないという点で、また除隊したのちも身分と経歴が手に入り食いっぱぐれないで済むという点で選んだだけの道。立身出世の欲もなく、野心もない。
だからこそ、冷静に観察できたのかもしれない。
誰もが何かを――上層部もまた何かを隠している。まだ何もつかめてはいないが、ユシュエルにもそれだけは分かった。
「――で、どこに行けばいいんだ?」
命令は受けたものの、ユシュエルは早速状況に行き詰まる。いつも接触を図るのは向こうからだったために、ラウルたちに再会する方法が分からないのだ。
「峡谷か、最初に出会った山間部あたりをうろうろしてみるべきなのか」
考えつつ、ユシュエルは作戦会議室を出たあと、まっすぐ医療室へと向かった。帰ってから受けた、ユシュエルと黎明の検査結果をききに行くためだ。
「そこの兵士!」
突き当りの角を曲がれば、というところでふいに後ろから声をかけられた。振り向くと一人の男が立っていた。
「落としましたよ」
追いつこうと駆け寄ってくる様子もなく、男の歩調は一定で変化せず歩いてやってくる。早く用を済ませたかったらお前が走ってこいといった感じだ。
細いフレームの眼鏡をかけた中年の細面の男だった。
一寸の乱れもなく髪を後ろに綺麗に梳り、指の先まで手入れが行き届いているさまは神経質そうで、軍服を着てこそいるが、背広組の人間だとユシュエルには分かった。外見とともに、男の物腰もそう語っていた。
だが作戦会議室にはいなかった顔だ。将校だと思われるものの、ここからではちょうど隠れていて階級章が見えない。
落し物として手に押し付けられたのは、鉛色をした古いライターだった。表面がでこぼことしていて銃弾を受けた痕がある。
「おれのではありません。おれは煙草を吸わないので」
受け取りを拒否すると、男は不愉快そうに眉をひそめた。近づいて初めて男の顎にうっすらと傷痕がのこっているのに気がつく。
「おれが拾得物の届けを出しておきましょうか?」
「いえ、こちらで提出しておきます。それよりも……もしや、貴官はナーズ戦線で生き残って汎用とリンクしたというあの新兵ですか?」
まじまじと見つめてくる顔に、そうだ、とうなずくと急に男は好奇心をあらわにし、眼鏡の位置を指でそっと直すとユシュエルに握手を求めてきた。
「一度会ってみたかったんです。どういう人間なのだろう、と。ふむ、想像していたよりも若く、小柄ですね――ああ、失礼。英傑と出会って生き残ったのですから、見た目で決めつけるべきではありませんでした。あの皆殺しの怪物と渡りうる兵が、我が国にいるとは思ってもいませんでしたよ。心的外傷の問題もなさそうですね。やはり、身も心もお国のために捧げようという強い意思ですか?」
そんな御大層な理由ではない。
ユシュエルだって死にたくはないし、恐怖心だって人並みにはもちあわせている。こちらを殺そうとしてくる相手を殺すことを躊躇うほど、お人よしでもない。
ただ、殺す以上、殺される覚悟はいつだってしていた。
殺されても相手を恨むつもりはないし、自分の人生を嘆くつもりもない。自分の生も死も誰かの手に預けはしないし、誰かの責任にする気もない。
それだけだった。
それに何と言っても貧民窟にいたのだ。死は身近なものであり、死体はいつも自分がたどったかもしれない運命の形そのものだった。慣れている。蛆にたかられたものも、蠅にすら見向きもされなくなったものも、溶けたものも。
そうでなければ、食べる手段に戦場を選びなどしない。
「運が良かっただけです――申し訳ありませんが、急いでいます。用がないのでしたら、これで……」
言葉ほどには男の目は笑っていない。むしろ視線は冷ややかで、こちらを値踏みしているようだった。
なんとなくその雰囲気が気に入らず、ユシュエルは言葉を濁し会話をきり上げようとした。
渋るかと思いきや、あっさりと男は引き下がる。踵を返し、今来た通路を戻っていった。やはり一定の歩調で。
その途中、男は振り返らず、肩越しにライターを手の中でもてあそびながら言った。
「ああ、思いだしました。こちら、わたしの物でした。最近物忘れがひどいようでして、失礼」
医療検査室の前で予約番号を打ち込み、指を読み取り機にかざすと扉の上の小さな灯りが緑にかわり、入室の許可が下りたのがわかった。室内に足を踏み入れれば、奥の検査室へと続く扉の向こうから声が漏れ聞こえてくる。
どうやら、すでにワルズの元に黎明が結果を聞きに来ていたようだ。
基地に戻れば、機密情報などの保持のため集音器は人と同等まで可聴域を下げるように決まりがあり、黎明は扉が開いた音にも、入ってきたユシュエルの足音にも、気がつかなかったらしい。
黎明と言えば、ユシュエルは峡谷での彼の様子がずっと気にかかっていた。
あのときはがらにもなくオートマータの内面というものにまで考えを巡らせてしまったが、今となっては単純に英傑の攻撃によりどこかに不具合が起きてしまった可能性が高いように思えてきたからだ。
今回の検査で原因が見つかるといいんだが。
そんなことを考えながら、声をかけるタイミングを伺おうと、ユシュエルは聞こえてくる会話に耳を澄ます。
まず聞こえてきたのは医者の声だった。
「数値に特に問題はありません。交換した関節部も良好。英傑と一戦を交えたと聞いたときは躯体の半壊も覚悟していましたが、綺麗なものです。すごいですね」
「マスターのおかげです」
「はい、ききましたよ。あの英傑を退けたとか。情報を確認しましたが、おふたりは本当にすごいです。特にユシュエルさんは黎明さんを大事にされているみたいですね。いいひとがマスターで良かったですね。僕も嬉しいです。……中には、オートマータを自分の奴隷みたいに扱う人もいますから」
ワルズの声が最後に一瞬沈む。
人形は主には抗えず、身を守るための反撃も許されない。
たぶん、物のように粗雑に扱われてきたオートマータたちのことを思いだしたのだろう。人工皮膚を貼り直したことを、その程度では直らないほどの損傷を。
過剰な愛情を人形に抱くものがいる一方で、ユシュエルもまた、人形が人形使いに乱暴に扱われているのを何度も目にしてきている。
返す黎明の声もすこし沈んでいるように思えた。
「……いい人がマスターなのは本当に良いことなのでしょうか?」
「どうかしましたか?」
「ドクターワルズ、わたしについてではなく、マスターについてお聞きしたいことがあります」
「何でしょう?」
「マスターはご自身の命よりわたしの存在を優先させた。その順位の根拠が理解できないのです。マスターの行動はわたしの予測を超えてしまうのです。あれほど観測していたというのに、わたしは何を見逃してしまっているのでしょうか?」
考え込んでいるのかしばらくワルズの言葉が聞こえなくなる。やがて、おそらくですが、と前置きをし、
「ユシュエルさんは、利益や利己的な動機よりも理想や信念、感情を重要視する方なのでしょう」
「では、マスターの感情を教えてください。マスターは死を恐れませんでした。なぜですか? 死とは人にとって怖いものではないのですか? 理解できなければ、今後の判断に支障をきたす恐れがあります。マスターを危険にさらすことは基本原則に反します。わたしは急ぎ学ばねばなりません。わたしは……マスターを失いたくありません」
「僕は心理学者でも行動学者でもないのではっきりとは言えませんが、そうですね……死は、たいていの人には怖いものでしょうが、恐れない人も中にはいます。また脳の疾患によって感じ取ることができない人も。ユシュエルさんがそうだとは言いませんが。それに感情という概念を説明するのは難しいのです。体のどこを切り開いても心と魂の存在を証明できた医者はいない。しかし、脳内の活性物質と電気信号の出す結論と片付けるには、あまりに美しく複雑すぎる……青い色を知らない人に、空の青さを伝えられないようにね」
途端に黎明が反応する。その声は少し落ち込んでいるようにユシュエルには聞こえた。
「では、わたしには到底理解不可能ということですね。24万とんで77の部品しかないわたしには、数十兆の細胞からなる人の内を推測するにはあまりにも遠すぎます」
そうでしょうか。
そう言って、ワルズはやはり間をあけた。さきほどよりも長い間を。それはワルズが考え込んでいるというより、黎明に考える時間を与えていたようにユシュエルには思えた。
「僕はもう、あなたは青さを知っているように思います」
「……わたしが、ですか?」
「はい。ただ、それをそれと認識できていないだけで。黎明さん、あなたはさきほど、峡谷でラウルさんたちと会い、英傑と戦って以降、不快な電気信号がやまないと仰っていましたね。でしたら、今、不快に感じているその感覚を忘れないでください」
「この感覚を……? 故障ではないということですか?」
「念のためしばらく計測は続けますが、さっきも言ったとおり機器に問題はありませんよ。むしろ、それは人がもっているものに限りなく近いものなのかもしれません。――今の時代、簡単に人が人を騙し、裏切り、憎しみ合い、殺し合います。信じるという行為自体が難しく、またときに愚かな弱者の行為だと笑われてしまいます。兵としてユシュエルさんの行動は間違っていたのかもしれませんが、たいへんに尊いことなのだと僕は思っていますよ」
もう十分だろう。これ以上盗み聞きをするのは憚られて、ユシュエルは声をかけて部屋に足を踏み入れた。
「マスター!!」
慌てて隅で姿勢を正す医者とは対照的に、今の今までユシュエルのことを話していた気まずさなど微塵も意識しておらず、黎明はユシュエルの元へと駆け寄ってくる。
「黎明、検査結果はどうだった?」
「全く問題ないと報告をいただきました。すぐにでも任務にとりかかれます」
黎明は返事を待つあいだ、ユシュエルを真っ直ぐ見つづけている。
ユシュエルが見つめ返しても、人形は視線に居心地の悪さなどを感じないため当然のことながら逸らそうとはしない。
淡い青が一瞬だけ長いまつげに隠れて、すぐにふたたび姿を現す。
人間ほど頻繁ではないが、人形も瞬きをする。レンズの清掃にしても回数が多い。じっと見つめられるとなんとなく落ち着かなさを感じる人間の心理を考慮しての構造だと、ワルズは分析していた。
それが事実なら、戦争兵器に人間への配慮を組み入れるとは古代人もおかしなことをするものだ、と聞いたときにユシュエルは思ったのだった。
「それならよかった。とは言っても、任務はまだ少し先になる。ということで、部屋に先に戻っておれの食事の準備をしておいてほしい。食堂から、お前の考えた栄養の献立でかまわないから運んでおいてくれ。おれも自分の検査報告を確認してから戻る」
「好き嫌いなさいませんか? グロッチェも食べますか?」
「あれはいらな――わ、わかった」
黎明の目が一瞬だけ険しくなって、慌ててユシュエルは言い直す。
主から満足のいく回答を引き出し食堂に向かう黎明を、医者はあたたかに見える目で見送る。そうして向き直り、
「健気ですね。黎明さんは黎明さんなりにユシュエルさんのことを理解しようと一生懸命みたいですよ」
そう言って微笑む。その笑顔をユシュエルはじっと見つめた。
――もういいだろう。
万が一、黎明が何かを思いついて戻ってきた場合に備え、十二分に時間をおいてからユシュエルは扉がしっかりとしまっているか確かめ、声が外に漏れないよう、壁に設置された音声中和装置も作動させる。
それから腰の剣を抜いて、医者に向けた。
「あんたは何者だ?」
「ユシュエルさん?」
「さっきの会話だ。ラウルの名前をどこで知った?」
「あなたが前におっしゃいましたよ?」
「言っていない」
「忘れてしまっているだけじゃないですか?」
「二度も言わせるな」
「黎明さんだったかな……」
「あいつがそんなことを漏らすわけがない」
「……じゃあ、どなたか他の方がおっしゃったのでしょう。僕はこの軍のほとんどの方と接していますから――」
「あんたは自分を軍関係者ではないと言った。上層部がそんなものに簡単に軍の情報を話すと思うか?」
おかしいと思っていた。
峡谷でステーは、ユシュエルを待つべきだとラウルに言ったと口を滑らせた。つまり、ユシュエルがそこに行くのを知っていたということだ。
ユシュエルは隊ではなく、単独で行動していた。任務にあたり移動手段に燃料式車輛の使用許可も下りていたが、目立たないようすべて徒歩でおこなった。また、気を付けていたから後をつけてこられるようなこともなかった。
しかし、限定的任務とはいえ機密性の高いものではなく、おおまかな行動予定は事前に軍に申しでており、医療部にも携行医薬品の申請を出していた。漏れるとしたら、そこからしかないのだ。
「今すぐ報告してもいいんだぞ」
剣は向けたまま、身体を半歩だけ戸口に向ける。返答いかんによってはすみやかに行動に移せるように。
医者の目が距離を測るように扉とユシュエルのあいだを往復する。黙り込み、やがて、
「わかりました。ただ、上層部に報告する前に聞いていただけますか?」
敵意はないことを表すようにゆっくりとした動作でいすに座り、静かな声でユシュエルにも腰かけるよう促す。
「――……僕は、たしかに島の人間です。でも、軍を内側から崩壊させるためにいるのではないのです。本当に、僕は医療工学が学びたくて勉強していたんです。そうしたら、軍事力の役には立たない分野の人間でも少しは貢献しろと派遣されてしまって。ここは電磁嵐でしばしば機器が故障しますから、医者でもあり技術屋でもある僕は都合が良かったのだと思います。たいして身元を調べられることもなく……驚いているのはこっちのほうですよ。ただ、島のみなさんを助ける知識を学んで帰るだけのつもりだったのに……」
ワルズはそっとため息をつく。
ユシュエルは返事もせず、黙ってワルズの様子を観察しつづた。
一見しおらしく、ユシュエルに従っているかのように見えるが、油断はできない。軍の司令基地となる大きな施設でどうどうと働いていたのだ。もし少しでも怪しいそぶりを見せたり、心拍数などにでも現れたりしていれば、たちまち機械に見抜かれていただろう。それをかいくぐって今までやってきていたのだから、見た目よりもよほど肝が据わっているはずだった。
戦場には似つかわしくない頼りない外見も、こうなってくるとわざとなのかもしれないなとユシュエルは目の前の男の認識を改めた。
「安心してください。ユシュエルさんの数値は誤魔化してあります。上層部は調整もされていないような汎用型とのリンクを軽視しているようですが、僕に言わせればそんなことは愚かとしか言いようがない。あなたは今や限定同期域を大きく超え、完全同期も87%に達しています。あと42.7ガロで深度限界です。抑制剤もなしに。これは、とてつもないことなんですよ!」
次第にワルズの口調が最初に顔を合わせたときのように熱を帯び始める。
「リンクは神経を異物につなげるのと同じです。人間の身体はそれひとつが独自の世界のようなものです。完結しているんですよ。だから本来、他者を、異物を、受け付けない。なのにあなたは調整もなしに受け入れ、適応させた。いいですか? これは、人類の究極の形と言ってもいい。進化の先に、あなたはいるんです」
「進化論に興味はない」
ワルズはため息をついた。先ほどとは異なる失望のため息だった。
同志を求めていてた情熱の瞳がすっと冷えていくのが分かった。
「……僕になにをお望みですか」
「分かっているはずだ」
ユシュエルは有無を言わせぬ声で告げた。
「――ラウルと連絡を取れ」
グロッチェ:炭水化物と脂質をのぞいた、人間が生きていくのに必要とする栄養素を多分に含むかわりに苦味と青臭さが脳天を突き抜ける野菜。どう調理しても不味い。そのあまりの不味さに虫すら寄ってこないとの噂がある。
***
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年内の更新はこれが最後です。
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寒い日が続いておりますが、どうぞお体にお気をつけて、良いお年をお迎えください。




