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山田純子は反論したい!

 翌日である。日はすでにほぼ頂点にあり、命の光をさんさんと地上に届けていた。それは、俺の部屋のカーテンをも突き抜けて、まぶたを優しく刺激した。


「て、寝坊しとるやんけ」


 今起きた。ちょっとこれどういうこと? なんで誰も呼びに来てくれないのん? 俺っていらない子なん? 


「まあええわ。のんびり行こう」


 会社員時代にも、ままあった事態である。ここまで盛大に寝坊すると、かえって冷静になるし諦めの境地にも至る。会社からの着信履歴が鬼のように残っていても、もはやかけ直す気にもならない。こんな時に限って、朝ごはん、というかすでにお昼ごはんだが、をしっかり摂ってしまうのだ。


 そんな事を思い出しつつご飯を炊き、厚焼き玉子と海苔とみそ汁をちゃちゃっと用意し、ささっとかき込む。うまい。大遅刻した時のご飯って、なんでこんなにおいしいんだ。


 お腹が膨れたので歯を磨き、顔を洗って髭を剃り、トイレを済ませて制服に着替えた。うむ、ぴしっと決まっている。俺って自衛隊の制服似合うよな。


「良し出発」


 部屋を出た時には、起きてからもう1時間過ぎていた。自衛隊って遅刻した時どうなるのかな? やっぱり殴られるんだろか? いくら痛みに強い俺でも、今は流石にご遠慮したい。なぜなら、この前高嶺に砕かれた頬骨が、やっと元通りにくっついたところである。出来ればボディでお願いしよう。




「おはよう」


 本日の訓練予定はVRマシンによる戦闘シミュレーションだ。俺は駐屯地官舎の隣に建造された、真新しいビルの扉を開いた。ここが屋内訓練施設である。


「こら貴様あっ! 何度言ったら分かるのだ!」

「ひゃあっ! ごごご、ごめんなさいいい!」


 わざと遅れてきた風を装って入ったところで、いきなりの叱責だ。俺は反射的に頭を抱えて謝った。俺の演技、通用しなかったのか。くそう。


「何度言われても分かりません! 私、何も間違ってない!」

「え?」


 言い返しているのは、聞き慣れた高嶺の声だ。おそるおそる目を開けると、シミュレーターマシンの前で、高嶺が教官らしき男と睨み合っていた。怒られたのは、俺じゃなくて高嶺だったのか。ほっ。


「て、いやいやほっとしてる場合じゃねえ。あ、そこの君、あれはどうして喧嘩してるんだ? 何かあったのか?」


 俺は手近にいた女の子に問いかけた。訓練着だし、多分この子もアーミーアイドルだろ。


「ああ、高嶺さん、この前の討伐戦の復元シミュレートやらされてたんですけど、何度やっても同じ結果になるので、とうとう教官がキレたんです」

「そうか。ありがとう」

「いえ、どういたしまし……て、ひいっ!」

「ひいっ?」


 その子の説明は分かりやすかったが、俺を見て悲鳴を上げたのは分からない。なにその変質者に出会ったみたいな態度。目が怯えてるんですけど。


「どこが間違っていないんだ! 貴様は死んだ! 間違っているから死んだのだ!」


 海坊主のような風貌をした教官が、シミュレーターをがんと殴って怒鳴り散らした。あいつ、先月の討伐戦は不参加のはずだから、その前のやつの話か。俺が入院した日のやつ。


「でも、三人は助かりました! 私一人が死んでも、代わりに三人が生きてます! じゃあ教官は、三人見殺しにして、私だけが生き残れば良かったと、そう言うんですかっ!」


 やっぱり。しっかし、すっげえ怒ってんなあ、高嶺のやつ。普段アホ丸出しな分、余計に意外で怖く感じる。


「ハナぁ……」

「ハナちゃんっ……」

「ん?」


 か弱く高嶺の名を口にする声に気づいて振り返ると、訓練着姿の女の子が二人、手を取り合って震えていた。誰だろ?


「だが、一人死んだ! お前を含めて二人死んだって事だ! お前が救った三人は、そもそもディフェンサーだった! 敵の攻撃を受け止めて、アタッカーが攻撃する隙を作るのが役割だ! その役目を貴様は奪い、なおかつ戦闘不能に陥った! 死んだディフェンサーの作った隙に、貴様が敵を倒していれば、あとの二人は攻撃を受けずに済んだのだ! そしてお前も死なずに済んだ!」


 ん? 数が合ってないな? 死んだのは一人なのか、二人なのか? どっちだ?


「えっ……? 私を含めて、二人? ち、違います! 死んだのは、私だけっ」

「違うっ! 貴様が最初に庇った者は、死んでいる! しかも、蘇生は失敗した!」

「!!」


 教官が正しかったようだ。高嶺は、それを知らされていないのか。


「ミクちゃん! カコちゃん!」

「ひっ」

「うぅ」


 高嶺が手を取り合っていた二人に縋るような視線を送る。二人はびくりと肩を波打たせ、俯いた。


 二人も知っていたらしい。高嶺には言えなかったってところか。だいたい分かってきた。


「分かったか、高嶺!」


 教官が、高嶺の肩をがっしと掴んだ。


「貴様は、強い! だが、その力の使い方は、間違っているのだ! 仲間を見捨てるのが辛いのは、俺にだって分かっている! だが! それでも! 犠牲は出るし、それを無駄にしてはならんのだ! 貴様は、その力で、より多くの仲間を救えるはずだ! 誰一人死なせたくないからと、みんなを危険に晒してはならん! アタッカーは、より早く、より多くの敵を屠るのが役目なのだ! それが貴様の役割だ! より強き者の責務なのだ!」

「きょ、うかん……」


 教官は泣いていた。巌のようないかつい顔が、涙でべっとり濡れている。あの教官、特別危険外来生物どもが現れてから10余年、ずっとここで教鞭を執っていると聞いている。


 今までに、何度も何人も教え子を失ってきたのだろう。そんな事を教えなければならないのは、どれほど辛いことなのだろう。俺には、まだ想像しか出来ない。軽々に「分かる」などとは言えない重みを、彼の涙が示している。


 その時だ。


「いーや! 高嶺ハナは正しいね! 少なくとも、アーミーアイドルとしては正解だ!」

「ええ!?」


 俺の頭上高くから、歌うようにそう宣う美声が降り注いだ。


「誰だっ!」


 海坊主教官が見上げて叫ぶ。えー、なにこれわくわくする。こんな登場するやつ、ほとんど主人公じゃんか!


「わっはっは! 誰だとは存外な! 私こそは、この特務戦隊にその名の轟くNo.1プロデューサー!」


 えー! マジで! どんなやつ? どんなやつ! 見上げる俺の目は、きっとお星様がキラキラと輝いていたに違いない。


「私こそが、山田!」


 山田? 名字、ちょっとダサくない? いや名前に期待!


「山田純子ニ尉であーる!」


 名前もダセえ! 俺の期待を返してくれ!




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