逃げられましたね!
「なあんだ。日下部みのりの居場所、君たちも知らないのかあ」
「は?」
「なんだと?」
少年は目を覚ましていた。少年は不遜にもテーブルに腰掛け、足を組んで俺たちを見ている。
「でも、ま、なんとなく分かるかな。じゃあ僕、もう用が無いから失礼するね」
少年はそう言うと、ドアノブに手をかけた。て、え? 速くないか? 俺には、消えたように見えたぞ!
「待て。そちらは用が済んだかも知れんが、こちらはまだだ。もう少し話をしていかんかね? どうせ暇なのだろう?」
山南陸将補は、少年に背を向けたままだ。その手には端末があり、何かを操作していた。
「どうせ暇だろうなんて失礼だなあ。僕だって忙しいんだよ。ほら、日下部みのりを見つけ出して、殺さなくっちゃならないからね」
「な、なに、言ってんだよ、お前? 殺すとか、子どもが言っちゃいけないぜ」
「ああ? 何だよお前?」
「うぐっ!」
少年に睨まれた俺は、その場に膝をついた。なんだ、この、圧力、は? 心臓が、くる、しい!
「これ、は、しつ、れい。俺は、特務戦隊、管理、官。アーミーアイドルの、プロデューサー、だ」
状況が全く把握出来なかったが、山南陸将補が足止めしたいのは何となく分かる。だから、俺も精一杯助力したいが……、これくらいが、限界、だ。
「へえ? お前が、あの馬鹿みたいな事をさせているやつなんだ? あっはははははは! 思った通り、とんだ間抜け面してるね! あはははははは!」
どうやら俺は、少年のお気に召したようだ。大変面白がってもらえたようで光栄だよ。だが。
「ふふ。俺もそう思うから否定はしない。が、お前、ここからどうやって逃げるんだ?」
「はあ? 逃げる?」
「この部屋のすぐ外には、特務戦隊のトップ隊員が2名、待機しているんだぜ? 鬼ごっこするにはつまらない相手だけど、僕ちゃんは癇癪起こしたりしないかな?」
めっちゃ怖いが、思い切り煽ってみた。こういう挑発は、ゲームなら頑丈な前衛タンクがやるんだけどなあ。俺みたいな防御力が紙なやつでは、完全に自殺行為だ。
「ふん、馬鹿め。装備も無いのに、あんなやつらが僕の相手になるものか。それと、僕は逃げるわけじゃない。用が無いから帰るんだ」
「ぐああっ!」
うおおおお、心臓が、握り潰されそうだ! なんだ、これ? どうして、こうなるんだ!
隣にいる山南陸将補は、端末を操作する指が画面寸前で止まっていた。あれから全く動いていない。これは、どういうことなんだ?
「勘違いするなよ、そこの馬鹿。僕は帰るんだよ。お前たちでは、この僕を止められない。それは、外の二人も同じさ」
「へえ、……、そりゃ、また、どうしてなんだい? 飴をあげるから、お兄ちゃんに教えてくれないかな、坊や?」
「お前っ!」
「ぐうあああああああ!」
心臓への圧力がまた増した。あがああああ、い、痛いっ……! いくら俺が痛みに強くても、心臓に直でってのは、さすがにキツいっ……! しかも、体が動かない。倒れる事すら出来ないのかよ。
「ははっ、根性のある馬鹿だなあ。これだけ心臓に負荷をかけて気絶しなかったやつなんて初めてだよ」
ドアに向かっていた少年が、くるりと向きを変えて俺の方に歩いて来る。ゆっくり、ゆっくりと、俺にとってはもはや悪魔にしか見えない少年がやって来る。
「いいかい? 僕らにだって、知恵はある。用が無ければすぐに去るのは、余計な情報を与えない為さ。そして、出来れば穏便に済ませたいとも思ってる。なぜなら、君たち“人間“を本気にさせるのは、大変都合が悪いから」
「ぜひゅー、ぜ、ひゅー」
せっかく答えてもらっても、今の俺はとても返事が出来る感じじゃない。いろんなとこの血液が不足してて、今にも死にそうになってるからな。特に、脳はまずい。
「そっちのオジサンはもう気絶しているから、君に話しておくけれど、僕たちは平和主義者で、争いを好まない。このままそっとしておいてくれれば、何もするつもりはないんだ。そう伝えておいてくれ」
山南陸将補、気絶しているのか。だろうな。この痛み、普通の人間なら耐えられるようなもんじゃない。なにしろ、心臓が鷲掴みにされているような感覚なんだ。どんな屈強な自衛隊員でも、こんな訓練は受けていないことだろう。
「そと、の、二人、にも、こんなのが、通用、する、と、思う、なよ」
俺はやっとのことでそれだけ言った。なぜ日下部みのりを狙うのかとか、お前は一体何者なのか、とか、聞きたい事は山ほどあるが、とてもそんな込み入った質問は出来ない。くそっ。
「ああ、そうかもね。でも、そんなの心配無いよ。なにしろ、外の二人は、そこの偉いオジサンが動けないようにしてくれているんだからさ」
「な、なん、だと?」
何を言っているんだ、この少年は? ……まさか、さっきの山南陸将補の命令か? いや、そんな事はあり得ない。あの二人が、単独で部屋から出てきた少年を不審に思わないはずが無いし、だから、必ず拘束してくれるはずだ。
「もうそこの偉いオジサンには知られているから、君にも名乗っておこうかな。頼みごとをしたからには、それくらいしないと失礼だよね。うん、人間なら、きっとこう考えるよ」
少年はまたドアに向かったが、その手前でピタリと立ち止まると、そうひとり言して振り返った。
「僕の名は藍染。藍染レイっていうんだ。僕の存在って最重要国家機密らしいから、みんなには内緒だよ」
「藍染、レイ……」
俺はその名を胸に刻んだ。待てよ。藍染レイ。この名前は、まるで!
「それじゃあね、さよなら。もう、二度と会わないと思うけど」
無邪気な笑顔で手を振る藍染レイを見送ると、俺の視界が暗闇に落ちていった。
「さてと。あとは、遠山くん、か」
薄れゆく意識の中、俺ははっきりと聞き取った。




