ナマハゲですね!
俺たちはテレビ局を出て駐屯地に帰還した。もうすっかり夜である。てか深夜。帰還後すぐ、公営テレビ局の生放送で前代未聞の放送事故を引き起こした俺と高嶺、大藪は、それはもう強引に特務戦隊本部会議室に引きずり込まれましたとさ。
壇上に並ぶ俺たちから見えるのは、会議机にずらりと居並ぶ隊員たち、そしてそれぞれのプロデューサーたちで、圧巻の景色である。
そんな皆の表情は、一様に険しかった。これから始まるのは、おそらく魔女裁判なのだろう。緊急討伐戦後のワッショイワッショイお祭り騒ぎが嘘のような緊張感だ。さて、火炙りにされるの、だーれだっ? やっぱ俺かなー?
「あのねえ、あんたたち。本当に、何してくれてんの? ねえ、本当にさ、ねえ、ねえ?」
その景色の中から一人だけ抜け出して俺たちの前に立つのは、No.1プロデューサーの山田純子だ。腰に手を当て怒り狂う彼女は、もはや語彙力を失っている。まあ、こいつは元々語彙力乏しいんですけどね。
「待て山田。いや、山田ニ尉。言っておくが、俺には何の不手際も無かった。悪いのは高嶺だ。間違いない」
ここは先制攻撃だ。初撃で最大火力を放ち、一気に論調を制してやる。これが俺の戦略だ。罪は人に擦り付け、手柄は人から横取りする。それが俺の生き方だ。うーん、ハードボイルド。
「えーっ! なんで私のせいになるの!? 悪いのは痴漢ばっかしてる准尉じゃん! 普段からの行いが清ければ、私だって何も言えなかったでしょ!」
「痴漢ばっかしてるとか言うな! 俺が性犯罪者みたいだろ!」
「みたいじゃなくて、本当じゃん! この前も、聖子さんの胸の谷間を上から覗き込んでたし!」
「わーっ! ちょお、言うなよ! しょうがないだろ、王子准尉の胸、いつもパッツンパッツンで、シャツがはち切れそうになってんだもんよ! なら見るだろ普通、男なら!」
「そんな事無いよ! カコちゃんのプロデューサーの武藤さんなんて、聖子さんと話す時、いっつも真っ赤になって俯いてるもん! じゃあ何? 武藤さんは男じゃないの? 違うよ! 准尉が変態だからだよ! 変態准尉だからだよ!」
「はっ、これだからお子ちゃまは! 武藤准尉だって男の子、てか男のムスメと書いて男の娘だ! あんな可愛い顔してても、おっぱいに興味無いはずないだろうが! 良く見てみろ! 武藤准尉も、顔を伏せてると見せかけて、チラチラチラチラ、横目で王子准尉のおっぱい見てんだよ! ちゃんと観察しとけよ馬鹿が!」
「あーっ、馬鹿って、馬鹿って言った! なんで私が変態准尉なんかに馬鹿なんて言われるの? 悔しいーっ!」
「お前だって変態呼ばわりしただろが! 馬鹿に変態って言われる方が悔しいね! へへーん、俺の勝ちい!」
「今って私が負けたの!?」
全く、これだから処女のガキは! 男ってもんが分かってねえ! 童貞の俺が女心を知らんのと同じだと、なぜ分からんのか! てか高嶺、処女だよね? べ、別に、どっちだっていいけどさ!
「えーっ! ちょっと待ってちょっと待って! なんで私の胸の話になってるの!」
俺たちの罵り合いを聞いていた王子聖子が、机をバンと叩いて立ち上がった。拍子にぷるんと揺れる王子聖子の胸に会議室中の視線が注がれたが、何人かは「なるほど」「無理もない」と納得していた。ほらな。こいつらは俺の仲間だ。
「うわあ、准尉! ぼ、僕、そんなチラチラなんて見てませんよお! お願いだから、巻き込まないで下さいぃ!」
わっと顔を覆ったのは、音無カコのプロデューサー、武藤晶だ。その辺の美少女など相手にならないほどの可愛らしい容姿を持つ武藤晶は、そんな自覚がまるで無い。過去に何人もの男から告白されたって言ってたのに、自分がカワイイってなんで気づかないのんキミ? そこもいい。
「おいいいい! お前ら、いい加減にしろおおおお! 今夜の議題は、このアホどもが引き起こした特務戦隊未曾有の危機を、どう乗り越えるかって話だろおおおお! あの放送で、我々が批判や苦情、誹謗中傷に晒されるのは確実なんだ! 下手をすると、我々のアイドル活動は停止させられるのかも知れない! そうなったら、討伐戦は地獄になるんだぞおおおお!」
髪を振り乱した山田純子が、だんだんと床を踏む。なんかナマハゲみたいになってる山田純子を見て、会議室は幾分静けさを取り戻した。悪い子は食べられちゃいそうな勢いだしな。そりゃ黙るわ。
「ふうううう。全く、皆がドームからいなくなって、私がどれほど苦労したか。たった二人、命懸けで緊急討伐戦をこなした高嶺と大藪はもちろん偉いが、ドームに残ってなんとかコンサートを形にした隊員たちも、同じくらい偉いのだ」
会議室が今度こそしんと静まり返った。そう、あの緊急討伐戦により大多数のアーミーアイドルが欠けたドームでも、凄まじい戦いがあったのだ。それを取り仕切ったのが山田純子なのである。
ヘリに乗れず、或いは乗らず、ドームに残った隊員はたったの6名。その6名の持ち歌と全員参加曲を回す事でなんとか予定時間を使い切るのみならず、その場のアドリブ演出で観客を大満足させたのだ。結果、払い戻しも発生せず、ドーム利用契約に抵触するのも回避した。だから、莫大な違約金も発生しなかった。これは素晴らしい成果だろう。
まあ、そんな損害が発生してても、あの馬渕司令なら、全部戦車隊に請求するだろうけどな。しかし、それでお金の問題をクリア出来ても、アーミーアイドルが失った信用は取り戻せなかっただろう。山田純子は、それを回避した大功労者。こいつはマジで有能だよね。
「聞きましたよ、山田ニ尉。ドームでの活躍、まるで阿修羅のようだった、と」
つまり、山田純子のプロデューサーとしての手腕は、やはり天才的だったのだ。俺はそれを改めて思い知る。俺なら絶対に無理だった。
だってさ、楽曲のセットリストも全部その場で一から作り直して、バックバンドや照明、音響も合わせて調整、それを時間通りにこなして進行させるなんて、もはや神業。ライブ配信や発売予定の円盤まで考慮に入れる必要もあるから、カメラマンとのすり合わせだってやらなきゃなんだ。それら全部、同時進行するんだぜ。俺なら頭爆発してるはず。
「そこで、だ。この場を借りて、この6名にも是非感謝を込めて拍手喝采を贈って欲しい。6名、壇上へ」
「はい」
山田純子が手招きすると、6名の隊員が起立した。そして、一列になって壇上に登ると、俺たちの前に並び立つ。ふむ? 随分と統率のとれたやつらだが?
「全員、拍手!」
山田純子が手を叩いた。それを合図に、皆も一斉に手を叩く。もちろん俺も高嶺も、そして大藪も手を叩いた。万雷の拍手が、6名の隊員に降り注ぐ。
「喜多嶋一曹。何か言うことはあるか?」
ひとしきり拍手が続いたところで、山田純子が真ん中の隊員に呼びかけた。切れ長の目が冷たく映る、黒髪長髪の大和撫子。俺が喜多嶋に抱いたのは、そんな印象だった。
喜多嶋は、こくりと頷くと前に出た。そして。
「次のセンターは、私。喜多嶋ユリが務めるわ」
至極真面目な顔で、そう言い放った。
「ほほう」
その喜多嶋の後ろで、高嶺がにやりと微笑んだ。
何その「私がいるのに」みたいな顔? お前、関係無いやろ。ドームにも出られなかったやん。
「はわあ。喜多嶋一曹、雅羅沙曹長の補佐してて、戦隊のNo.2なのに……、この上、遠山くんのセンターまで奪うつもりなんだ……凄いなぁ……」
俺の横で、大藪ミクが呟いた。
「…………」
静かに座す遠山真也は反応しない。
「え? え? 喜多嶋一曹? センターやるの? やりたいの? あ、それはちょっと、困るってゆーか」
喜多嶋ユリの想定外の言葉に、山田純子だけが狼狽えていた。そやな。遠山真也のプロデューサーとしては困るわな。
何か言うことあるか? なんて、振らなきゃ良かったのに。山田純子の目は、やはり節穴だと思いました。……て、あれ? 喜多嶋も遠山も、なんで高嶺を見てるんだ?
「高嶺三曹。私は、あなたが許せない。次のクリスマスコンサートで、誰が本物のセンターなのか。私が、必ず証明してみせるわ」
「ユリちゃん……!」
え? どういうこと? 高嶺も困惑してるぞ? もちろん、俺にも喜多嶋が言ってる事が良く分からん。
「ハナ……」
遠山は腕を組んで瞑目した。
「暇だな。切腹しちゃおうかな?」
アイドル活動に無関係な弐瓶貴久は、会議室の片隅で、脇差しの手入れをしていた。
雅羅沙冬威は、まだ行方不明のままである。




