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特戦隊の一番長い日①

 1954年7月に陸上自衛隊が創設されて以来、その職種はずっと固定されていた。すなわち、普通科、衛生科、施設科に警務科等、15の職種からなるのが陸上自衛隊だった。だが、2010年3月、約半世紀ぶりに、唯一追加された職種がある。


 今日、俺はそれの重要施設を訪れていた。それは、煉瓦調の外壁を持つ、4階建てのビルである。北富士駐屯地の敷地内に建つそれの車寄せには『情報学校』と書かれた看板が置いてあった。


 そう、こここそが、陸上自衛隊情報科の隊員たちを育てる学校なのだ。


 まるで地方の役場か警察署のような、そのこぢんまりとしたビルのエントランスをくぐり抜け、俺は目当ての部屋のドアをノックした。


「ちわー」


 返事がない。おかしいな。あいつ、ここから出るはず無いんだが。そう思いつつ、もう一度ノックするも、やはり反応は無かった。なんだよもうとドアノブを確かめると、鍵はかかっていなかった。なので、俺は迷わずドアを開け放った。


「やはりな」


 そして、俺は予想した通りの光景を目にしてほくそ笑んだ。なんだか良く分からない情報の羅列されたモニターが壁一面を埋め尽くす、その薄暗い部屋の中、すやすやと眠る少女がいる。


 しかも、パンツ一丁の、あられもない姿で、だ。モニター前のデスクに足を乗せ、ゲーミングチェアのリクライニングを最大にして寝そべっているこの少女こそ、陸上自衛隊情報科の情報将校、日下部みのり曹長である。


 蟹祭りの日から10日ほど、俺はこの部屋に通いつめていた。そもそも、他のプロデューサーたちは、アーミーアイドルたちの戦闘訓練など、ほとんど見に行く事が無い。なぜなら、それはプロデューサーの任務としての優先順位が低いから。


 本来俺たちプロデューサーの任務とは、アーミーアイドルたちが、ファンから十分な支援を受けられるようにする事なのだ。戦略や戦術など、そもそも専門外なのである。


「ふうむ。けしからん。なんとけしからんパンツなんだ。こんな大人びたパンツ、日下部曹長にはまだ早い。ったく、ブラも全然違うやつだし、普通は上下揃えて着用するものなのではないか? これは指導が必要だ」


 日下部みのりはぐっすりと眠っている。なので、起こすのは気が引けた。かと言って、用事があるから来ているわけで、起きてもらわねば話も出来ない。つまり、仕方なく日下部みのりを眺めているってワケ。これは仕方が無い。仕方が無いんだ。


 しかし、それだけだと流石に暇だ。そして、暇になると、どうしても江吉良エリ絵の事を考えてしまうこの頃だ。あの後、江吉良エリ絵は音速で逃げたし、それからもずっと避けられているので、まともに話してもいない。だから、俺なりにあいつの事を理解しようとしていた。


 あいつ、任務の鬼なんだろう。俺はそう結論付けた。子どもみたいな容姿で、喋り方も舌足らず。アグレッサーとして、舐められる要素が満載だ。だからあんなに憎まれ口を叩くし、骨を折るくらい厳しい教練を強いるんだろう。


 その根底には、隊員を死なせたくないという心があるように思えてならない。調子の悪そうな大藪ミクをあそこまで痛めつけたのも、このままだとそうなるという戒めのつもりじゃないのか。何人も、何人も仲間の最期を見送ってきた戦士だ。そんなの、きっとすぐに把握する。


 蟹祭りに参加していなかったのも、それを嬉しそうに眺めていたのも、アグレッサーとしての役割や、喋る事への苦手意識があるからじゃないだろうか? あの後、雅羅沙冬威に聞いたところによると、5期生がその戦闘能力と引き換えにしているのは、コミュニケーション能力らしい。元々、5期生は話す事すらままならず、連携を取るのは大変だったと海坊主教官も言っていた。


 それが、あそこまで話せるようになったのだ。それは奇跡だった、と海坊主教官は涙ながらに話してくれた。


「不器用だよな……」


 俺は、江吉良エリ絵が気に入り始めていた。


「あのさ、毎度毎度、そばでぶつぶつひとり言してんの、やめてくんない?」

「あ、起きた。おはよ」


 しまった、声に出ていたのか。起きてすぐにこんなドルオタが目の前にいても、日下部みのりは全く頓着していない。「ふあーあ」とあくびし、伸びをする日下部みのりは、全く自然体である。


「またここに泊まったのか? たまには帰ってのんびり風呂でも入って来いよ」

「めんどい。僕が風呂入っても時間の無駄だし」

「そんな事無いと思うぞ。そのボッサボサの髪も、全然手入れしてないわりには、肌と同じくつやつやだもんな。可愛いのに、勿体無い」

「下らない。僕が可愛いなんて、准尉の目はどうかしてるね」


 日下部みのりは、そう言いつつのそのそと制服の上だけ羽織り、デスクのメガネを手に取った。そして、ゲーミングチェアを起こしてあぐらをかく。てか、そっちのがエロいんだよな。下も穿けよ、下も。見えてんだよ。


「下らないかな? デスクの片隅に積んである、ホコリを被ったあの書類? てか手紙だろ? ラブレターなんじゃない?」

「あー、うっかり僕の部屋に入った人間から、良く貰うんだ。男ってのは、パンツを見ると好きになってしまうものらしいね。体が目当てなら、その場で襲った方が早いのに。ここは荒くれ者ばかりなくせに、そういうとこがやけに真面目で、なんだか微笑ましくすらあるよ」

「ふふん。男って可愛いだろ?」

「そうだね。准尉にしても、結局は見ているだけだし。下心が満々なわりにはギリギリで堪える様子は、可愛く思えたりもするかな」

「そんなしかめっ面してんのに? やっぱり曹長の方が可愛いよ。ははははは」


 その表情は、可愛いものを語っている時のもんじゃない。汚物の話とかしてる時の顔だよね。だが、俺はそんな表情も好物だ。俺に向けられてなければね。


「ふーん。准尉ってさ、見た目オタク丸出しのくせして、そういう軽口を平気で叩くの、僕的には凄く興味深いんだよね。モテてた?」

「んなワケ無いだろ。俺は生粋のドルオタだよ? 俺の軽口は限られた握手タイムにどれだけ推しの子を楽しませられるか、常に考え、研究し、試してきた結果だよ。おかげで推しと仲良くなれたし、海外遠征の時には特別席まで用意してもらえるまでになったんだ。楽屋に呼ばれて、ツーショット写真を撮らせてくれたりする時もあったし。俺は今、仕事だからそのテクニックを応用しているだけで、そうじゃなかったら曹長みたいな可愛い子とは、まともに話す事も出来ないだろうな、きっと」

「へー! それは面白い! ドルオタって、海外公演にも行っちゃうんだ! そんで、そんなに仲良くなれちゃうのか! で、仕事じゃなかったら女の子と話せない、だって? へー! へええええ!」


 日下部みのりはゲーミングチェアをゆさゆさと揺すって目をキラキラさせている。情報科の腕利きである彼女だが、こういうナマの情報には、あまり触れる機会が無いのかも知れない。と、俺がこういった彼女の喜びそうな話をするのには、ワケがある。


「うん、今日の話も面白かった。じゃあ、僕も分かった事を報告するよ」

「よろしく頼む」


 要は物々交換だ。俺は彼女に情報科らしく調べものをしてもらう。そして、俺は面白い話を提供する。俺からすると釣り合っていないように思える取り引きだったのだが、日下部みのりは快諾してくれたのだった。


「つっても、今日で7日目だっけ? 一週間くらいじゃあ、そんなに有益な情報なんて、まだ集まってないんじゃない?」

「おっと、ハードルを下げてくれるね。有り難いけど、あんまり僕を舐めてもらっちゃあ困る」

「ん? 自信あり?」

「まあね」


 日下部みのりは、そう言って「にしし」と笑う。俺は、そんな日下部みのりが、少しだけ怖ろしい。


 この元ハッカーは、自衛隊のコンピューターに侵入し、機密情報を盗み出していたやつなのだ。そして、その情報を持って自衛隊に自身を売り込み、ここでこうして生活しているような、言わば情報ヤクザなのである。


「さて、面白い情報が引っかかったよ。まずはこれを見て欲しい」

「うん?」


 日下部みのりがゲーミングチェアをくるりと回してデスクに向かい、キーボードをたたんと叩く。その結果、正面ディスプレイには、何者かのデータが映し出された。そして。


「准尉の担当アイドル、高嶺ハナが売れない理由は、こいつだよ」


 日下部みのりは、そのディスプレイをこつんと叩いて断言した。


「こいつが!」


 ディスプレイには『にこにこ煮込み』というハンドルネームが表示されていた。


 なにこれ? ネット雑魚の臭いがプンプンするんですけど。高嶺、こんなやつに妨害されてんの?




 

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