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AI Dole  作者: 紫雲院
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If you want to be happy, no take.

 小鳥のさえずり、カーテンから漏れる初陽。その眩しさに目を覚ます。......という生活は一体何年前のことだろうか。

 太陽は中天に昇り、小鳥のさえずりはカラスの鳴き声に変わっている。腹を空かせた胃の泣き声で起きた。朝に寝て昼に起きる習慣は狂っていると言えるのだろうけど、体内時計はきっかりと作動していて、いつもどおりの11時36分に目を覚ます。

 目を擦り、欠伸を三度も。布団から手を伸ばしてスマートフォンを手に取った。SNSをぼう、と眺める。二度目の泣き声を無視して、三度目でようやく看過できないところまできたので袋を破って完全栄養食的なパンを食べた。顔を洗う。着替える。パソコンの前に座る。毎日のルーティンはここで終わる。

 今日はソシャゲの育成。このゲームのキャラクター育成は育成素材が曜日で変わるので今日やらないと次はまた一週間後だ。

 ......一つ訂正というか。言い訳しておくとこれは遊び半分、仕事半分。イカれた生活習慣も言ってしまえば職業病で、決して。決してニートではない。


 私、小鳥遊ヨルハ17歳は所謂引きこもりであると言える。ただし引きニートではない。断じて。

 さまざまな理由で小学生のころから学校に行かずに家で引きこもり続けていた私は実に面倒な性格で、人と違うことにコンプレックスを感じるタチらしく。インターネット漬けになっていた私が小さい脳ミソで考えに考えた結果がこれ――配信者という職業であった。

 

『今日は配信あるかビミョウ。悩み中でヨロ』


 起き抜けに弄ったSNSで呟いた内容だけど、悩み中もなにも、育成が終わるか終わらないかによるわけだ。別に育成の周回をしながらだらだら話すだけの配信でもいいけど、それは最終手段としたい。義務教育を捨て置いている身としてはあくまで「仕事」をちゃんとしたいというか、変な責任感だって言われるかもしれないけど、所詮ソシャゲの育成なんて遅くとも半日もやれば終わるもんで、結局は私のやる気の問題である。責任感が聞いて呆れるような話だ。

 カチ、カチカチ、とクリックの音が部屋に何度も淡白に鳴る。それがどうにも、言葉にしづらい心持ちになる。本来、この時間に私と同じ歳の人達は学校でお昼ごはんを食べている時間だろうか。友達と楽しく話して、学校が終わったら遊びに行く。対して私はクリックとタイピングで画面に語りかける毎日で、家で一人だと言葉の出し方を忘れてしまう。

 ――いけない。いけない。また、悪い癖だ。

 配信者としての私――黒羽(くろばね)アゲハは登録者数48万人の人気VTuberだと言えるほうなのだろう。元は顔を出さないタイプの配信者だったが、3年前くらいから現れ始めたVTuberというスタイルに移行し、上手い具合に流れに乗れて、少しずつ人気を集めて今に至る。これが幸せでないのか、と聞かれれば間違いなく幸せだしこれ以上を望むのは筋違いだとも。だのに、私は現状に満足していないらしい。求不得苦、というやつだ。

 

「はあ」


 ぶんぶん、と雑念を振り払うように首を左右に振った。淡々とタスクをこなすタイプの作業になると余計なことを考えてしまうのかもしれない、と一つ背伸びをする。もう一度寝てしまいたい。

 このペースなら16時前には育成を終えられるだろう。そこから動画の編集やサムネイルの作成等々......20時に配信を開始して――。

 

 と。イヤホンに遮られた耳に遠くからインターホンの音が聞こえる。起きたときにメールとか色々見たときはアポはなかったけど。

 一度、無視する。

 ピンポーン。

 また無視。

 ピンポーン。

 また、無視。

 ............。

 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!!!!!

 

「あっえっうわっ......いいいまでますぅ」


 慌ててPAUSE。足がもつれてこけそうになる。怖い。怖いけど、不審者とかそういうのではなく。反応のない家のインターホンをこんな連打する人は一人しかいない。しかしてそれはそれで恐ろしい人が。

 覗き穴から恐る恐る外の相手の様子を薄目で見る。


「うわ......」


 家主がそちらを覗いているとき、客人もこちらを覗いているのだ......。

 人相の悪い、40代の男の人――私の叔父が覗き穴からこちらを覗いていた。


「大阪や開けんかいコラ」

「あの、インターホン鳴らすのにも電気代かかるんですよ」

「ピンポン鳴らしてすぐ出りゃエエ話やったんちゃうかワレィ」

「来る前に電話かメールしてくださいって言ってるじゃないですか。あと、そのエセ関西弁やめてください」


 鍵を捻り、ドアを開ける。

 いかにもカタギではないこの人こそ私の叔父であり、私が所属する事務所のオーナーであり、養父である。

 叔父は雑に玄関で靴を脱ぎ散らかすと、ドカドカと無遠慮に廊下を進み、慣れた様子で客間に座った。私もその向かいに座った。茶なんて出しません。ぶぶずけなら喜んで。


「あの......帰ってもらえますか」

「ウチの事務所で新しいプロジェクトをやることになってな」

「はあ」


 無視ですか。


「それに参加してもらおうと思ってるわけだ」

「わたしが?嫌ですよ、誰かと会ったりするのは尚更」

「通るとでも思ってたのか」

「ヤです。ヤですよ。私にも人権というものが......」

「......箱で出してるボイス販売不参加、箱内のタレント全員に作ってる3Dモデルの制作拒否、年二回の箱全体のライブイベント不参加、年一回のオフラインイベント不参加、箱外の配信者とのコラボ拒否、企業からの案件依頼拒否、配信での投銭機能は常にOFFでファンから苦情が来る――」

「あのすみませんせめてお話を聞くくらいは。あいや聞かせてくださいよ社長」


 この話は私にとってのアキレス腱に等しい。

 はい、落馬。

 さて、一体どんなプロジェクトが知らないけど。背ばっか伸びてヒョロヒョロなので耐えられないよ。すぐ泣くぞ。


「アイドル、やってくれ」

「いや――無理そう」


 実は私の日常はまだ狂っていなかったのだと。残念ながら、私は今日初めて気がついた。何も考えずに、ただ幸せを享受しておけば――と。

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