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後編


 アンナが私にしたことは、醜聞として瞬く間に社交界に広まった。


 なにせ立派な殺人未遂だ。それと引き換えに、婚約者を助けたエドヴァルドを讃える声が大きくなる。


 しかし、アンナが捕縛されることはなかった。実際にアンナが突き落とした瞬間を見た人間はおらず、リリアーナ・ミュラーの虚言の可能性もある、というのがその理由だ。


 ただし、この話は陛下の耳にも届くところとなり、エリックは王太子という立場を剥奪された。


「どうしてです、父上!」


 とエリックはわめいていたが、


「お前のなしたことが、一人の人間の命を奪うところだったのだ。その意味をよく考えろ」


 と陛下に答えられ、取りつく島もなかった。


 しかし、まだエドヴァルドが王太子になったわけではない。


 血筋を尊ぶエリック派の貴族も根強く存在しており、彼らからの圧力でこの国の王太子候補は二人となっていた。


「リリィ、用意はいいか」

「ええ、もちろんです、エド」


 そうしてある冬晴れの日。どちらが王太子にふさわしいか、国民や貴族の見守る前で、口頭試問が行われることになった。


 礼服を着こなしたエドヴァルドが、私の手を取る。


 私たちは手を繋いだまま、会場となる宮殿前の広場に姿を現した。


 広場には木製の大きな舞台が設けられていて、その周りには人々が詰めかけている。壇上の私の元にも熱気が届いてきた。


「では、これより、王太子定めの式を始める」


 舞台の上、宮殿から持ち出した豪奢な椅子に座った陛下が重々しく宣言した。その前にエリックとエドヴァルドが跪き、試問に答えるのだった。私とアンナは、二人を囲む貴族の中に立ち交ざる恰好だ。


 陛下の隣に立つ宰相が、次々に問いを繰り出していく。歴史や言語、数学、外交といった知識問題で、エドヴァルドはスラスラと答えていく。一方、エリックはしどろもどろだ。こういうとき、私が隣にいれば助け舟を出せたのだが、そうはいかない。


 でもそんなことはどうでもいい。


 恐らく、知識なんかで王太子は決まらない。


 宰相からの問題が尽きた頃、陛下が椅子に座り直して口を開いた。


「それでは最後に、余から一つ質問しよう」


 空気が一気に緊張を帯びる。これまでやいやい言いながら観戦していた人々が、一様に口をつぐんだ。


「これから先、お前たちと共に歩んでくれるのは、親ではなく伴侶だ。それぞれの婚約者に、告げる言葉はあるか」


 思いもよらぬ問いに、人々の間にかすかなざわめきが波立つ。横に立つアンナが、思わずというように私を見上げ、「どういうことっ」と小さく叫んだ。だけど私にだってわけが分からない。


 返事が早いのはエリックで、ガバッと顔を上げると、


「アンナほど素晴らしい女性はおりません! 純粋で、優しく、天真爛漫で、彼女がいるだけで心が満たされるのです!」


 などと熱弁を振るい始めた。おお、真実の愛かも。アンナが両手で頬を押さえ、「まぁ、エリックさま。そんなに褒められては恥ずかしいですっ」ともじもじする。うんうん、良い感じではないか。


 けれど、私はなんとなく二人の様子に興味を持てなかった。エリックの向こうで跪き、じっと地面に視線を落とすエドヴァルドの横顔を見つめる。


 彼は一体、何を言うのだろう。


 エリックの熱弁が終わる。広場には静寂が満ちる。


 その場にいる全員の注目を集めて、しかしエドヴァルドは眉一つ動かさなかった。


 冷たい風が吹いて、彼の髪をなぶっていく。


 そうしてエドヴァルドはおもむろに顔を上げ、立ち上がり、玉座に座る陛下を無視して、歩き出した。明らかに私を見つめて。


 いつかの婚約破棄の晩のように、エドヴァルドの前で人垣が割れる。まっすぐに、迷いなく、彼は私の前に立つ。


「リリィ。……リリアーナ・ミュラー」


 紡がれる声は静かだった。


「俺は真実の愛なんて信じていない。俺がリリィに与えられるのは喪失だけだ。お前の欲しがるものは全て奪う。そうしなくては、リリィは俺を顧みないだろう?」


 やたら物騒な言葉に、周囲がざわめく。私は気にならなかった。こちらに注がれる眼差しがやけに真剣だからかもしれない。他の人間など目に入らないとでも言うように、私だけに瞳が据えられている。


 何より私はこの人から何かを奪われた覚えはなかった。むしろ与えられた方が多い。


 だって婚約破棄された私を助けたのも、湖に落ちた私を救い上げたのも、全部エドヴァルドではないか。


 私は凛とエドヴァルドを見上げる。


「……奪うとは、どうやってです」

「そうだな、例えば」


 エドヴァルドが苦く笑った。それから真顔に戻り、サッと身を翻したかと思うと、懐に手を突っ込む。そこから取り出した帳簿のようなものを、エリックに突きつけた。


「エリック・グランドリス。お前はずいぶん裏賭博に入れ込んでいたな。だが、公費を使うのはいただけない」


 エドヴァルドの声はよく響く。真っ青になって飛び上がったのはエリックだ。


「な……なあっ⁉︎ それは今関係ないだろう⁉︎」

「大有りだ。俺はリリィの欲しがるものを奪うと決めているからな」

「はあ⁉︎」

「それに、アンナ・マロウ以前に、何人かの女性に手を出しているな。子を孕んだ娘もいるらしい。その手切金も公費から出すつもりか?」

「い、いや僕は……」


 血の気の失せた顔でエリックが口ごもる。否定すればいいのに、あれでは本当ですと叫んでいるようなものだ。アンナがエリックを睨めつけて「どういうこと?」と凄んだ。今まで彼女の顔には見たことのない、悪魔のような形相だった。


「ふむ、エドヴァルド、見せてみろ」


 陛下が興味深そうにエドヴァルドを手招く。エドヴァルドが宝物でも捧げるように、折目正しく帳簿を差し出す。


 ざわめきの中、私はうっそり微笑んだ。


 あれは私が、エリックの不正の証拠としてずっと持っていたものだった。効果的な公開の機会に恵まれず、ずっと手元で温めて腐らせていたのを、エドヴァルドに託したのだ。


 貴族だけでなく民も集まる場で、エリックの悪行を明らかにし、危機に陥れることが私たちの目的だった。


 陛下と宰相が額を合わせて、険しい面持ちで帳簿をめくる。


 やがてパタンと帳簿を閉じると、厳然と告げた。


「ここには一人、王太子にはふさわしくない者がいるようだ」


 ひぃ、とエリックが尻もちをつく。それからずりずりと壇上を這うと、陛下の足元に縋りついた。


「父上、誤解です! 僕は何も悪いことはしていません!」

「亡き正妃の子だからと言って、余はお前に甘すぎたな」


 ゆっくり首を横に振り、国王は勢いよく腰を上げてエドヴァルドの手を取った。


「エドヴァルド、お前を王太子とする!」


 ワァッと歓声が上がる。人々が拳を突き上げ、「エドヴァルド王太子万歳!」とかなんとか叫んでいる。そりゃそうだ。そもそもエリックは国民からはすこぶるウケが悪かった。


 それで——アンナとエリックはどうしているだろう?


 もうこの際、エリックが王太子になれなかったのは良しとしよう。むしろそれこそが最大の障害ではないか? 約束された王族の地位を失い、それでも貫くのが真実の愛ではないか!


 期待に胸を高鳴らせて辺りを見回す。


 けれど、私の目に映ったのは、惨めに舞台の隅で泣きわめくエリックと、彼に一瞥もくれずに立ち去るアンナの背中だった。


「アンナ!」


 人々の歓声を突き抜けて、エリックの絶叫が耳に届く。


「待ってくれアンナ! アンナ! 愛してるんだ! 僕には君だけなんだよ!」


 どれだけエリックが叫んでも、アンナは振り返らない。


 その背が人混みに紛れて見えなくなる寸前、彼女は兵士に腕を掴まれた。「なによ!」と抵抗するアンナを、兵士たちは無慈悲に引きずっていく。これから彼女は、しかるべき処分を受けるだろう。


 エリックの嗚咽が歓声にかき消されていく。


 ——ああ、そうなのか。


 立ち尽くす私の隣に、誰かが寄り添った。ふわりとした温もりが肩にかかる。ほどよい重み。私の顔を周囲から隠すように、胸元に頭を抱えこまれる。


「リリィ、今は王太子妃だ。できるか?」


 エドヴァルドの低い声が耳朶に触れる。周りには笑顔、笑顔、笑顔。浴びせられるのは寿ぎの言葉。こんな場所に、悲しみなんて似合わない。


 私は歯を食いしばって、無理やり笑顔をしぼりだした。


「……ええもちろん。そういうのって、得意です」


 泣くにはまだ早い。


 

 ■ ■ ■


 

 皆にもみくちゃにされて、やっと落ち着けたのは夜だった。


 私はエドヴァルドの部屋で、椅子の上で膝を抱えていた。

 暖炉の火を茫洋と見つめる。エドヴァルドは不在だった。王太子は忙しいのだ。


「……真実の愛は、存在しないのね」


 一人きりの部屋で、ポツンと呟く。声はうつろにこだまして、床に転がった。


 そういうことだった。


 私は失敗した。確かに奪われた。欲しいもの全て、何もかも手のひらには残らなかった。


 腹の底から熱いものがこみ上げる。目から涙があふれて、子供みたいに泣きじゃくった。


 真実の愛が、存在しないというなら。


 私は姉の死を認めなくてはならなかった。


 だってそうだ。姉は真実の愛を信じて嫁ぎ、だけど真実の愛なんてものはなかったから娼館で死んだ。この世界ではそういうことが当たり前に起こる。最初から分かっていた。公爵令嬢が借金のカタに嫁いだ先で何が起こるかなんて。幸せに、生きられるなんて、そんなわけがない。


 だけど、家族がそんな目に遭うなんて思いたくなかったから、私は盲目的に真実の愛を信仰した。それこそが大切な姉を守ってくれると思い縋って。馬鹿だ。そんな無形のものに頼るより、他にすべきことがあった。例えば、例えば……。


 姉の代わりに、私が嫁げば良かったのだ。


 自分の思いつきに、激しい衝撃が脳を揺らす。


 ——そうだ、それこそが真実の愛だったのだ。


 姉の言葉が蘇る。『リリィにもきっと見つけられるはずよ』柔らかな声だった。そういう意味だったのだ。私はあのときあの場面で、真実の愛を見つけ出すべきだったのに。私は何をしていたんだっけ? 泣いて姉を罵倒していたのではなかったか。


「あ、あ、ああ……っ‼︎」


 叫んで頭を掻きむしる。髪の毛がいくつかぶつりと抜けて、指の間に絡まった。でもどうでも良かった。


 私は自分の行動によって、真実の愛の不存在を証明してしまったのだ。


 部屋のドアが開く音がした。私は顔も拭かずにそちらを睨みつける。エドヴァルドが腕組みして、ドア枠にもたれかかってこちらを眺めていた。


 人差し指で、落ち着かなげに自分の腕を叩いて、


「泣いている」

「当たり前でしょう」


 叫んだつもりだったのに、泣き声はかすれてわずかに部屋の空気を震わせるだけだった。


 エドヴァルドは私のところへ歩いてきて、ハンカチで私の顔を拭いた。


「真実の愛は証明できたか?」

「たった今、その不存在を確かめたところです」


 声は錆びついて、別人みたいだった。エドヴァルドが物言いたげに私の顔を窺う。


「会わせたい人間がいる」

「今でなくてはダメなの」

「たぶん、早い方がいいと思う」


 それでも私はグスグス鼻を鳴らして立ち上がれなかった。足から力が抜けて、いっそこのままここで朽ち果てたかった。


 そのとき、部屋の入り口から涼やかな声が響いた。


「——もう、早く妹の顔を見たいのだけれど」


 耐え難いほどの懐かしさと、狂おしいほどの慕わしさが押し寄せる。


 たった今聞いたものが信じられなくて、私は大きく目を見開いた。


 怖々と顔を上げる。そうしなければ、目の前にあるものが消えてしまうとでもいうように。


 視界が揺れる。ドアの向こう、美しいドレスを着た女性が、微笑して立っていた。


「ステラ姉様‼︎」


 私の喉から絶叫が迸る。椅子から転がり落ちて、それから床を蹴って彼女の胸に飛び込んだ。抱きしめた体は温かくて、確かな実体を伴っていた。


「ど、どうして……どうして、私、私はっ」


 胸元に顔を埋めて大きく息を吸い込む。知らない異国の香りと、家族の気配の入り混じった、でも間違いなく姉の匂いだった。


「リリィだけが、ずっと私を諦めないでいてくれたんでしょう」


 柔らかな手が私の頭を撫でる。その撫で方は、記憶にあるものと変わらない。


 私はひっくとしゃくり上げ、涙声で叫んだ。


「違う! 私は何もできなくて……っ、あのとき、私がステラ姉様の代わりになれば良かったのに!」

「ふふ、姉妹で考えることは同じなのね」

「え……?」


 涙で汚れた顔を上げると、姉は懐かしむように目を細めていた。


「あのときね、本当はリリィが求められてきたの。だけど私が代わりに嫁いだのよ。リリィにそんなことさせたくないと思って」


 こちらを見つめる姉の目尻に、きゅっと皺が寄る。優しい微笑だった。ひたひたと、胸に温かなものが寄せては返す。


 また新たな涙があふれて、私は唇を噛んだ。


 ——ああ、真実の愛はここにあったのだ。


 夢見心地でもう一度姉を抱きしめる。ふと、姉が頭を巡らせた。


「あら、立役者がどこかに行くものではないわ」


 見ると、エドヴァルドが部屋を出ていこうとするところだった。彼は気まずげに首筋に手を当て、


「感動の再会に水を差すつもりはない」

「何言ってるのよ。私がリリィに会えたのはあなたのおかげなのに」

「どういうこと?」


 ——つまりは、こういうことだった。


 姉が嫁いだ後しばらくして、商人の家は後継者争いで揉めに揉めたらしい。そのどさくさで姉は逃げ出し、隣国で一人生きていくことになった。


 しかし、生きていることが明らかになれば、商人の家に連れ戻されるか、公爵家の援助が立ち消えになる恐れがある。それで姉は自らの死を偽装し、ひっそりと暮らしていたのだそうだ。


「なら、あの首なし死体は……」

「あれ、よくできていたでしょう。私を模した蝋人形を作らせて、手近なドレスを着せて公爵家に送ったのよ」


 姉が長いまつ毛を伏せて言う。


「……あの商人はね、私が嫁いだことがひどく不服だったみたい。リリィのような幼い貴族の女の子相手に、色々楽しめると思っていたのに、って。だから私は、嫁ぎ先ではあんまり良い思いをしなかったわ。早く逃げないと殺される、恩知らずになったっていいと思ったくらいにね。まあ、逃げたって行き場所はなくて、結局は娼館でお金を稼ぐしかなかったけれど」


 憂いを帯びた姉の声に、私は言葉を失う。


 姉はしばらく、無表情で遠くに視線を向けていた。暖炉の火に照らされた壁に、遥かな過去を投影するように。


 私が姉の背中に手を当てると、彼女はハッとして明るい笑顔を作った。


「それなのに、エドヴァルド殿下が突然やって来たから、心臓が止まるかと思ったわよ」


 エドヴァルドは隣国に遊学していた。その最中に姉の居場所を見つけ出し、訪っていたという。どうやら姉の死に不審を感じ、調べていたのだそうだ。


 だが姉の生存を明かすわけにはいかないから、ずっと沈黙を保っていた。それが六年経って債権の時効が過ぎたため、姉はこちらにやって来ることができたらしい。


「なら、ステラ姉様は、公爵家に戻ってくるの?」

「いえ、今の生活も気に入っているのよ。娼館を抜けて、今はパン屋をやってるの。家族には会うけれど、また隣国に戻るわ。そもそも私はずっと死者でいるつもりだったの。だから今回は特別」


 姉は肩をすくめ、ちらりとエドヴァルドに視線をやる。エドヴァルドは頑なに姉とは目を合わせようとしなかった。


 ……怪しい。


 説明を終えて姉が手を振って部屋を出ていった後、私はエドヴァルドと二人きりになった。


「あの、聞いてもいいですか」


 すっと手を上げる。エドヴァルドとは長椅子に並んで座っていたが、彼は暖炉の方に顔を向けてこちらを見ようとはしなかった。


「……なんだ」

「どうしてステラ姉様の死を調べていたんですか」

「言っただろう。不審な点があったからだ」

「それだけでわざわざ?」


 じーっと見つめると、エドヴァルドは居心地悪そうに唇を曲げ、深く息を吐いた。


「言えばいいんだろう、言えば」

「はい」


 端正な顔が私の方へ向けられる。暖炉の火影に照らされて、その顔つきの真摯さが明らかになっていた。

 けれど彼は、なんでもないような口調で、


「リリィがとても悲しんでいたから調べた。それだけだ」


 それだけ、というにはきっと労苦があっただろう。第二王子は暇ではなかったはずだ。


 乾いた唇を舌で湿す。私にはずっと、聞かなくてはならないことがあった。


「……どうしてそこまでしてくださるんですか」


 もう無視するわけにはいかなかった。自分に向けられる気持ちにきちんと向き合わなければ、この先後悔するに違いない。


 暖炉の火の前で、私とエドヴァルドは睨み合った。


「あの感動の再会の後で、俺に言わせるつもりか?」

「私が言ってもいいですけど。エドは私のことが……」

「待て。俺が言う」


 エドヴァルドは人差し指で私の唇を押さえた。

 静寂が部屋に広がる。


 長い間があった。


 エドヴァルドは眩しげに目を細め、熱にかすれた声で言った。


「リリィを愛しているからだ」


 躊躇いがちに告げられた言葉は、けれど偽りなく部屋に響いた。


 その意味を考え、私はちょっと首を傾げる。


「私には分かりません。エドに好かれるようなことを、した覚えがありません」


 私は彼に多く救われたけれど、でもそれに報いるほどたいそうな何かを返せた覚えがない。かつて婚約者だったときから今に至るまで、ただ当然にやり取りしていただけなのだ。


「恐らく、リリィには一生理解できないだろう」


 エドヴァルドの口元に苦笑が浮かぶ。


 静かに手を伸べ、淡雪にでも触れるような慎重な手つきで、私の頬の輪郭をなぞった。


「俺の髪を綺麗だと言い、当たり前に手紙のやり取りをする。それがどれほど救いになったか」


 そっと顔を引き寄せられる。


「リリィがこの国にいると思えばこそ、俺は第二王子という人生に耐えられた」


 至近距離で見つめ合う。エドヴァルドの瞳に、私の呆然とした顔が映っている。


 確かに理解が及ばない。だがそれは、私がステラ姉様を支えに妃教育に耐えていたようなものなのだろうか。


 ——ならばそれだって、愛たり得るのだろう。


 エドヴァルドがおかしそうに微笑った。


「まあ、分からずとも構わないさ。いずれにせよリリィは俺のもので……その愛を奪うためには、これからたっぷり時間があるんだ」


 目元を手のひらで覆われる。彼に返事をする前に、口づけが落とされた。


 〈了〉

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