「狂乱索餌」
これで終わりとなります。
どれくらい不動のままだっただろうか。ゆっくりと意識を覚醒させていくと視界は濁った水の中だった。
体の感覚が明らかに人間じゃない。ああ、本当にサメになったんだな。水面を見上げると晴天と太陽の光が差し込んできた。おそらく一晩、この川の中にいたんだ。
僕はなれない体を動かして、ゆっくりと報復へと一歩を踏み出した。
体を徐々に慣れさせながら、今後のプランを頭の中で練っていく。復讐をするにせよ、段取りは必要。
二日目の予定は確か、川下りだったはずだ。ならここら辺の川を探索すれば、あいつらとも遭遇できるはずだ。
頭の中で計画を練り、ゆっくりと自然豊かな森に覆われた川の中を進んでいく。一人で泳ぐとはこんなに気持ちが良いものなのか。いや、今の僕は一匹だった。
自分で自分の事を突っ込んでいると近くから気配を感じた。近くの岩陰に隠れていると見知らぬカヌーがゆっくりと川を下っていた。
そこには何と金城の取り巻き二人が乗っていたのだ。
まずはあの二人に狙いを定めた。こいつは自分では何もしない癖に口だけは達者。つまり、腰巾着の様な存在だ。
僕は金城の後ろでこそこそする虎の威を借る狐のような態度が気に入らなかった。絶対に許さない。
僕はバレないようにすぐさま水底に身を潜めて、襲撃のタイミングを見計らった。
金城の取り巻き達はカヌーで川下りを楽しんでいた。おそらく篠宮と彼女とのひと時を邪魔したくないのだろう。
こいつらを片付けた後は金城達に狙いを定めよう。
川の水はそこそこに濁っているが、水深はかなりあるなので不自由ではない。
むしろ僕からすれば好都合だ。
待っている間。僕は自分を鼓舞するために過去の苛烈な仕打ちを思い出していた。
「白中のやつ。まだ見つかってねえらしいぜ」
「マジかよ。俺らのせいじゃねえよな」
「ないない。てかあいつが勝手に消えただけだろ」
「そうだな」
取り巻き二人がゲラゲラと聞くに耐えない笑い声をあげた。お前らの大将が母さんへのお土産を捨てたせいでこうなっているんだろう。
腹の底から怒りが沸沸と湧いて来た。
「そういや、篠宮くんって今、どこにいるんだ?」
「海じゃね。彼女と乳繰り合ってんだろ」
「いいなー。俺もクラスメイトの女子適当に声かけようかな」
「どうせヤりたいだけだろ?」
「当たり前だろ?」
再び、水上から取り巻きの二人が下品な話題と笑い声が聞こえた。それがお前らの最期の会話だ。
僕は勢いをつけて船底に体当たりをした。その瞬間、二人を乗せたカヌーは思いっきり、ひっくり返って、二人とも川の中に投げ出された。
「なんだよ! 岩にでも当たったか!」
水の中は濁ってはいるが、そんなに派手に動いていると嫌でも居場所がわかる。
まずは一人目、食うか。僕は素早く忍び寄り足に噛み付いて、水底まで引きずり下ろした。
鼻腔を駆け巡る血の匂い。ああ、美味い。
口からぶくぶくと泡を吐き出して、何かをほざいている。きっと命乞いだろうが関係ない。
奴は細身だったため、皮と骨しかなかったが、とりあえず、内臓とお情け程度につけられた脂肪を食らった。
味は悪くなかった。しかし、これだけでは満足しない。
「おい! どこ行ったんだよ! 返事しろよ」
もう一人の方に目を向けると震えた声を上げながら、辺りを見渡している。僕に手を出していた時とは大違いだ。
僕は勢いをつけて、背びれを見せた状態でターゲットの方に向かった。
「サッ! サメ! うわああ! たっ、助けて!」
聞くに耐えない程、情けない声を上げて足をばたつかせる。距離が近づくほど、心臓の鼓動が高鳴り、気持ちが高揚とした。
「ぎゃあああああ!」
岸に上がる寸前で片足に噛み付いて、水中へと引きずり込んだ。左右に振り回して、鋭利な歯を肉や骨に食い込ませる。
苦しそうな顔を浮かべながら、必死に両腕を振っている。おそらく抵抗しているのだろうが、痛くも痒くもない。
力強く振り回して数分後、ピクリとも動かなくなった。
今、海辺ではあの金城と篠宮がイチャコラしている頃だろう。全くけしからん。すぐさま、ぶち殺してやらねばならない。
前菜を食い終えたので、メインディッシュを口にするために僕は海の方に向かった。
川から海になだれ込んだ。海を散策すると川とは違う広々とした感覚に思わず、胸が踊った。
辺りを泳ぎ回って金城を探していると奴を見つけた。
金城は彼女である篠田とカヌーをせずに砂浜の端にある岩陰でイチャコラやっていた。
互いに乳繰り合って、舌を絡め合うその姿は洋物ポルノも顔負けだ。絶対に殺す。
水底で様子を伺う事、数十分。やる事やった二人が動き始めた。ここからみんなのいる海岸に戻るには一度、海に入り、泳ぐ必要がある。
だから、海で泳いでいる途中を狙って、八つ裂きにしてやる。 しかし、何分経っても奴らは密着して離れない。そろそろ僕も痺れを切らしてきた。
リスクを冒して飛び込んでやろうとした時、二人は唇を離した。
すると金城が海の方に飛び込んで、こちらに泳いできた。
「俺が華麗な泳ぎを見せてやるから見てろよー」
「もう、何よ。それ」
金城のおちゃらけた言葉に篠田が思わず耳が腐りそうになる不快な笑い声をあげる。
本当なら今すぐにでも、飛びついてやりたい。しかし、逃げられてしまった時、すぐに陸に上がれないようにするためにもう少し、泳がせる。
早く来い。お前がそうしていられるのは今日で最後だ。そして、金城が等々、足のつかないところまでやってきた。
チャンスだ。僕は勢いよく下から食らいついた。
「ヒャアア!」
僕が足に齧り付いて、金城は情けない声を上げた。そして一気に水中に引きずり込んだ。
視界は奴の血で真っ赤に染まり、必然的に興奮状態になって行くのが理解できた。
すると金城が水面に上がろうとしている。生存本能というやつか。心なしか先ほどよりも抵抗する力が僅かに強く感じる。
しかし、ここで逃げられたら復讐はおろか、助けを呼ばれて僕自身が命を狙われる可能性がある。
それだけは阻止しなければならない。僕は力を振り絞り、一気に水底に引きずり込んだ。
片足のアキレス腱を食いちぎって、抵抗力を弱める。両足を食いちぎって、そのまま捕食も可能だがそれでは面白くない。
もう片方の使える足を必死にばたつかせて、水面に上がろうとする。醜い命が生きようと踠いている様が実にこれが実に滑稽で笑える。
水面でほんの一呼吸をさせて、また水中に引きずり込んだ。血で真っ赤に染まった体を何ども動かしながら、水面に上がる。
しかし、その度に引きずり込んで、生き地獄を味あわせる。
「た、じゅ、げ、で、ぐ、だ、じゃ、い」
何かほざいているが、何を言っているのかよく分からない。サメだしな。
僕は金城をむさぼり食らった。鋭利な歯で肉を割く度に赤黒い血がドッと溢れる。
その匂いを嗅いで、僕の食欲が増してさらに食らう。奴の顔は恐怖と痛みのせいか、原型をとどめていないほど、歪んでいた。
加虐心が唆られて、何度も食いちぎった。やがて金城は抵抗すらしなくなった。
続いて僕は大急ぎで篠宮の元へ向かった。この女も始末する。
「ねえー。どーしたの?」
幸運な事に篠宮は金城を心配してか、海に浸かりこちらに向かい始めた。このままこちらに来てくればば、楽に事が運ぶんだけどな。
しかし、現実はそうもいかない。
「きゃあああ!」
陸側から篠宮の甲高い悲鳴が聞こえてきた。おそらく水面に広がる赤い血と複数の肉片を見て、確信したのだろう。
篠宮が態勢を変えて、すぐさま引き返そうとしている。まずい。このままでは食いそこねる。
僕は必死にバタ足で泳ぐ彼女を追いかける。そして、運命の瞬間が来た。
「ぎゃあああああああ!」
篠宮の足に喰らいつくと、彼女は聞いた事がないくらいの悲鳴をあげた。実に耳障りだ。
周囲の迷惑にならないように海中に引きずり込んだ。化粧が崩れて醜い表情で何かをこちらに訴えかけて来たが、そんな事はどうでもいい。
愛しの彼氏同様、汚い肉片に変えてやった。
醜女を食い終えた後、僕はゆったりとしていた。復讐は終わった。辺りは血と臓物で真っ赤に染まっている。
かつて僕は怖くて、反撃なんて出来なかったが、今は違う。僕は捕食者だ。
カヌーを終えたのか。少し離れた浜辺の方では他のクラスメイト達が呑気に海での時間を楽しんでいる。
彼らから危害を加えられた事もないので、彼らには何もする気がない。
母のところに帰るつもりはない。気苦労の絶えない人生だっただろうからこれからは僕をことは忘れて、好きな人生を送ってほしい。
僕はこのまま一匹で生き続ける。水の中で第二の人生を送るんだ。
そう決心して、どこまでも広がる大海に向かった。
お手に取っていただきありがとうございます!