預言
エナメル線を固定すると、出来上がったばかりの装置を、未祐は持ち上げる。動きに合わせ、つなぎ留められたクリスタルイヤホンが動く。
「完成?」
隣の少女が、未祐に尋ねる。クラスメイトの可声である。
「たぶん」
手にした装置と、YouTubeに投稿されている完成品の動画とをかわるがわる眺めながら、未祐は答える。
未祐が手にしているのは、鉱石ラジオである。ホームセンターで買った正方形の木の板に、四つの端子と、コンデンサと、選局部品が固定されている。
「聞こえるかな」
「わかんない。茜は?」
未祐の質問に、可声がかぶりを振る。
茜とは、未祐の家に来ている、もうひとりのクラスメイトである。地学の教師から、夏休みの宿題として“自由研究”が出されたとき、鉱石ラジオにしよう、自分と、未祐と、可声の共同研究にしよう、と言い出したのも、茜だった。
しかし、秋葉原で部品を買って、未祐の家の机に並べたところまでで、茜の興味は尽きてしまったようだった。今は、未祐の弟と、その友達の小学生たちの群れに混じって、一階のリビングでスマブラに興じている。
「ちゃっかりしてるよ、茜氏」
そうぼやくと、iPadを横向きに持ち替え、可声は鉱石ラジオを写真に収めていく。中国出身の可声が“某氏”と呼ぶと、いかにもそれらしく聞こえるのが、未祐にはおかしかった。
「やってみよう」
アンテナ用のコードを持つと、未祐は立ち上がる。端子をテレビアンテナに接続しようとするが、あるとばかり思っていた場所には、接続先がなかった。
おかしいな、とつぶやきながら、未祐は接続先を探す。やっと発見した接続先は、思っていたのとは反対側、クロゼットの真横だった。
「挿した」
端子を接続した矢先、未祐の足下から、くぐもった歓声が響いてきた。リビングでのゲーム大会は盛り上がっているようだった。
未祐は振り返る。可声はすでに、イヤホンを耳にあてがっている。
「聞こえる?」
端子をつまんだまま、未祐は可声に問う。耳に手を当て、可声は何かを探るような顔つきをしていた。
未祐は、端子を少し動かしてみる。
「どう?」
そう尋ねた矢先、可声が、あっ、と声を上げた。
「聞こえる」
しかし、可声はそう言ったきりだった。可声から、次第に表情がなくなっていく。唐突に異国に投げ出されたかのような、奇妙な表情だった。
「どうしたの?」
「ヘンよ」
カバンから自前のウェットティッシュを取り出すと、可声は、イヤホンの先端を丁寧に拭く。
差し出されたイヤホンを、未祐は耳にあてがう。ノイズに混じって、音が聞こえてくる。それは声だったが、何を言っているのか、未祐にはわからない。
耳を澄ませようとして、未祐の顎が、自然と前に出る。それから、自分の所作に意味がないことに気付き、未祐はダイヤルを調節してみる。
――……、……んだっ。
音は相変わらずだった。しかし、次第に耳が慣れてくる。女性の声で、
――私、死ぬんだって。
と聞こえてきた。
おびただしい印象が一挙に到来し、未祐は反射的にイヤホンを外した。印象の大半を占めるのは、言葉の気味悪さだった。しかし、それだけではない。未祐はその声音を、どこかで聞いたことがあった。どこかで聞いたことがあり、その気になれば、思い出すこともできる。しかし、思い出してしまったら最後、取り返しがつかないことになる。――そんな印象を前にして、未祐は、手首の静脈がひりつくような、奇妙な不安を感じ取った。
「聞こえたでしょう?」
と可声。
「うん。なに、何? 気持ち悪い……」
何だろうね? ラジオドラマかな? 未祐と可声が、そう言い合っていた矢先、茜が戻ってきた。
「あれ? できたの?」
茜は一目散に駆け寄ると、鉱石ラジオの前であぐらをかく。
「あのさ、茜」
「聞こえる?」
可声の言葉に構わず、茜はイヤホンを耳に当てる。はじめは莞爾としていた茜だったが、未祐や可声と同じように、すぐに真顔になった。しかし、茜はイヤホンを離そうとしない。
「茜?」
未祐に声を掛けられ、茜はようやく、イヤホンを離した。
「どうしたの?」
「私、死ぬんだって」
茜が言った。声は乾いていた。イヤホン越しに聞いた声と、同じ声音だった。
未祐の隣で、可声の喉が、ゴクリと鳴った。
「私、死んじゃうのかな?」
茜が尋ねてくる。
――光化学スモッグ注意報が、発令されました。
市中放送が、部屋にこだました。
春の推理2022出品作品 ⇒ 『私を殺してください(https://ncode.syosetu.com/n9396hp/)』