真夜中に聞こえるのは
──カチッカチッ
秒針が音を立てて時を刻む。
深夜、高校生の奈津希は暗闇の中で目を覚ました。時計を見ると1時20分を指している。
──ザザッ、ザー、ザザッ。
目が覚めた理由はすぐにわかった。ラジオの砂嵐の音だ。
──ああ、ラジオ消し忘れたんだ。
奈津希の部屋の棚の上には最近貰った旧式のラジオが置いてある。それがついたままになっていたのだろう。眠気に勝てなかった奈津希は、特に不思議に思う事もなく、その日はそのまま再び眠りに落ちてしまったのだ。
「──あれ、ラジオの電源消えてる?」
翌日、目を覚ました奈津希はラジオが消えている事に気がついた。
ただラジオ自体が古いものであった為、奈津希は「故障かな?」と然程気にせずにいた。
✢✢✢✢✢
──1週間前。
親戚のお爺さんが亡くなり、遺品整理をする事になった。しかし、その親戚の家には男手がなく、丁度予定も空いていた奈津希が遺品整理手伝いに呼ばれたのだ。
「──折角だし、好きな物があればを持って行って頂戴」
そう言ってふっくらとした親戚のおばさんが故人の遺品を納めた物置に連れて行ってくれたのだ。
故人は蒐集家だったらしく、物置には様々な物が置かれている。中には明らかな年代物とわかる物なども多数納められていた。
故人の遺品というと少々遠慮したくなるものだが、亡くなったお爺さんは非業の死を遂げた訳でも、孤独死した訳でもなく、病院での大往生だったそうだ。
品物も特に曰く付きと言う訳でもないので、奈津希はその申し出を有り難く受ける事にした。
ある程度、遺品整理が片付いた頃、奈津希は遺品の中で、一台のラジオが目に付いた。
丁度その頃、友人達の間でラジオ放送が流行っていたのだ。そのラジオを聴くため、奈津希はラジオを買いたいと考えていたのだ。
ラジオを手にとって電源をつけてみると軽快な音楽が流れてきた。型式は古いがちゃんとまだ使えるらしい。
「良いもの見っけ! ラッキー!」
と奈津希は嬉々としてそのラジオを持ち帰ったのだ。
✣✣✣✣✣
──カチッカチッ
静かな部屋に時計の針の音が響いている。
──ザッ、ザッ……。
奈津希は再びラジオの砂嵐の音で目を覚ました。
「またラジオ? やっぱ、故障かな?」
寝惚けながらも起き上がって、ラジオの電源を消そうとして奈津希は手を止めた。
──え?
奈津希は一瞬にして冷水を浴びせられた気分になった。
目の前のラジオは電源がついていなかったのだ。
──な、何で?
奈津希は思わず後ろに後退った。
手短にあった布団をラジオに巻き付け、そのまま押し込み、自身は布団を頭から被ってラジオの音がしなくなるのを待った。
「──随分と古い型のラジオだね」
その翌日、「故障しているのかも知れない」と思い直して修理屋にラジオを持ち込んだ。
「貰い物なんですけど、調子が悪いみたいなんです」
流石に「電源も付いてないのに夜中に音が鳴るんです」とは言い辛く調子が悪いという事にした。
しかし、修理屋から帰ってきた返答は何処も異常がないというものだった。
原因が分からずガッカリと肩を落として帰ったその日の夜。奈津希は再び真夜中に目を覚ました。
──ザーザーザッ、ザーザッ、ザッ、ザーザッザーザッ………。
時計の針は1時20分を指していた。
やはり棚の上に置かれたラジオからは砂嵐の音がしている。
「何なんだよ!」
奈津希は布団を頭の上から被り夜を明かした。
そんな夜が何日か続くと奈津希この砂嵐に規則性がある事に気が付いた。
毎晩1時20分にラジオが鳴り始めること、そして砂嵐の音に規則性がある事だ。
──まるでモールス信号みたいだ。
奈津希はまさかと思いつつ、ネットでモールス信号を探した。
──その夜。
──カチッ、カチッ。
奈津希は布団を被って1時20分が来るのを待った。静かな部屋には時計の音だけが響いている。
──カチッ。
時計の針が1時20分を指す。
──ザーザーザッ……。
同時にラジオから音が流れた始めた。奈津希はモールス信号の音を書き留め、表と音を照らし合わせた。
「──シ、ン、テ……?」
最後まで読み終えて、奈津希は震えが収まらなくなった。
ラジオから流れて来ていた言葉は──
──オマエヲシンデモユルサナイ
奈津希は部屋の隅へと後退り、布団を頭から被りその中でまだ音が流れているラジオを見つめた。
──ザーザーザッ………。
ラジオからはまだ砂嵐の音が流れていたが、突如としてぷつりと音が途切れた。
──と、止まった。
奈津希がほっと息をついた瞬間──。
──ヴオオオオォ!!!
「────!!!」
凄まじい咆哮が部屋の中に木霊した。奈津希は耐えきれず布団を放り出し、部屋から一目散に飛び出した。
奈津希は家族に尋ねたが、不思議な事に誰もあの部屋中に轟く叫び声を聞いていなかった。
恐る恐る部屋に戻ってみると、ラジオから流れる砂嵐は止まっており、電源も消えたままだった。
夜が明けると直ぐに奈津希はそのラジオを処分した。
深夜1時20分、あのラジオから流れる怨嗟の声が何なのか、奈津希にはもう知る術はない。