8.春の花を愛でる会
今回のパーティは、貴婦人たちの間でも有名なコーデリー伯爵夫人が主催する『春の花を愛でる会』というものなのだそう。
この手のパーティに参加するのは初めてなんだけど、会場には至るところに様々な絵画や彫刻、綺麗なお花などが配置されていて、来場者を飽きさせない演出が施されている。
ほかにも見た目も華やかな軽食やお菓子、小規模な楽団によって演奏される優雅な曲が流れたりと、コーデリー伯爵夫人のセンスの良さが伺える。
なるほど、彼女が有名な理由も分かるよね。とはいえボクはそんなものにはほとんど興味がないんだけど。
だからさっさと仕事を済まして、家に帰ってエグザミキサーで新らしい魔法薬でも作りたいな。
ボクは【 淑女モード 】をオンにしてしずしずと会場内を移動する。
今日の参加者は貴婦人というよりもボクと同年代のご令嬢がほとんどだ。
グラウ情報によると、コーデリー伯爵夫人は〝縁談″のセットが生きがいだそうで、こうして若い娘を集めてパーティを開催しては〝縁談向きの良い娘″を見繕っているのだとか。
「でもあのおばさん、家柄や教養、人柄ばっか重視してて肝心のスタイルの良さが全然ないんだよなぁ。釣書の写真も加工が激しいから本当のところがわからないしさ。どうせ弄るなら爆乳男爵みたいにボインボインにすりゃあいいのにな」
グラウの言葉が脳裏に蘇ってボクは苦笑してしまう。
最近は写真の魔法加工が流行ってるらしく、彼の言うこともあながち間違いじゃないんだけど……言い方が悪いよね。
そしてこの参加者の中に、今回のターゲットであるグラウの嫁候補が二人参加しているはずだ。
一人は──パニウラディア公爵令嬢スレイア。
もう一人は──ザンブロッサ侯爵令嬢アフロディアーネ。
ボクはグラウに見せてもらった釣書の写真を思い出しながら、パニウラディア公爵令嬢とザンブロッサ侯爵令嬢を探す。
たしか二人の特徴は髪の毛の色で──。
「あーら、いらっしゃい。あなたがギュルスタン子爵令嬢ね」
「初めまして、ロゼンダと申します。コーデリー伯爵夫人」
名を呼ばれたので、ボクは頭を下げながら挨拶する。
声をかけてきたのは、パーティの主催者であるコーデリー伯爵夫人だ。夫人は40代半ばのふくよかな体型の貴婦人で、人好きのする笑顔で話しかけてくる。
「うふふ、あなたにはすごく会いたかったのよ。グラウちゃんがわざわざ招待状が欲しいって言うから、どんな子がくるかと思えば……あらあらなるほどって感じね」
「あの……誤解を避けるために申し上げますが、あの方とは旧知の間柄であって」
「いいのよ、何も言わなくても。なんとなく分かってるから」
なにやらウインクしてくるコーデリー夫人。
あーこれ、絶対分かってないパターンだな。ま、グラウがどう思われてようがボクにとってはどうでもいいことなんだけどね。
「それにしてもあなた、その若さで古代文明流を着こなすなんて、なかなか挑戦的ね。だけどクラシックな白のドレスに古風な仕草がすごくマッチしてとっても魅力的だわ」
おお、さすがはコーデリー夫人。古代文明流のドレスと作法に気づくなんて。
実はこのドレス、義母がその祖母からもらったという〝年代もの″だ。
なんでも今から100年くらい前に、当時のライブラリアンが【 古代文明時代の令嬢ファッションやマナー 】のデータベースにアクセス成功して、そのときの情報をもとに古代文明時代のファッションを再現したところ、物珍しさから大流行したらしい。
だから義母が、ボクがギフトによって〝使える″作法に合うように、わざわざ100年前に流行したドレスを用意してくれたってわけ。
「うちは男の子ばかりだから、代々受け継がれてきたドレスをあなたに渡せてよかったわ」
そう言って嬉しそうにボクにドレスを手渡す義母の顔を思い出す。
……ボクとしては今回限りの衣装なんだから、別に既製品とかでも良かったんだけどね。
何を着てようと、ボクが偽物の令嬢であることに変わりはないわけだし。
「お褒めいただきありがとうございます、夫人」
「そういえばあなた以外にももう一人、古代文明風のドレスを着た子がいたわよ。仲良くなれるといいわね」
へー、ボク以外にもそんな子いるんだ。
だけどボクの目的は〝友達探し″ではないから、残念ながら仲良くなることはないかな。
「それではわたくしは他の方にもご挨拶があるから失礼するわね。あなたはパーティを存分に楽しんでらしてね!」
軽く手を振るとコーデリー夫人は立ち去っていく。
さて、気を取り直して本来のお仕事をこなすとしよう。ターゲットの二人は何処にいるんだろうか。
周りからあまり目立たないものの全体を見渡せる絶妙なポジションを確保すると、じっくりと参加者たちを観察する。
だけど、しばらく観察していて気づいたことは──。
「うーん……参ったなぁ。ぜんっぜんわかんない」
何せみな似たような格好でキラキラした令嬢ばかり。女性を見慣れていないボクには区別なんて付きようがない。
でも仕方ないよね。そもそもうちの家系には異母兄弟含めても男しかいないし、見知った女の子といえばグラウの妹くらいしかいない。
おまけにグラウから見せてもらった釣書の写真は加工している可能性が高いので、実物の判断なんてできそうもない。
せめて髪の毛の色で探そうとしてたんだけど、さっぱり見つからない。それぞれ特徴的な〝青色″と〝赤色″なんだけどなぁ……。
ぜんぜん上手くいかない令嬢探し。
代わりにボクの目に止まったのは──。
「あっ、この薔薇は……」
花瓶に生けられた大量の薔薇。
その中に、棘が普通の薔薇とは違って鉤状に曲がった黄色の薔薇を見つける。
間違いない、スリーピングローズだ。
スリーピングローズはティプルス地方にのみ生息している極めて特殊で珍しい薔薇で、花粉や蜜に誘眠成分を含んでおり、この薔薇が咲き乱れる花園に入るとつい眠り込んでしまうという逸話もあるくらいだ。
それにしても凄いなぁ。
薬効も高くて値段も高い薔薇を惜しげもなく飾るなんて、さすがはコーデリー夫人。
一本くらいこっそり持って帰ってもバレないかな?
ボクが本来の仕事も忘れてスリーピングローズに手を伸ばすと──。
「あ、あのー……」
背後から突然、声をかけられたんだ。




