6.新たな仕事
「ひでぇな、いきなり殴ることないだろ」
ボクに叩かれて赤く腫れた頬を撫でながら、グラウがボヤく。
「急に変なこと言ってくる方が問題じゃないかな」
「問題といえば──お前のその身体、どうやって戻るんだ? ぶっちゃけオレ様の精神衛生上あまり良くないんだが」
「えっ!?」
グラウに言われて、ハッと気づく。
そうだ。これ、どうやって元に戻るんだろう。
通常であればスキルの使い方はアクセスパスができた時点で自然と情報が降りてくる。
だけど隠匿されているせいか──ボクにはこの《 女体化 》スキルの使い方がさっぱり分からない。
『24時間に一度、使用可能です。次に使用可能となるのは23時間48分後です』
気を利かせてくれたのか、エスメエルデからの情報が届いてボクはホッと胸を撫で下ろす。よかったぁ、これ元に戻れるんだ。
だけど1日に一回しか使えないなんて……このギフト、なんて使いにくいんだろう。正直、贈り物というより呪いという方が適切な気がするよ。
「ふぅー、とりあえず明日には戻れるみたい」
「ちぇ」
「ちぇ、ってなんだよ! 一生このままかもってちょっと焦ってたんだからね!?」
「一生そのまま、かぁ。そいつも悪くないかもな……」
「グラウ、何か言った!?」
「あーいや、なんか怒った顔も可愛く見えるな」
「本気で気持ち悪いからやめてもらえるかな」
なんだかグラウの発言がいろいろと怖いんだけど。
ちょくちょく変な視線を感じるし、服もダボダボでずり落ちそうで身の危険も感じるし。あーもう、早く家に帰りたいよ。
「さて、冗談は置いておいて……」
「冗談だったの?」
「まあ半分くらいは本気だけどよ。ともかくローゼンが女の子の身体になっちまったのは、オレ様にとっては僥倖かもしれないな」
僥倖?
前半部分も聞き捨てならないけど、どうしてボクが女体化したことがグラウにとっての僥倖なわけ?
「まさか──変な意味じゃないよね?」
「違うわ! だから胸元を隠す仕草はやめろよ!」
「じー……」
「オホン! さっき言いかけてた話なんだがよ──ローゼンはオレ様に縁談の話がいくつか上がってるのは知ってるか?」
「縁談? そうなの?」
全然知らなかった。
ボクと同じ〝庶子″とはいえ、王家の血を引く立派な王族であり危険なギフト持ちでもあるグラウは、不確定要素を少しでも減らすために他人との接触──特に異性との接触を厳しく制限されている。
だからまぁこんなに拗らせちゃって、立派な変態さんになってしまったわけなんだけど……。
「腐ってもオレ様は王子だからな、血統的には極上だろうよ」
「そうだけど……お相手は?」
「実は複数いる。オレ様はモテるんだよ」
確かにグラウはイケメンだけど、堂々と言われると逆にイラッとするよね。
「へー、そりゃ良かったね」
「だけどオレ様だって男だ。相手を選ぶ権利ってもんがあると思わないか?」
「貴族の結婚にそんなものあるのかな」
「夢のないこと言うなよ。どうせならオレ様は、スタイル抜群で目鼻立ちの整って気の強そうな貴族令嬢を惚れさせて抱きたいんだ」
「こらこら、抱くとか言わないの」
とはいえ、彼の気持ちは分からないでもない。
聞いた話では、とある貴族の若くてイケてる三男坊が、家の借金返済のために40歳も歳上の金持ち未亡人の家に婿入りしたとか……そんな夢のない話は確かに嫌だよね。
「でだ。今度オレ様の婚約者候補が複数参加するパーティが開催されると聞いた。しかもそのパーティは女性しか参加できないものだ」
「へぇー」
「そいつにローゼンが潜入して、オレ様の婚約者候補を探ってきてほしいんだよ」
「はいっ!?」
いやいや、女性限定のパーティに参加なんてぜったい無理だよ!
そもそもボクは男で──あっ。
「ギフトで女の子の身体になってるんだった……」
「そうだよ! お前のそのギフトは、まさに女の園への潜入捜査にピッタリじゃないか!」
でもボクは紛い物の女の子なんだから、さすがに上流貴族が参加するようなパーティに潜り込むのは無理なんじゃないかな。
そもそも女の子としての戸籍が無い。ボクは現在アガスティ男爵家の当主ってことにはなってるけど、姉も妹もいないから誰かのふりをするわけにもいかないし。
「あぁそれなら大丈夫。うちに手頃な爵位が余ってるから、その中から好きなの使えばいいからさ」
「はい!?」
「なぁ、頼むよローゼン。幼馴染で親友たるオレ様のために未来の嫁候補を調べてくれよ! 性格はどうでもいいからさ、スリーサイズとルックスの確認だけでも頼む!」
「えぇぇ、性格はどうでもいいの?」
「オレ様の優先順位的には低いな。やっぱスタイルだろスタイル」
「ひどっ」
全ての女子たちを敵に回すかのようなグラウの優先順位はどうでもいいとして──いくらグラウの頼みでもなぁ……無茶にもほどがあると思わない?
「もちろんタダとはいわん。報酬も出す!」
「報酬って、どんな?」
「こいつだ」
グラウが取り出したのは──小さな四角形の何かのパーツ。
って、それは!?
「もしかして、ホムンゴーレムの機能拡張メモリーカード!?」
「あぁそうさ、先日ダンジョンから発掘されたばかりのやつだ」
ホムンゴーレムにセットすることで機能を追加できる〝機能拡張メモリーカード″は、ダンジョンの探索でもめったに見つかることがない激レアなアイテムだ。
正直ホムンゴーレム自体が世間一般に認知度が低いので欲しがる人は少ないんだけど、もし見つかれば最低100万エルを下回らない高級品だ。
先日苦労して手に入れた『エステ機能』のメモリーカードだって借金返済中だし、新たなカードは仮に発掘されても買うお金が無いところだった。
それをプレゼントしてくれるなんて──なんという魅力的な報酬なんだろう!
「こいつはもともとお前に誕生日プレゼントとしてあげる予定だったものだ」
「いや、だったらすぐ頂戴よ!」
「でもよ、ホムンゴーレムのメモリーカードって高いんだぜ? そんなものを簡単にあげるのは、さすがに問題あると思わないか?」
「ぐぬぬ……」
確かにグラウの言うことは一理ある。
一理あるけど……元々プレゼントしてくれる予定だったんだよね?
「もしくは生おっ●いを見せてくれるでもいいぜ? それなら──」
「ああ、やるよ! やればいいんだろっ! 令嬢だろうがなんだろうが潜入して確認してくるよっ!」
「おお、それでこそローゼンだ! よろしく頼むぜ!」
ああ、言ってしまって自分の失言に気づく。
だけど今さら撤回するわけにもいかないし、なによりグラウが持つ〝メモリーカード″が魅力的すぎる。
仕方ない、グラウの提案を受け入れるしか無いか。
こうしてボクは、売り言葉に買い言葉で──なぜか女性だけのパーティに〝女性化″して参加することになってしまったんだ。とほほ……。
ここまでがプロローグ的な第一章になります。
次から第二章です( ´ ▽ ` )