40.【最終話】救国の聖女
スレイアを団長としたボクたち【グランファフニール護国団】は、【死蛇熱】が発生したとされる城下のスラム街へと足を向ける。
既にスラムは【死蛇熱】の人たちで溢れかえっていた。黒いアザが腕や脚に発現した人たちが、高熱にうなされながら教会の中に所狭しと寝そべられている。
「いけない! 無防備に対処すると拡大する! スレイア、お願い!」
ボクの言葉に頷くと、スレイアが声を張り上げる。
「落ち着け! 静まれ!」
彼女の凛とした声が教会内に響く。
「わらわはパニウラディア公爵令嬢スレイアだ! いや、今は【グランファフニール護国団】の団長としてこの場にきた!」
護国団? なんだそれ? と疑問の声が上がりざわつく。
だけどスレイアの美貌がここでは非常に効果があったみたいで、彼女の顔を見た人たちがしんと静まっていく。
「我々はおぬしたちの病を治すためにやってきた! 今からわらわたちの指示通りに動くといい!!」
ドンっと音を立てながら、蒼い龍の紋章が載った旗をグラウが掲げる。この前ボクたちが考案した紋章は、病に苦しむひ人々の目にどう映るんだろうか。
「それで──公女様、わしらはどうしたらいいんだ?」
「まず換気をせよ! 【死蛇熱】は空気の澱みで拡がる。次にこの消毒液で手を洗いながら病人を介抱せよ。そして黒い蛇のようなアザには決して触るな、病原菌の巣だからな!」
ボクがお願いした通りのことを、ハキハキとした声で指示していくスレイアは本当に見事だ。やっぱり彼女が護国団のリーダーであり、この病に打ち勝つための象徴であるべきだと確信する。
さぁ、スレイアが道を切り拓いてくれたところで次はボクたちの出番だ!
「グラウ、君の〝闇の衣“をみんなの接触する部分にかけてあげて! あと口を覆うマスクも作れたら」
「任せとけ!」
病人たちの整列や手当ては、スラム街の有志や教会の修道女たちがやってくれている。その間にボクたちは薬を制作していく。
「ネネト、【竜精漿】追加できる?」
「かんばるよ──これでいいかな」
「うん、上手くできてる。この調子で小瓶になみなみお願い!」
「そ、そんなに!? ……ううん、がんばるよ!」
どうやらネネトはコツを掴んだようで、難しい成分のものだけど順調に【竜精漿】を生成していく。受け取ったボクは、死蛇熱の特効薬──その名も【護国薬】を作っていく。並行してアフロディアーネへの指示も忘れない。
「アフロディアーネ、なるべく浄化の範囲を狭めて! そうしないとすぐ力尽きちゃうよ!」
「そんなこと言っても、みなさん苦しんでますわ!」
「君がこの病に打ち勝つための重要な鍵なんだ、君が倒れたら台無しなんだよ!?」
「……わ、わかりましたわ」
素のアフロディアーネはやはり心優しい人で、病魔に苦しむ人たちを放っておけない性格だ。スレイアの責任感やネネトのプライドといったものとは全く異なる動機──ある意味彼女が一番純粋に人々を救いたがっているのかもしれない。
だからこそ頑張りすぎちゃうから、ボクがちょこちょこ歯止めをかけるんだけどね。そうしないと──どんどん溢れていく患者たちを救うことはできないからね。
なにせボクたちの戦いは、まだ始まったばかりなのだから。
◆
──【死蛇熱】が治療されている。そんな噂を聞きつけてか、スラムの教会にどんどん人が集まり始めた。
人が増えたせいで、スレイアの神通力も通じなくなっていってどんどん秩序が乱れていく。あちらこちらから「こっちは死にかけてるんだぞ!」とか「こっちを早くして!」などといった怒号や怒声が聞こえて来る。
くそっ。頼むからちゃんと感染拡大しないよう協力して欲しい。
ここでちゃんと防ぎ切らないと、【死蛇熱】がさらに拡がって被害を拡大させてしまうというのに……。
「こらーーっ! お前ら言うことを聞けーーーっ!!」
まるで雷が落ちたかのような怒号に、無秩序になりかけていた場が一気に静まり返る。大きな声。巨大な体。
あれは──フロイド兄さんだ!
「フロイド兄さん、もう大丈夫なの?」
「ああ、こんな状況じゃおちおち寝てられないからな!」
勇者様だ、勇者様がいらっしゃったぞ! フロイド兄さんの知名度と人気は絶大で、乱れていた場が急に落ち着きを取り戻していく。その雰囲気を作り上げたところで、フロイド兄さんがまた声を張り上げた。
「皆のもの、よく聞いてくれ! 俺は──ここにいる4人の聖女たちを守りにきた!」
は? 四人の聖女って誰よ!?
「グランファフニールはこの四人の聖女の力によって、必ずや【死蛇熱】に打ち勝つであろう。だから皆も力を貸すのだ!」
おおーーっ!!
沸き上がる大歓声。これは──凄い、さすがは勇者だ。一発で雰囲気を変えてしまった。
「違うぞローゼン。これはお前の力だ」
「ボクの──力?」
「ああ、まだまだ先は長いが支援も来る。気合い入れてがんばるぞっ!」
そこからは、また戦いの続きだ。
ボクたちは無心になって対応をしていく。
アフロディアーネが浄化して。
ネネトが薬の原料を生成して。
ボクが薬を作って。
スレイアが指示して人々に処方していく。
スレイアの指示に従って、フロイド兄さんも手伝った。
いつの間にかやってきたフロイド兄さんの部下たちや、キャスアイズ兄さんを筆頭とした国務省の人たち。
みんなの力を用いて、必死になって【死蛇熱】と戦い続けたんだ。
◆
【死蛇熱】の対処と治療は、それから3日3晩続いた。
それだけ多くの人たちが疫病に感染していたのだ。あと数日でも対処が遅かったから、もしかすると王都は壊滅していたかもしれない。
ボクのスペシャル魔法薬を大盤振る舞いしたので、みんなフル稼働で病魔に対応した。
いつしかスレイア、ネネト、アフロディアーネ、そしてボクの四人は「4聖女」などと呼ばれていたらしい。これも全部フロイド兄さんのせいだと思う。
だけどそんなことを気にすることもなく、ボクたちは文字通り不眠不休で戦った。
そしてついに──長かった戦いは終わりを告げる。
四日目の明け方に、ボクたちは最後の患者の治療を終えたんだ。
「終わった……のか?」
「終わったの?」
「終わりまして?」
「た、多分?」
ボクの言葉をきっかけに、最初にネネトが、次にアフロディアーネが、最後にスレイアがふらりと倒れる。
ネネトはボクが、スレイアをフロイド兄さんが、アフロディアーネをキャスアイズ兄さんが支える。だけどネネトを支えてふらりとしたボクの体を、今度はグラウが抱えてくれた。
「あなたがたは、真の聖女様だ!」
誰かが叫んだ。
一気に喝采が広がっていった。
ついにボクは──【死蛇熱】に打ち勝つことができた。
グランファフニール護国団は──本当にこの国を救うことに成功したんだ。
「やった、やったよ……母さん」
ボクは守れた。
ボクは仇を討てた。
ボクは──いやボクたちは、この戦いに勝利したのだ!
「……お前は本当にすげえよ、ローゼン。オレ様の誇りだ」
グラウが耳元で何かを囁くのを聞きながら、ボクは──最後の意識を暗闇に向けて手放したんだ。
〜エピローグへ続く〜
エピローグに続く。




