4.ギフト覚醒
グランバルト王国第三王子グラウリス・バーラト・ファフニール・エル・グランバルトの〝観察″と〝監視″。それがボクに与えられた本来の仕事だった。
所有が確認されたのがグラウで歴史上二人目となる〝災厄級″ギフト・ナンバー3《虚蝕餐鬼》。
超古代文明が開発した人間最終兵器とも言われ、覚醒した際には世界を壊滅に追いやる恐れがあると伝わる〝四大災厄ギフト″のうちの一つを持って生まれてしまった彼は、この世に生を受けた瞬間から監視対象だった。
今はまだ完全には目覚めていないギフト。
だけど、いつ覚醒するか分からない。
覚醒した際にどうなるか分からない。
そもそもギフトは複数のスキルがひとまとめとなったスキル群だ。果たしてどんなスキルが動いて、どうなってしまうのか……。
だからボクはずっとグラウのそばで、存在が確認されたまま眠り続けてる彼のギフトを観察していた。
ホムンゴーレムとしてのエスメエルデが持つ〝スキル感知機能″を使って。
ところが今回エスメエルデの感知機能に捕捉されたのは、グラウではなく、このボク。
しかも確認されたのは未発見のデータベースへの〝ゲート開闢″および未確認ギフトの〝解放″。
超古代文明時代の遺産である《 特殊技能格納庫 》──通称データベースには人を進化させる【 スキル 】が多数格納されていて、努力や才能、偶然や運命により魔力線の通路をデータベースに接続することで、当該スキルを使うことができるようになる。
超古代文明はこのデータベースを駆使して栄えていたそうで、文明が滅びた今でもボクたちに恩恵を与えてくれている。
データベースは簡単には人の目に触れることのない次元の狭間などにあるらしく、実物が確認されているのは初級生活魔法に関する一部のデータベースだけ。それでも数多くのデータベースが存在を認知されていて、ボクたち現代人類はアクセスすることでスキルを使うことができたんだ。
だからこれが〝既知のデータベースへのパス開通″と〝新たなスキルの獲得″だったなら、あり得る話だった。
スキルは経験を積めばパスが解放されることがある。実際ボクもすでに複数のスキルを所持しているくらいだから。
だけど──今回は違う。
〝ゲートの開闢″が必要になるほどの、大量のスキルへのアクセス。
【 スキル百科 】のライブラリアンであるこのボクが、ライブラリアン専属のホムンゴーレムであるエスメエルデが、〝存在を知らない″データベースに繋がり、〝未知のギフト″が解放される。
これら一連の流れが意味しているのは──。
「ぐぅぅ──……」
「おいどうしたローゼン!? 大丈夫か!?」
ボクの全身を鈍い痛みが貫く。
まるで全身をまるごと作り直しているかのような違和感に、ボクは思わず膝をついてしまう。
……だけどここでグッと歯を食いしばる。
なにせエスメエルデの機能をもってしても未発見、未確認ということは、現代人類の歴史上で誰もアクセスしたことのないデータベースにつながり、誰も手にしたことのないギフトがボクの身に降りてきたことを意味しているのだから。
【 スキル百科 】のライブラリアンであるボクとしては、その正体をちゃんと確かめるまではぜったいに気を失うわけにはいかない。
変化は──緩やかに終わりを告げる。
光が収まるとともに痛みが遠のいていったので、ボクはふぅと大きく息を吐く。
「な、何が起こったんだ、ローゼン!?」
「どうやら……信じられないことに、ボクに新たなギフトが降りてきたみたいなんだ」
「はぁ!? たったいま、ここでギフトに覚醒したってのか!?」
グラウが驚くのもわかる。
努力や才能によって開花することが多い【 スキル 】と違って、【 ギフト 】は通常グラウみたいに〝持って生まれる″ケースがほとんどだ。
稀に大きな困難や苦悩に突き当たった際に覚醒するパターンもあるらしいけど、今のボクみたいに、ごく普通の日常において覚醒するなんてのは前代未聞だ。
それより──。
「一体どんなギフトが覚醒したんだろう。なんだか全身が熱っぽいままだよ」
「……」
「身体強化系のギフトかな? だとしたらボクにはあんまり必要じゃなさそ……って、グラウ?」
どうしたんだろうか、いつもは饒舌なグラウがなぜか黙り込んでいる。
陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせながら、震える指でボクのほうを差している。
「……あわわ」
「なに、どうしたの? なんだかグラウらしくないなぁ。言いたいことがあるならはっきり言いなよ」
「にょ……にょ……」
「にょ?」
「おっぱ……おっぱ…」
「はぁ?」
うーん、どうにも要領を得ない。言葉の代わりになぜかボクの胸元を何度も指し示している。
「胸? 胸がどうしたの?」
「おっぱ……ローゼン……おっぱ……」
「いや、だからボクは男なんだから胸なんて無い──」
むにっ。
「むにっ?」
な、なんだ!? この違和感は!?
胸を触ると、むにむに、というなんとも言えない感触が伝わってくるではないか。
気になってさらに触ってみると──やはりむにむにする。
むにむに。むにむに……。
「むにむにっ!?」
ボクの身にはありえない異変に気づいて、ボクは慌てて立ち上がる。
ずるり、着ていた服が僅かにずれる。え、どうして?
しかも視界が何やらおかしい。いつものボクの目線より低い。
もしかしてボクは──背が縮んだ!?
いや、違う。これは違う。
胸の感触、身長の変化。
も、もしかしてこれは──。
「あぁ、オレ様はもしかして頭がおかしくなっちまったのか?」
頭を抱えるグラウの肩を掴んで、ボクは確認する。
確認しないと、恐ろしくて現実を受け入れられそうになかったから。
「ねぇグラウ、しっかりして! これってもしかして……」
「あ、ああ……もしオレ様が正気なのだとしたら──お前、変わってるぞ?」
「変わってるって、何に?」
「女の子に」
──女の子に、変わってる。
言葉の意味を理解して、ボクは自分の胸元を開いて胸を確認する。
「……ある」
なぜか、ある。
今までのボクにはなかった二つの膨らみが。
──ってことはまさかっ!?
ボクはズボンを拡げて大事な男の子のシンボルがあるところを確認する。
だけど今度は──ない!?
「……ない」
「ないって、何がだローゼン!?」
「無いよグラウ。どうしよう……」
「だから何が無いんだっ!? はっきり言えっ!!」
「ボクの大事な●●●が無いんだよっ!!」
突然のギフトの覚醒。
肉体の大変化。
どうやらボクは──ボクの身体は。
「うわぁぁぁぁあっ!! 身体が〝女の子″になっちゃってるぅぅうぅっ!?」
あまりにも突然の出来事に、ボクは頭を抱えて膝をついたんだ。