32.発現
近くの小さな街で服を買い揃えようと雑貨屋でグラウに立ち寄る。
正直、少し薄汚れてはいるものの上等な服を着たグラウとドレスを着たボクは奇妙な組み合わせだと思う。実際、街の人たちにものすごく注目を浴びてるし。
でも気にしてなんていられない、早く服を買わないと。
ドレス1着で歩き回るなんてボクの精神がゴリゴリ削られるからね。
「じゃあ……この服を着てくれないか?」
「えーっ、こっちじゃない?」
結局選んだのは平凡なシャツとスカートに外套。本当はズボンが良かったんだけど、そこだけはグラウがどうしても折れなかった。
「お前がスカートってだけでやる気が出るってなもんだぜ」
「ごめん、全然意味が分かんないや」
「分かんなくてもお前は受け入れれば良いんだよ」
「はいはい、誕生祝いだからね」
そのほか、数日分の食料も調達して向かったのは──広大な敷地面積を誇る王家所有の狩猟場。
辿り着いたのがお昼を少し過ぎた時間だった。ここには小さな小屋もあるし、なにより狩りの時期でないことから無人なのだ。
「ここなら誰にも迷惑をかけないだろ?」
「そうだね」
確かにここなら大暴れしても安心だ。
ここでボクたちは──運命の日を迎える。
腕のコネクトリングがずっとチカチカ光ってる。たぶんエスメエルデが捕まって、父さんかキャスアイズ兄さんからのなんらかの連絡が来てるんだろう。
でも無視だ。
グラウは絶対に渡さない。コネクトリングへの魔力提供を断つと、シュンと音を立てて静かになった。
「誕生祝いに二泊三日の旅行とは最高じゃないか! なぁローゼン!」
悲壮感もなくグラウはすごく楽しそうだ。嬉々として小屋のベッドにダイブする。
明日──いよいよグラウは誕生日を迎える。そのとき、彼のギフトはどうなるんだろうか。
エスメエルデが居ないからすぐには分からないけど、幸いにも今のところギフトに怪しい動きはない。
いざとなれば、ボクは手を下さなくちゃいけないかもしれない。
ボクが持つ中で最強の毒物──【龍殺牙】。
たとえ龍でも殺しうるほどの猛毒だ。お守りがわりに持ってたけど、こんなものは使いたくない。
「しかしさぁ、お前と二人で旅に出ることになるとは思わなかったな」
「そうだね。でも……まぁ楽しいもんだね」
「ああ、オレ様はずっと後宮という名の檻の中に閉じ込められてたからな。クソみたいな予知のおかげでオレ様はこうして成人を迎える直前に自由を得られたわけだ、最低で最高じゃないか!」
「うん、だから──今日は楽しもうね」
「もちろんだとも!」
今日は好きに過ごすことにする。近くの川に釣りに行って魚を獲ったり、買い込んだ食材で料理を作ってみたり。
グラウにとって初めて味わう自由は、どんな感じなのかな?
「しかしローゼン、お前料理上手なんだな」
「料理タイプの魔法薬を開発してるからね、ボクにとっては料理は魔法薬製作の一環なんだ」
「げっ、まさかこの中にも何か入ってるのか?」
「もちろん入ってるよ」
精神安定効果のあるハーブとか滋養強壮の木の実とか体力回復の芋とかね。
「ま、美味いからいいか」
「こら、つまみ食いしないの。でもグラウ警戒心皆無だよねぇ、いつか毒盛られるよ?」
「お前になら本望さ」
真顔でそんなこと言われるとドキッとする。もしかして──何か察してるのかな。
「ボクはそんなことしないよ。それより誕生日ケーキも作ったんだけど、あとで食べようね」
「おっマジか、すげぇな!! やるじゃねーかローゼン! でもなんで明日じゃなくて今日──ってそうか」
そう。ボクたちには明日お祝いする未来があるか分からない。
だからせめて今日くらいは、精一杯お祝いしたい。
◆
ケーキも食べてお腹いっぱいになったその日の夜──まもなく日付が変わろうとしている。
ボクはもう寝るつもりはない。これからいつ、何が起こってもすぐに対処できるように。
ゴーン、ゴーン。
魔導時計の鐘の音が聞こえ、日付が変わったことを告げる。
「誕生日おめでとう、グラウ」
「ありがとよ、成人を最初に祝ってくれたのが女体化したローゼンってのもなにか運命じみたものを感じるよな」
「そんな運命、イヤだよ」
でもいまはジョークや皮肉よりもグラウの体調だ。
「グラウ、何ともない?」
「あぁ……ん?」
不意に、グラウが顔を歪める。
──ドクン。
まるでグラウの心臓の音が聞こえるような、明らかな異変。
「ぐうぅ……」
グラウが胸を押さえて苦しみ出す。
彼の周りには黒いモヤのようなものが浮かんでくる。大気中に漂う魔力が可視化されたものだ。
間違いなく《虚蝕餐鬼》の暴走反応だ! これほどの濃厚な魔力を浴びたら──くそっ、グラウ!
「どうしよう、グラウ!!」
とりあえず苦しんでいるグラウの手を握りしめる。大量の汗を流しながらグラウが顔を上げる。
「おいローゼン……教えろっ! オレ様は──未来でお前に何をした?!」
「っ!?」
スレイアが見た予知は──血塗れのボク。
恐らくは止めようとして、止められなかった未来。
「お前は、オレ様を止められなかったんだな?」
「……」
無言は、肯定。
察したグラウが舌打ちをする。
「ふん、お前ごときに……オレ様が止められるわけないよな、くくく……ぐぅっ!」
グラウが苦痛に顔を歪めながら、それでも笑う。
右手を──ゆっくりとボクに向かって差し出してくる。
「……出せよ」
「え?」
「持ってるんだろう? オレ様を殺すための猛毒を……早く出せよ!」
……さすがグラウ、何でもお見通しだな
そう、持ってる。
だけど──。
「ないよ」
「嘘つけ」
「あっても出さないし使わない」
「くっ……バカっ! なんでだよっ!」
「ボクは──グラウに毒を盛るなんて絶対にイヤだ!」
「……だろうな。だがそれはオレ様も同じだ。オレ様もお前は──お前だけは傷付けたくないんだよっ!」
「っ!?」
「だから……くれよ」
「いやだ!」
今わかった。確信した。
予知でボクが血塗れなのは──グラウに毒を盛れなかったからだ。当たり前だ、できるわけないよね。だって友達なんだもん。
「バカヤロウ……」
「バカでいい、一緒だよ」
さらにグラウの身体から黒い魔力が滲み出てくる。既に体の半分を覆い尽くし、背中には黒い翼が形作られていく。
ボクも覚悟を決めてもう一つの秘密兵器を取り出す。
ボクの魔法薬開発の現時点の到達点。
ローゼンバルト専用特撰魔法薬──【天限突破】。
【龍殺牙】が対外最強の魔法薬なら、こっちはボク専用の究極の内服型魔法薬だ。
これを飲めばボクも……。
「待て……ローゼン」
「なに?」
「最後のお願いだ……」
《虚蝕餐鬼》が呼び寄せた黒い魔力に喰いつかれ、漆黒に塗りつぶされようとしているグラウからの──絞り出すような願い。
「なんだい、何でも言って! ボクにできることなら何でもするから!」
「た、たのむ。お前の──」
「ボクの?」
「──おっぱいをもませてくれ」
…………は?
こいつ、何言ってんの?




