31.逃避行!?
──ボクも一緒に行く。
そう伝えるとグラウが驚いた表情を浮かべる。
「お前……いいのか?」
「もちろん」
さぁ、そうと決まったら急いで王都を出よう。
出発は明日の早朝が良いかな。スレイアには手紙を託して──グラウと市井を視察しますとかって伝えておけばいいか。着替えを用意したいからこれから一度家に戻って──。
──トントン。
誰だろう、こんな時間にグラウの部屋に来るなんて。
「グラウリス王子、ローゼンバルド。ここにいますか?」
うそっ!? この声は──キャスアイズ兄さん!?
なぜ国務省のエリートである兄さんが……さては父さんが手を回したな。
たぶん──ボクではグラウを抑えられないし最後の手段にも出れないと判断されたんだろう。だからキャスアイズ兄さんを派遣してきたに違いない。ガチャガチャと鎧の音もするから衛兵も一緒にいるんだろう。
「グラウリス王子、ブロードフリード侯爵家のキャスアイズです。夜分恐れ入りますが、おりいってご相談があります」
キャスアイズ兄さんなら、王国にとって最適な解を迷いなく選ぶに違いない。最適解──すなわち〝グラウの排除″に。
だけどボクは違う。そんな判断は絶対に受け入れられない!
「グラウ、逃げるよ!」
「なんだと!?」
「キャスアイズ兄さんに捕まるとまずい。兄さんはグラウを捕縛しにきたんだ!」
「よくわかんねぇが分かった。お前も来るんだろ?」
「もちろん!」
「エスメエルデ、君は──スレイアとネネトのところに向かって、この手紙を渡して!」
「ペペロンチーノ」
エスメエルデに「今日からグラウと街を探索するから心配しないで」とあらかじめ書いていた手紙を渡すとボクたちは部屋の窓を開けて脱出用のロープを下に垂らす。
いつもグラウがお忍び外出するときの手段だ。うぅ、スカートだと降りづらいなぁ……それでも頑張って降りたところで上から声がする。
「おい待てローゼンバルト! お前は──ん? 女性?」
「アラビアータ」
窓から顔を出すキャスアイズ兄さん。捕まってジタバタしているエスメエルデの姿も見える。
「キャスアイズ兄さん、ごめん!」
「は? どうなってるんだ? なんでローゼンバルトが女性に──」
戸惑うキャスアイズ兄さんを無視してボクはグラウと駆け出す。向かう先は──馬舎。
「乗れっ!」
「ありがとう!」
グラウに引き上げられ、彼の愛馬に跨る。ってなんでボクを抱きかかえるよう乗せるかな!?
「ちょ、ちょっとグラウ! 後ろに座らせてよ!」
「ふんっ、時間が惜しい。それに振り落とされるぞ、しっかり掴まってろ!」
グラウが見事な手綱捌きで愛馬を操ると、そのまま夜の王城を脱出する。
さすがグラウ、操馬術は超一流だ。ボクは振り落とされないように必死にしがみつく。
「ひぃぃ……」
「もうちょっと可愛い声で囀れよな!」
「ム、ムリだよ、ボク馬術苦手だし……うわっ!」
「くくっ、悪くないねぇこういうのも。だんだんテンション上がってきたぜ!」
暗くなっていた王城に明かりがどんどん灯っていき、警戒態勢が拡がっていく様子が見える。たぶんボクたちを捕まえようと探してるんだろう。
「グラウ、どこに向かうの?」
「行けるところまで行っちまおう。人気のないとこがいいんだろ?」
「うん、でも着替えとか欲しいかも」
「あー確かにな、オレ様たちの格好は目立ちすぎるし。よし、ある程度撒いたら途中の小さな街に寄ろう」
「わかった、わかったんだけど……お願いだから後ろに乗せてっ!」
これ以上グラウに後ろから抱き抱えるようにされてたら、頭がおかしくなっちゃうよ!
◆
王都を脱出したあと夜通し走って、朝日が登り始めた頃──。
ほとんど未整備の川沿いで、ようやく馬を降りて休息を取るこたにした。
「だぁー、疲れたぁ」
そのまま川に顔を付けるグラウ。徹夜で馬を操ってたから疲労困憊だよね。しばらく水を被ったあと、川辺に倒れ込んでしまう。
ボクはハンカチと一緒に、手持ちの魔法薬の錠剤を渡す。
「はい、疲労回復に効くよ」
「あーサンキュ、お前の魔法薬は効くからな。自分は飲まないのか?」
「大丈夫、ボクは専用のやつを飲んでるから」
ボクの身体は薬物に慣れすぎていて普通のものではほとんど効かない。だから特製品になるんだけど、その代わり効果は抜群で一週間くらいは寝なくても平気だ。
「なんだか《女体化》だと魔法薬の効果がいつもより強く出てる感じがするんだよね。これももしかしてギフトの効果なのかな」
「……すー……すー……」
朝日が照らす川辺は、キラキラと輝いてすごく綺麗だった。王都から落ち延びてきたことがウソみたいに。
グラウが軽く目を閉じて寝息を立てている横で、ボクは水を絞ったハンカチで顔を拭きながらふぅと息を吐く。
「はぁ……早く元に戻りたいなぁ。男物の服が恋しいよ」
「あぁ!? お前戻る気なのかよ」
「当たり前じゃないか! って起きてたの?」
「オレ様くらいになると小一時間の仮眠でも十分元気溌剌なんだよ」
意味不明なことを言ったあとグラウはしばらく背を向けて──急に振り返る。
「そうだ、ローゼンおまえオレ様に何か欲望はないかって聞いてたよな?」
「ボクが聞いたのは誕生日プレゼントに欲しいものね!」
「……そのまんまでいてくれよ」
「はい?」
「オレ様の誕生日まで、その格好のまま過ごしてくれよ」
……何言ってんの?
「イヤだよ、今だって本当は水浴びしたいくらいなのに」
「すればいいじゃねーか。一緒にやるか?」
「やんないよっ!」
「……んだよ、誕生日で言うこと聞いてくれるんじゃなかったのかよ」
はぁ……この王子様はこの状況においてもボクを困らせて楽しいのかね。
まぁでも今のままの方がボク自身に魔法薬が効きやすいしみたいだしなぁ。
いざとなれば 今なら最終手段の魔法薬を使っても身体が耐えられるかもしれないし。まぁ使うつもりないけど……保険的にもこのままでいるのはアリかな。
「わかったよ」
「おっ! いいのかっ?」
「その代わり、変なことは絶対しないからね?」
「あったりまえだろ! そうと決まれば早速行こうぜ。たしか小一時間ほど先に小さな街があったはずだ。この格好のままだと目立って仕方ないから着替えを買おうぜ!」
急に張り切り出すグラウ。なんだかなぁ……。




