3.エマージェンシーコール
しかしグラウのこのスケベな性格は何とかならないものだろうか。
未覚醒のギフトの影響もあるとはいえ、こんなに人格が歪んでたらこの先もまともな恋愛とか出来なさそうだと思う。変わった幼馴染を持つ身としてはちょっと心配だよね。
「おいローゼン、お前オレ様に対してなんか失礼なこと考えてないか!?」
「……別に」
「だいたいローゼンは本当は異性に興味があるのか? それともそこにいるエロエロデンデンだっけ──」
「エスメエルデ!」
いい加減、名前覚えてくれないかな!
「あー、それだ。お前、そのホムンゴーレムにしか欲情しないのか?」
「ちょ、ちょっと何言ってるのさ!? エスメエルデはボクのパートナーでありカスタマイズ対象だよ。そもそもなんでホムンゴーレムに欲情するの?」
「……素で返すなよ、面白くないなぁ」
面白いも何も、エスメエルデをそういう目で見るほうがボクには理解できない。
「そりゃボクだって異性には興味無いわけじゃないよ。だけど日々の研究が忙しくてそれどころじゃないんだ。それに──出会いもないしね」
「あー、まぁな」
ボクとグラウはちょっとだけ複雑な生い立ちもあって、周りから腫物のように扱われている。
そのせいで──本来だったらグラウだって同年代の子たちとたくさん交流したりすると思うんだけど、そんな機会も無かったんだ。
「だからボクたちの関係はこうして今も続いているんじゃないかな」
「まぁな。ったく……幼馴染の持ち腐れだぜ」
「なにそれ。聞いたことない単語なんだけど」
「だってよ、幼馴染といえばやっぱり〝美少女″じゃないか。そして美少女の幼馴染といえば恋に落ちる運命にあるんだよ! お互いの良いところも悪いところも分かってる幼馴染なんて最高じゃないか!」
「ボクはグラウの妄想にドン引きしてるけどね。変な雑誌の読みすぎじゃない?」
グラウはイケメンの王子様のくせに、妙に夢見がちなところがある。しかもだいたいそれがエロい妄想っていうのは正直どうかと思うよ?
だけどグラウはボクの毒舌を気にしたふうもなく熱弁を続ける。
「まぁでもオレ様ほどではないにせよ、ローゼンだって悪くない顔立ちだよな。背は低いけど目は大きいし顔立ちは整ってるし」
「え? そ、そうかな?」
「髪もまつ毛もピンク色で目立つしな。いつも適当でろくに手入れもしてないだろうが、ちゃんとしたらそこそこいけるんじゃないか」
「そこそこ……」
「オレ様を貴公子系イケメンだとすると、お前は癒し系──いやカワイイ系か。女に生まれてたらさぞかし世の男どもをたぶらかしていただろうよ」
「ぜんぜん嬉しくない評価ありがとう」
「声も可愛いらしいし、絶対イケると思うぜ?」
「それ褒め言葉じゃないからね?」
たしかにボクは昔から『顔が中性的』とか『女の子っぽくて可愛らしい』とか『声が女の子っぽい』とかよく言われてきた。髪を切るのが面倒で長めに伸ばしてるのも関係しているかもしれない。
でもさ、可愛いとか女の子っぽいって言われて喜ぶ男子なんているかな? グラウみたいな典型的なイケメンの方がよっぽどモテると思うし羨ましい。
「しかも最近やたら肌艶いいしな」
「……エスメエルデに美容機能付けたら、毎日肌のケアさせられるんだよ」
「ぶふっ!? なんだそれ!?」
「きれいに洗顔したり、化粧水付けたり美容液塗ったりとか……」
「ぎゃはは、女子力高めてどうすんだよ!」
ボクの話を聞いて腹を抱えて笑い出すグラウ。
くそー、ボクだって好きで美容してるわけじゃないのに。
「髪も長くてピンクで可愛らしい感じだし、いっそのこと女装してみろよ! 声も高めだし、きっと似合ってるぜ?」
「はぁ? ぜったいに嫌だよ、なんでボクが!」
「あーあ、ほんとローゼンが女の子だったら良かったのになぁ」
グラウがまた何かおかしなことを言い始めた。
よりにもよって、ボクが女の子だって?
「……なぁ。もしさ、ローゼンが胸がデカい美少女とかだったら、オレ様の人生変わってんじゃないかって思わないか?」
「その前にボクの人生が変わってるよ」
「まぁ聞けよ。幼馴染といえば巨乳な女の子が王道。それは分かるよな?」
「ぜんっぜん分かんないんだけど」
「王道を理解しないとは、お前邪道だな? まぁいいや、お前が巨乳美少女だったら、オレ様はこんなにも若き情熱を拗らせることは無かったと思うわけよ。お前と言う美少女に恵まれて、満たされた日々を過ごしていたに違いない!」
「はぁ……」
そんな、ありもしないことをボクに向かって熱弁されてもねぇ……。
「なぁ頼むよローゼン、お前女の子になってくれないか」
「はぁ?」
「声も可愛い感じだし、いけるだろ?」
「なにそれ!? 意味わかんないよ!」
「オレ様の幸せな日々のためによぉ、頼むっ!」
何が頼む、だよ。
頼まれたって無理なものは無理に決まってるのにさ。
だいたいなんでボクが女の子になんてならなきゃならないん──。
『緊急事態発生、マスターへダイレクトコール』
「えっ」
それは──完全な不意打ちだった。
エスメエルデの無機質な声が、ボクの耳に、いや頭の中に飛び込んでくる。
いつものような意味不明な単語ではなく、意味のある言葉で。
これはホムンゴーレム制御用の指輪【 コネクトリング 】に設定していた緊急通信だ。
ボクはもともとある事態を想定して、エスメエルデを常時監視モードにしていた。つまり今の状況は、ボクが警戒していた事態が発生したことを意味している。
慌てて振り向くと、エスメエルデの両眼がサングラスの下で青く輝いていた。
これは──間違いない。
だけど〝警戒対象″であるはずの〝グラウ″にはなんの異変も見られない。
まさか、どういうこと?
その答えは、すぐにエスメエルデからの追加の緊急通信によってもたらされる。
その内容は──。
『未発見のデータベースへのゲート開闢が確認されました。対象は──マスター本人。これよりマスターに対して未確認のギフトが解放されます』
……うそだ。
そ、そんなことって──。
「なーんてな、お前に女の子になってくれっていうのは冗談でよ。実はな、ちょいとやっかいな話があってな。どうやらこのオレ様に縁だ──ってローゼン、お前どうした!?」
次の瞬間。
ボクの身体は──光に包まれたんだ。