24.スレイアの呼び出し
グラウに翻弄されたおでかけの日の翌日──。
ボクはスレイアの待つパニウラディア公爵邸に向かっていた。今日が彼女に呼び出された日なのだ。
前日とは打って変わってカジュアルなドレスに身を包んでの訪問。パニウラディア公爵邸に来るのはこれで二度目だなぁと思いながら、前回と同じメイドに案内されて中庭に向かう。
「あっ、ロゼンダ!」
「ネネト!」
なんでネネトが廊下にいるんだろう。てっきり前回と同じように中庭でスレイアと待ってると思ってたのに。
だけど彼女に笑顔で待っててもらえるのは嬉しいな。
「ここからは私が案内します。なんでもスレイア様はロゼンダと二人だけで話したいそうなので」
「そ、そうなんだ」
えー嫌だなあ。二人っきりとか嫌な予感しかしない。
もしかしてグラウを誘うことを断られてたりするのかな。もう対価をグラウに払ってるから、いまさら無しとかは勘弁して欲しい。
「あのー……ロゼンダって、ローゼンと親戚なんですよね」
「え、あ、うん。大丈夫だった?」
「うん、ローゼンは凄く良い人でした。紹介していただいてありがとうございます」
おお、良かった。前回で嫌われてたらどうしようかと思ってたんだ。こうしてネネトから直接感想を聞けるのは《 女体化 》のメリットかもしれない。……騙してる感じでちょっぴり罪悪感はあるけど。
「私、がんばってトレーニングしようと思ってます。だから今度ロゼンダと一緒にローゼンのところに行けるといいなって思ってて……」
「えっ!?」
一緒に!?ローゼンのところに!?
そんなの無理だよ、だって同一人物だし……。
「あ、あはは。う、うん、そそそそうだね」
「じゃあタイミングが合うときがあったら、絶対一緒に行きましょうね! 約束ですよ?」
あぁ、こうして果たされない約束を一つ結んでしまった。
ネネト、嘘吐きなボクでゴメンナサイ。
◆
どんよりした気分のまま庭に到着すると、前と同じように紅茶を飲みながらスレイアが待ち構えていた。
「よく来たな、ロゼンダ」
「は、はぁ……」
「じゃあ、私はここで」
案内を終えたネネトが引き上げていく。
後ろ姿を眺めているとスレイアが声をかけてくる。
「ネネトには良い人物を紹介してくれたようだな」
「え? あ、はい」
ああ、ローゼンのことか。一瞬誰が紹介したっけって思っちゃったよ。
「ネネトも目に見えて明るくなった。感謝するぞ」
ははーっ、ありがたき幸せ。
「それは良かったです」
「今日呼び出したのは他でもない」
「……グラウリス王子の件ですか?」
「ん、ああ。それもある」
……あれ、意外と反応が薄いな。
「王子はロゼンダが必要だと考えての推薦だろう? 別にロゼンダが認めた人物なら、わらわは受け入れよう」
なんという信頼、さすがは侯爵令嬢の度量だなぁ。
一歩間違えたらスレイアをグラウの生贄にしてしまうかもしれない話なのに、こんなに信頼されちゃったら……なんだか罪悪感がチクチクとボクの心を刺激する。
「今日はな、ロゼンダにちょっとした相談があってな」
「は、はぁ……」
「わらわたちはグランファフニール護国団としてこの王都を護っていくことになる訳だが──これから困難に立ち向かうにあたり、結束を強める必要があると考えておる」
結束?
なんだろう、話の筋が見えない。
「ところがここでわらわの身分が問題になっておるのだ。お主も知っての通り、わらわはパニウラディア公爵家──王族に次ぐ高貴なる地位にあり、その血を引く令嬢たるわらわは才色兼備の存在じゃ」
「はぁ……」
確かに事実なんだけど、それを自分で言っちゃうのがすごいよなぁ。ボクだったら絶対に言えない。
「そのわらわにも苦手な分野というものがある」
「スレイア様が苦手なもの、ですか」
「うむ。わらわはその……人と懇意になるのに手間がかかるのだ」
懇意になるのに、手間?
「ようは、人と仲良くなるのが苦手ってことですか?」
「な、何を言っておる! だ、断じてそんなことがあるわけがないだろう! ただちょっと、その……なかなか上手くいかないのだ」
「でもネネトがいるじゃないですか」
ネネトはスレイアのことを「スレイ様」と呼び、大切な存在だと言っていた。信頼関係は十分にあると思うんだけどなぁ。
「もちろん、ネネトはわらわと近しい存在だ。だがその──上手く言えないが、なんというか……きょ、距離を感じるのだ」
「距離?」
「わらわに遠慮をしているというか、気を遣ってるというか」
そりゃ相手が公爵令嬢だったら誰だって気を遣うと思うんだけどな。
「女性の社交界でも、仲良くなるのに節度が必要なのではないですか?」
「もちろんそうだが、今回は違う。困難に立ち向かうのだ、もっと親しくあっても良いと思わないか?」
「ええ、まぁそう思いますが……」
「おぬしもそうだ。わらわに対して遠慮しておるだろう」
そりゃ、高貴なる血を引く才色兼備のお方ですからね。遠慮しますよ。
「それを──どうにかしたいのだ。ネネトなどほぼ毎日一緒にいるのに変わらない。ところが、ネネトはおぬしや【 人形狂い 】ローゼンバルトとは親しくしておるそうではないか」
その嫌な二つ名、やめてもらえませんかね。聞くたびに心がゴリゴリと削られる気がするんですけど。
「えーっと。ようは──スレイア様はネネトと〝お友達″になりたい、ということですかね?」
「なっ!?」
スレイアの顔が一気に真っ赤になる。
……なんだこの人、照れ屋さんか。
「お友達……そ、そうだな。そう呼ぶものなのかもしれん」
「遠慮しなくても、お友達になりましょうって言えばいいじゃないですか」
「ぐっ!? そ、そんなことわらわの口から言える訳がなかろう!」
そんな、真っ赤になって否定することかな。
「そ、そもそもそなたは毎回相手にと、〝友達になりましょう″などと言っておるのか?」
ああ、さすがに毎回は言ってないかな。てか普通は言わないか。
「だがそなたには、そこそこ懇意にしておる相手がおるではないか。ネネトだけではなく、ローゼンバルトやグラウリス王子もだ。その力を──わらわに貸して欲しいのだ」
小難しいことを言ってるけど、ようは──。
「友達の作り方を教えてってことですよね?」
「ぶはっ!?」
ボクが改めて確認すると、スレイアは頭から湯気を出しながらテーブルに突っ伏したんだ。




