21.参加の条件
ここから第4章になります!
国務大臣の執務室は、王城グランファフニールの行政部の最奥にあった。
大臣席に座るボクの父タイランドルフ・バルクムンド・エル・ブロードフリード=ライブラリアン侯爵は、フロイド兄さんに似た顔立ちで威厳に満ち溢れている……ように見える。
「よく来たな、ローゼン」
「父さんも元気そうで」
実際に国を支える優秀な人で、ボクと同じ【 スキル百科 】のライブラリアンではあるんだけど──。
「オホン、せ、せっかくじゃから《 女体化 》のギフトを使って来ればよかったのに」
なぜかボクに〝女体化″してくることを強く勧めてくるんだ。
「無理だよ、女の子になったらここまで入ってこれないし」
「そんなのワシが一言言っておく! ロゼンダという娘が来たら黙って入れろ、そのあとは誰も入ってくるな! ってな」
「いやいや、そんなことしたら怪しいことを疑われちゃうから!」
「そんなもん、せっかく娘が出来たことに比べたら……」
「ん? 父さん何か言った?」
「い、いや、なんでもない。なんでもないぞ! それで、ワシに用件とはなんじゃ」
そうだ。今日は父さんに確認することがあって来たんだ。
「パニウラディア公爵令嬢スレイア様が《 預言視 》のギフト持ちなのは知ってるよね?」
「うむ。スレイア嬢のギフトは公爵に頼まれて前にスキル鑑定したことがある。あの能力は本物じゃ。じゃから王都壊滅の予知の件は気にしておったのじゃが……そういえばスレイア嬢にお茶会に誘われたと報告しとったな」
「うん。そのお茶会でスレイア様に【 グランファフニール護国団 】に勧誘されたんだ」
グランファフニール護国団は、予知で知った王都壊滅の未来を防ぐためにスレイアが作った団体だ。
「そこに、グラウと一緒に入ろうと思って」
「……ほう?」
ボクは自分の考えを父さんに伝える。
スレイアが見た未来が、ギフトを暴走させたグラウが王都を壊滅させた結果ではないかと考えていること。
その時のグラウが「童貞のせいだ」と絶叫していたこと。
「ボクは、グラウがギフトを暴走させてしまったのは『童貞を拗らせてしまったせい』だと思ってる。だからグラウに……本当の女の子との接点を作ってあげた方がいいんじゃないかと」
「童貞を拗らせて……ぐふっ」
「真面目に話してるんだからちゃんと聞いてよ! スレイアなら身元もちゃんとしてるし、なにより『王都壊滅という未来を防ぎたい』っていう熱い想いを持ってるから、目的とも合致するかなって」
別にスレイアをグラウ(の生贄)に捧げようとしているわけじゃない。グラウの魔の手が及びそうになったらボクが防ぐつもりであることは、父さんには黙っておく。
「なるほど。ローゼンは《虚蝕餐鬼》の過去の発現事例は知っておるな?」
「うん。不特定多数の異性と交遊した結果、発現し暴走したんだよね」
今から200年ほど前。グラウの前の《虚蝕餐鬼》の所持者は、10人以上の女性と面白おかしく遊んでいたところギフトが暴走。一つの街を丸ごと壊滅させてしまったとライブラリーに記録が残っている。
「うむ、じゃからグラウ王子には異性を近づけないように措置をしておったのじゃが……ローゼンはそれが逆効果じゃと考えておるのじゃな」
「多すぎても無さすぎてもダメなのではないかと。だからボクが管理した上で適切な距離を取れば、結果として暴走は防げるんじゃないかと思うんだ」
「……まぁ《虚蝕餐鬼》の管理と監視はローゼンに任せてあるからな。よかろう、やってみるが良い」
よし、許可を貰ったぞ。
さっそくグラウにも伝えなきゃ。
「ところでローゼン、ワシからおぬしに女体化したとき用にドレスを贈りたいんじゃが……」
「なんで? いらないよ」
「なっ!? アクリュースからは貰っといて、なぜワシからは受け取らん!?」
そりゃ義母さんからのお願いは断りづらいからだよ。
◆
「ねぇグラウ、ネネトのトレーニングをしてるときに勝手に入ってくるのはやめてもらえるかな?」
父さんの執務室を辞した後、帰りにグラウの部屋に立ち寄ると、開口一番この前の突入に文句を言う。
「なんだよ、可愛い子と密室でイチャイチャしてたから邪魔しようと思っただけじゃんか」
「何言ってるの、ネネトはそんな相手じゃないから」
「でもお前、おっぱい触って殴られてたじゃないか。ローゼンもなかなかやるなぁ! 見直したぞ」
「だから違うってば!」
「でもあの子、胸デカかったなぁ。しかもオレ様の顔を見て真っ赤になってたぜ?」
「……そりゃあいきなり王子に会ったら、誰だってそうなるよ」
グラウの発言にちょっと苛立ちながら、ボクは嫌味を返す。
あのあと、グラウの突入にびっくりしたネネトがギフトを発動させちゃうし、紅茶が毒化してネネトは凹んじゃうしで大変だっまよ。
なんとか落ち着かせて帰らせることにしたけど、グラウを前にしてずっとオロオロしてたし……本当に申し訳ないことをしちゃったなぁ。
「せっかくの精神コントロールのトレーニングも台無しじゃないか」
「そんなに怒るなよ、お前らしくないなぁ」
「怒らせるようなことをしたのはどこの誰さ」
やっぱりこの性獣をネネトたちに近づけるのは気が引ける。何か別な手を考えた方がいいのかな。
「お前、ネネトちゃんのこととなると怒りっぽくないか」
「いきなり貴族令嬢をちゃん付けで呼ぶのは良くないと思うよ」
「んなのお前の前だけに決まってるだろ。さすがに本人の前では言わないぜ」
だよねぇ。グラウはボク以外への外面だけは良いからなぁ。
やっぱり、親しい相手が男だけという環境が良くないな。エッチな本だけじゃグラウの煩悩は解放しきれなかったのだ。
だから本物の女子とお近づきになってもらう。未来予知のスレイアとも組めるし、グラウの煩悩も解放される。
うん、素晴らしいアイデアだ。これ以上の手が思いつかない。やっぱりグラウを勧誘しよう。
「ということでグラウ、ボクと一緒にスレイアの結成したグランファフニール護国団に入らない?」
「は? なんでよ」
理由……言えない。
煩悩を拗らせたグラウがギフトに覚醒して王都を壊滅させるなんて。それを防ぐために、女子たちと距離を近づけようだなんて。
「いや、王都が壊滅するなんて大事だからボクも力になれたらいいなって……グラウも部屋に篭ってるよりは良いかなって」
「お前いつから愛国精神に目覚めたんだよ」
「ぎくっ。ま、前からボクは愛国精神に満ち溢れてるよ?」
「ふーん……まあいい。ローゼンはロゼンダとしてその護国団とやらに入るのか?」
「うん」
そもそも護国団に誘われてるのはロゼンダであってローゼンじゃないからね。
「いずれはローゼンとしても入ることになるかもしれないけど、一人二役は大変だからね」
「……わかった。いいぜ、入ってやる」
え!? ほんとに!?
「何驚いてるんだよ。お前が入って欲しいって言ったんだろう?」
「そりゃそうだけど……」
「ただし条件がある」
「なに、条件って」
「女体化して、オレ様とデートしてくれ」
……は?
「は?」
「い、いや、変な意味じゃないぞ? オレ様はイケメンだが女性に慣れているわけじゃないだろ?」
「ネネトがいるときに部屋に乱入して来た人が何言ってるんだか」
「それはそれ、これはこれだ。だから女性に慣れるためにも、女体化したお前と出かけて場慣れしときたいんだよ」
くっ……微妙に説得力があるところがムカつく。たぶん本音のところだとボクへの嫌がらせとして、女の子の格好をさせて外を連れ回したいんだろう。
……まぁでも仕方ないか。
性格の悪いグラウのことだからもっと悪辣な条件を出してきてもおかしくないところを、むしろこの程度の条件で護国団に入ってもらえるならラッキーなのかもしれないし。
「……わかったよ」
こうしてボクは、グラウと街にお出かけすることになったんだ。
──断じてデートじゃなく、あくまで〝お忍びのお出かけ″なんだけどね!




