2.第三王子
侍女と警備兵が立ち去るまで穏やかな笑みを浮かべていた第三王子グラウ殿下。
扉が閉まるとすぐに立ち上がり──捲し立てるように一気に口を開いた。
「なぁローゼン、あの娘ぜったいオレ様に見惚れてたよな!? 間違いないよな!? 後宮勤めの堅物侍女を一目惚れさせるなんて、やっぱイケメンって罪だよなー?」
「……」
「あの子、ちょっと年上みたいだったけどスタイル悪くなかったよな? 清楚なイメージがある侍女を一度でいいから、もぎたてのフルーツみたいに裸に剥いてみたいぜ。それって男のロマンだと思わないか?」
これだ。
これが彼なんだよねぇ。
「お戯れを、グラウ殿下」
「似合わない口調はやめてくれよ、ローゼン。気持ち悪すぎて鳥肌が立つぜ」
そうまで言われて仕方なく──そうボクは仕方なく口調を崩す。
「はいはい分かってるよグラウ、君は最高にカッコよくてモテモテの王子様さ」
「ははっ! さすがローゼン、分かってるじゃないか。それでこそオレ様の幼馴染だ!」
「……それがこんなエロくてスケベな俗物だなんて知ったら、さっきの侍女も失望するだろうね」
「おいおい、王子様を俗物扱いかよ」
「だって事実じゃないか。王位継承権を持たない王子様」
「まったく、違いないな! ゲラゲラ」
ボクたちは顔を見合わせて笑い合う。
思い返せば──グラウとは10年来の付き合いだ。
お互いに庶子で、生母が亡くなってるという生活境遇やボクたちそれぞれに取り巻く事情なんかが関係して、なんだかんだと長く付き合いが続いている。腐れ縁の幼馴染というやつだ。
「メイドのホムンゴーレムも元気そうだな!」
「バケラッタ」
「ははっ、相変わらず言語機能がイカれてるじゃないか! まったく、これでエロい身体でもしてたら良いんだが、こうも幼児体型だとさすがにそそられないな」
「……グラウ?」
「ジョークだ、間に受けるなよ」
実際、今のボクの仕事の大半は彼の話し相手をすることだったりする。だから彼のトーク内容が下ネタばかりでウンザリすることがあるとしても断れないのが面倒だ。あー実に面倒だ。
そりゃボクだって年頃の男なんだから女の子に興味がないわけじゃないけど、さすがにあれだけエロトークを繰り広げられたら……ねぇ?
だからさっさと要件を片付けることにする。
「はい、じゃあこれ頼まれてた例のブツだよ」
ボクが袋ごと渡すと、満面の笑みを浮かべて受け取るグラウ。
中に入っていたのは──。
「きたきた、『セクシー令嬢通信・王都編』に『エロエロ絶頂記』の第3巻、おまけに『グランバルト・ピンクダイジェスト』の5月号まで入ってるじゃないか!」
「うん、頼まれてた雑誌は全部入ってるよ」
「うひょー、まったくお前は最高だぜ親友よ!」
グラウは嬉々としてボクが渡したグラビア雑誌を読み始める。
そう、ボクの仕事は──王子様に市井のエロ雑誌を届けることだ。
これだけイケメンでありながら諸事情で軽々しく女の子に手を出せない境遇にあるグラウの、堪えることが出来ずに漏れ出てくるエロパワーを発散させるために、仕方なくボクは後宮にエロ雑誌を届けるという闇の仕事を請け負っているのだ。
……はぁ、なんだか言ってて虚しくなってきたよ。
「なぁなぁ、このブルズターニャって令嬢、すげぇスタイルいいと思わないか?」
「……はいはい、そうですね」
「この雑誌さ、光に当てて背景を透かしたら服も透けて裸に見えたりしないかな? だとしたら最高に男のロマンだと思うんだけどな」
「はいはい、男のロマンだね。だけど本当に光に透かそうとくるのはやめようね、王子様っぽくないからさ」
「なんだよ、興味ないのかよ。ロマンの無いやつだなぁ。だいたいオレ様たちくらいの歳のやつらなんて、みーんなこんなのばっかり見てるんだせ? おほっ、こっちの爆乳男爵ってのもすごくないか!? そもそも名前がすごいよな、爆乳男爵だぜ?」
嬉々として女性の姿や裸が載った雑誌に目を通すグラウ。
ボクはため息混じりに彼の腕を取ると、エスメエルデから渡された小さなナイフで指先を傷つけて血を採る。
「……いてぇな」
「ごめんよ、少し我慢して」
「まったく、難儀な因果を背負ったもんだよ」
そしてこれがボクのもう一つの仕事──グラウの検診だ。
グラウは昔からこの検診が大嫌いだった。だけどなぜかボクがするときだけ、比較的おとなしく受け入れてくれる。結果、彼の検診がボクの仕事になっている。
家から持ちこんできた機材を使って様々な検査を行う。
うん、特に問題はないみたいだ。常時確認モードに入ってるエスメエルデにも大きな反応は見られない。
「大丈夫、【 ギフト 】は暴走してないよ。近いうちにまた安定期に入るんじゃないかな」
「そっか、そりゃ良かった。ところで……」
グラウが読んでいた雑誌を放り投げると、ボクのほうに向き直る。
「今日はローゼンの誕生日だったろう。一時的とはいえオレ様より年上になることが実に不愉快だ」
「だったら生まれ変わって今度はボクより先に生まれることだね」
「ははっ、違いない。さて、というわけで誕生日おめでとうだ、我が腐れ友人よ」
グラウがポイっと投げてきたのは、紫色の花が幾束か重ねられた──花束だった。
「なんで花束?」
「なぁに、グラマラスな令嬢が喜ぶようなものをプレゼントするときの予行練習さ」
ほほー、さすがは腐っても王族。意識が高いことで。
ただ残念なのはボクが令嬢ではなくて男であるってことなんだけど……あれ? もしかしてこの花は──。
「グラウらしくないことをすると思ったら、これって『ランザラッサの紫月花』!? 最近薬効が確認されたばかりの新種の薬草じゃないか!」
「ああ、前にお前が欲しいって言ってたからな。魔法薬作りはお前の趣味だしな。……嬉しいか?」
「うん、すごく嬉しいよ! すごいじゃん、手に入れるの苦労したでしょ」
「別に、大したことないさ」
気心が知れた幼馴染とはいえ、こういうところはイケメンだなぁと思う。さりげなくボクが欲しいものをプレゼントしてくれるとか、どんな女の子だって心が揺れるよね。
もっともボクは男だから心が揺れることはないけど、だからといって感謝の気持ちは変わらない。
「ありがとう、グラウ。これでボクの魔法薬研究も捗るよ」
「せいぜいオレ様の好意に感謝することだな。だが程々にしとけよ、お前いっつも薬臭いったらありゃしないんだから」
グラウの嫌味も軽く聞き流せるくらい機嫌がいい。
ああ、早く帰って紫月花を使った魔法薬を作りたい!
「でもよ、こんなことされたらどんな令嬢だってイチコロだと思わないか? お高く止まった淑女の胸だって揉み放題ってなもんだ」
「……照れ隠しに言うセリフじゃ無いと思うけどね」
「ふん、仕方ないだろう。男は誰だってオッパイが好きなんだからよ」
……ほんっとに、これさえなければ。
「せっかくのイケメン王子様がほんと台無しだよ」
「ローゼンの前だからだよ、さすがに父上や他の令嬢の前では言わないさ」
「ボクの前で控えるって考えはないのかな」
「ないね。なんでオレ様がお前の前で我慢しなきゃならないんだ」
はー。
ボクは何度目か分からないため息を吐く。
天国のお母さん、ボクの幼馴染はやっぱりスケベな変態でした。
これなら言語機能が壊れたエスメエルデの相手をしてるほうがよっぽどマシなんじゃないかな。