16.護国団
スレイアが勝手にボクの正体を誤解してくれたところで、ボクはネネトに違う話題を振る。深く追求されたらボロが出かねないからね。
「あーところでネネト、ワインで汚れたドレスは大丈夫だった?」
「え、あ、ええ。あのあとアフロディアーネ様が綺麗に汚れを落として返していただいて、あとお詫びということで別のドレスまで頂いて……」
「それは良かった」
白いドレスだったから気にしてたんだよね。ワインの汚れって落ちにくいからさ。
でもわざわざ汚れを落として返してくれるだけじゃなく、別のドレスもプレゼントしてくれるなんて──アフロディアーネは気前がいいなぁ。
「ネネトよ、気をつけるのだぞ。あのザンブロッサ侯爵家のものが、下心もなしに親切にするとは思えない。ワインを零したのだって、わざとじゃないかと思ってるくらいだからな」
「は、はぁ……」
スレイアの評価はなかなかに手厳しい。アフロディアーネのことをよく思ってないのかな。
高位貴族同士で権力争いみたいなのがあったりするって聞いたことがあるけど……ボクはその手のに全く興味がないからよく分からない。
「さて、アフロディアーネのことはどうでも良いとして……ロゼンダよ、今日はおぬしに話したいことがあって招待した。ひとつはおぬしの無事を確認すること。そしてもう一つは──」
スレイアが、切長の瞳をボクに向ける。
「おぬし、わらわが結成した【 グランファフニール護国団 】に入らぬか?」
え。なんですかねそれは。
「まぁ急に言われて戸惑うのも無理はないか、おぬしには少し説明が必要だな。なぁに気にすることはない、おぬしの秘密を知る代償じゃと思ってもらえれば良い」
全然代償にはなってないんだけど……と思いながらも黙って頷く。
「信頼を得るためには、まずはわらわの秘密を話そう」
「は、はぁ」
「わらわはな、あるギフトを持っている。ギフト名は《 預言視 》という」
これは──驚いた。
ネネトだけじゃなくてスレイアもギフト持ちだったんだ。
しかも《 預言視 》もかなりレアなギフトだぞ。
「パニウラディア公爵家に代々伝わるギフトでな。わらわで三代ぶりの発現となる」
『エスメエルデ、確認お願い』
ボクはこっそりコネクトリングに触れながら、心の中でエスメエルデに指示する。
『確認中──照合しました』
ライブラリーに接続したエスメエルデから、ギフトに関する情報が頭の中に流れ込んでくる。
──
《 預言視 》
未来が予言や予知の形で見えるギフト。
血筋で遺伝していく血統系ギフトであり、使用可能人数は極めて少ない。
その特性から、主に巫女として奉られた経緯も多く、王族に近しい者に発現することが多い。
ただし見えるタイミングが不定期であり、見える予言の表現が曖昧であったり予知できる場面が意味不明であることも多く、かつ見るものを指定することはできない。
また未来は、その後の行動によって変わることがある。
──
やっぱりすごい。未来を見れるなんて規格外のギフトだ。
ただ能力自体はちょっと微妙かなぁ。だって思うように未来が見えないなら使いにくいし。
「どうだ、驚いたか?」
「ええ、驚きました」
素直に研究したいなぁと思う。
見た予言と予知をパターン別に分析していけば、傾向が判明して望む予言が得られたりとかしないかな。
「そ、そうか? わらわはすごいか?」
「はい、とっても凄いですね」
「とっても……ふむ、わらわの凄さが理解できているようで何よりだ」
なぜか妙にスレイアの機嫌が良くなっている気がする。
それよりも早くギフトの内容を聞きたいな。
「ま、まぁそれでな。今から2年ほど前に、わらわのギフトである予知を得たのだ。それが──王都の壊滅でな」
「えっ!?」
それはヤバいんじゃないの。
「正確には──燃える王都の瓦礫の上で、黒い翼を背に生やした背の高い男が高笑いする場面でな。わらわはすぐに父に報告して対処をお願いした。ところが一年後に……」
「また同じ予知を見た?」
ボクが思わず口を挟むとスレイアが少し驚いた表情を浮かべる。
「よく分かったな」
「いや、流れ的になんとなくそうかなぁと」
「今度見た予知は少し違っていた。同じような瓦礫の上で、黒い翼の男がピンク色の髪をした人物を抱きしめながら泣き叫んでいたんだ」
ん?
ピンク色の髪?
まさか……ねぇ?
「ああ、心配しなくともおぬしではないぞ。なにせそのピンク色の髪の人物は男だったからな」
いやーそれ全然安心できない情報なんですけど。
いやむしろそれ、本当にボクなんじゃないかな?
最初に浮かんできたのは、グラウのギフト暴走。
というかそれしか考えられない。黒い翼も《虚蝕餐鬼》で発現したものの可能性が高いし。
ダメじゃんグラウ。ギフトを制御できてないじゃないか。
「しかも今回はな、黒い男の声が聞こえたのだ」
「なんて言っていたんです?」
「その男はこう言っていた──『どぉてぇのせいだぁ……』と」
「ゲホッ!? ゴホッ!?」
ボクは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになって咳き込む。
「大丈夫か?」
「す、すいません。大丈夫です」
ボクは呼吸を整えながら心の中で咀嚼する。
どぉてぇ…………。
──童貞のせい?
「ハッキリとは聞き取れない。だが明らかに原因を口にしていた。それが……『どぉてぇ』」
「は、はぁ」
ボクの脳裏にグラウの声でハッキリと再生される。
「童貞のせいだぁ!」
……うーん、そういうことですか。
「『どぉてぇ』……なんとも禍々しい響きだ」
真剣な表情のスレイアの口から何度も童貞という言葉が漏れてくることにボクは妙な罪悪感を感じてしまう。
これも全部グラウのせいだ。
「この『どぉてぇ』の意味はわからない。人物名なのか、何かの事象を示しているのか。わらわはこの言葉の意味を調べることも重要だと考えておる」
童貞、ってことじゃないですかね。と言いたい気持ちをぎゅっと抑え込む。
「えーっと、そのことは公爵も?」
「もちろん伝えてある。だが父も分からないと言っていた。父は人物名だと考えているようだったが」
いや、童貞じゃないですかね。
頭を抱えたい気分を必死になって堪える。
ボクの頭の中では、既に一つのストーリーが出来上がっていた。
童貞を拗らせたグラウがギフトを暴走させて王都を火の海にしてしまったんじゃないかと。
……あぁ、なんてこったい。なんとかしてグラウの拗らせを治さないと、王都は火の海に包まれてしまうじゃないか。
「顔色が悪いが大丈夫か?」
「え、ええ。お気遣いありがとうございます」
「まあ衝撃的な予知だからな、おぬしが恐がるのも無理はない」
ボクは真実が知れたときの方が恐ろしいよ。
スレイアとか激怒するんじゃないかな。だってこんなにも心を痛め悩ましていた原因がグラウの……ゲホンゴホン。
とはいえ、そもそもボクの本来の役目は〝グラウのギフト暴走を防ぐこと″だし、これはもうボクがなんとかしなくちゃいけないな。
でもあの変態グラウをどうやって意識改革させようか……。
「父に伝えても予知は改善しなかったことから、問題は解決していないと見ている。であれば自力でどうにかするしかない。わらわはそう思い至った」
「はぁ」
「ゆえにわらわは父だけに頼らず、己の手で力を集めることにした。こうして結成したのが──グランファフニール護国団だ」
なるほど、そこで護国団の話になるのか。
「もちろんネネトもその一人じゃ。ということでロゼンダ、おぬしもわらわとともにこの王都を守らないか」
さて、ここはどう答えたものか……あっ、良いことを思いついたぞ。
 




