14.実家帰り
「はーっ、今度はお茶会か……はっ、ドレスどうしよう」
王城を出たボクは、独り言をぶつぶつ呟きながら自宅とは違う方向に歩いている。
本当はすぐにエスメエルデのメモリーカードの検証をしたかったんだけど、父さんから呼び出されているから仕方ない。
辿り着いたのは、貴族の邸宅が並ぶ一角でも特に大きな館。
ブロードフリード侯爵邸。
それがボクの実家だ。
「ローゼンバルト様、おかえりなさいませ」
執事長に迎えられて、ボクはペコリと頭を下げる。
「本日タイランドルフ様は王城にて執務中です。例のものはアクリュース様に預けてある、との言伝を預かっております」
「うん、聞いてるよ」
【 王国の法 】と呼ばれる父さんは、国務大臣を務めているのでいつも忙しそうだ。
だから会うつもりは無かったし、そもそも庶子であるボクとしては本邸に長居するつもりはないので、さっさと義母から報酬を受け取って帰ることにする。
「おお、ローゼンじゃないか!」
「……ちっ、ローゼンバルトか」
義母の部屋に向かっていると、反対側から歩いてきた兄さんたちにばったりと会う。
長兄フロイドと、次兄のキャスアイズだ。
「ひさしぶりです、フロイド兄さん、キャスアイズ兄さん」
「よく帰ったな! 元気そうでなによりだ!」
「なぜここにいるローゼンバルト。お前は爵位を得てこの屋敷を出たんじゃなかったのか」
「そう固いこと言うなよキャスアイズ。せっかくローゼンが帰ってきてるんだ、俺にとってはお前たちは等しく弟だ!」
フロイド兄さんは筋骨隆々の肉体を見せびらかすようにポーズを取りながらニカッと笑う。【 グランバルドの英雄 】、【 勇者 】と呼ばれる人だけあって、異母弟であるボクにも優しい。
キャスアイズ兄さんはメガネをかけたインテリタイプで、父の後を継ぐために国務省を目指しているエリートだ。口調は厳しいけど、グラウの兄にあたる第一王子の側近で、将来が有望視されている優秀な人だったりする。
「たまたま時間が合ったからキャスアイズと母さんに会いにきたんだ。お前もこれから母さんのところに寄っていくんだろ? 会うのを楽しみにしてたぞ!」
「うん、ちょっとだけ顔を出していこうと思って」
「母上をあまり無理させるなよ」
「わかってるよ、キャスアイズ兄さん」
いつも忙しい二人のことだ。今日も時間を作って義母さんに会いに来たんだろう。
慌ただしく立ち去ろうとする別れ際に、フロイド兄さんがボクの肩をがっしりと抱いてくる。
「ローゼン、たとえ離れていてもお前は俺の弟だ。何か困ったことがあればいつでも助けに行くからな。それだけは忘れるなよ」
「……ありがとう、フロイド兄さん。今度はどこに行くの?」
「なぁに、王国の北東にあるダンジョンあたりで魔物が大量発生しているらしくてな。ちょっと討伐してくるだけさ」
「気をつけてね」
まぁフロイド兄さんが魔物に遅れを取るとは思えないけどね。
なにせあらゆる武芸に精通して肉体も強化される英雄級ギフト《 勇者 》の今世代保持者なんだから。
「ははっ、俺を誰だと思ってる?」
「【 人類最強の勇者 】フロイドでしょ?」
「その通りだ。じゃあな、我が弟よ」
ボクの返事を聞くと、フロイド兄さんは振り返らずに手だけを振って去って行く。相変わらずカッコいいなぁ。
キャスアイズ兄さんもメガネを直しながら「ブロードフリード家に泥を塗るようなことはするなよ?」と言って立ち去って行く。そりゃ《 数学者 》や《 政治 》のスキル持ちのキャスアイズ兄さんに比べたら誰だって心許ないと思うけど、ボクなりにはちゃんとやってるつもりだからね。
予想外にバッタリ会っちゃったけど、正妻の子でとっても優秀なあの二人がいる限りこの家は安泰かな。
さぁ、気を取り直して義母に会うとしよう。
◆
部屋をノックすると、「どうぞ」と優しい声が返ってくる。
中ではボクの義母であるアクリュースが、ベッドから上半身だけを起こしてボクのことを待ち構えていた。
「よく来たわねローゼンバルド。元気そうで何よりだわ」
「アクリュース義母さんこそ、今日は体調が良いの?」
「ええ。フロイドやキャスアイズだけじゃなく、あなたまで会いに来てくれたんですもの。こんなに嬉しいことはないわ」
ボクは庶子だ。しかも本当の母さんはボクが小さい頃に病で亡くなってしまった。そんなボクを義母のアクリュースは実の子供と分け隔てなく可愛がってくれた。
だから本当に母親がわりなんだけど……どうして庶子であるボクをこんなにも可愛がってくれるんだろう。
「はい、これがタイラーからの報酬よ」
「おおお、ありがとう!」
ああ、この素晴らしいフォルム。無骨な中に潜む繊細さ。さすがはドラッケンマイスター社、通の好みが良くわかってる。
「相変わらずあなたはこう言うのが好きなのね」
「うん、これでボクの研究が捗るよ」
魔法薬研究こそがボクをなしている部分だからね。
ボクの亡母は、魔法薬研究の第一人者だったらしい。エスメエルデも元は母の助手だったんだ。
だからエスメエルデは母の形見ともいえるし、ボクが同じことをしているのはもしかすると亡き母さんの面影を追っている部分もあるかもしれない。
だけどそれだけじゃない。ボクは心の底から魔法薬の新たな可能性を見つけたいと思ってる。それに──義母の病も。
今日貰ったエグザミキサーも、きっとその一助となるに違いないだろう。
「あと、私からもプレゼントよ」
「え、義母さんから?」
「ええ。新しくできた娘に、ね」
手渡されたのは──女性用の服!?
「こ、これは……」
「軽いご招待に着れるドレスよ。きっとあなたに必要になるんじゃないかと思ってね。この前採寸をしたときに、せっかくだから作ってもらっておいたのよ」
女性用の服なんてできれば着たくはないんだけど、スレイアにお茶会に誘われたばかりの今はとても助かる。なにせ着ていく服がなかったからね。
「あり……がとう」
「私はずっと娘が欲しかったから、とっても嬉しいの。追加で何着か送っておくから……ゴホッ」
「大丈夫?」
「ごめんね、大丈夫よ……それよりも、一度は着て遊びにきてね」
義母さんに頼まれたら断ることなんてできない。
最低一回はドレスを着て会いに来なきゃいけないね。
「はい、義母さん」
ボクは表情を隠したまま、そう返事をする。
「グラウリス王子は良くしてくれてる?」
「はい、それなりに」
「悪戯が過ぎるようなら言ってね、父親にキツく言っておくから」
グラウの父親って国王陛下だよね、いやいやそんな大事にはしたくないよ。
「新しいお友達は増えた?」
「増えた……のかな?」
ちらりと頭に浮かんだのは、今度お茶会で会うことになるスレイアとネネト。まだ親しくはなってないんだけど──そうなったりするのかな?
「風邪とかには気をつけてね」
「うん……ありがとう、義母さんこそね」
義母さん。
いつかあなたの病気を、ボクのこの【 薬物 】のライブラリアンとしての力を使って──治すからね。
お母さんの二の舞には、絶対にしないから。




